第1話 スコア
朝、目が覚めて最初にすることは、スマホのチェックだ。
「おはようございます、桜井美羽さん。今日のソーシャルスコアは87.3です」
スマホの画面に、AI音声とともに数字が表示される。昨日より0.5ポイント下がっていた。胃が重くなる。
ソーシャルスコアシステム。通称「スコア」。五年前に政府が導入したこのシステムは、SNSでの影響力、投稿の質、フォロワー数、エンゲージメント率など、あらゆるオンライン活動を数値化する。
スコアが高ければ、就職も有利。ローンも組みやすい。人気のレストランも優先的に予約できる。逆に低ければ……
「美羽、朝ごはんできたわよ」
母の声に、私は慌ててベッドから出た。
リビングに行くと、母は相変わらず料理を撮影していた。スマホを構え、何枚も何枚も角度を変えて撮る。
「お母さん、冷めちゃうよ」
「いいから待ってて。今日のは自信作なの」
母のスコアは96.2。料理系インフルエンサーとして、そこそこ有名だ。
でも、母が作った料理を普通に食べた記憶が、もう何年もない。
通学路では、誰もが下を向いてスマホを見ている。
「ねえ見て、昨日の投稿、500いいね超えた!」
「まじ?私なんて200しか行ってない。どうしよう、このままだとスコア下がる……」
女子高生たちの会話が聞こえる。私も同じだ。常にスコアのことを考えている。
学校に着くと、親友の麻衣が暗い顔で待っていた。
「美羽……見て」
麻衣が見せてきた画面には、スコア「68.9」の文字。
「嘘……60台?」
「昨日の投稿、全然伸びなくて。しかも、アンチコメントが付いて……」
麻衣の目には涙が浮かんでいた。スコアが70を切ると、様々な制限がかかる。大学への推薦も難しくなる。
「大丈夫だよ。今日いい投稿すれば、すぐ戻るって」
そう言ったものの、私にも確信はなかった。
教室に入ると、クラスメイトたちが一斉にこちらを見た。正確には、私たちのスコアを確認するために、スマホのアプリを起動したのだ。
このアプリ「ピープルサーチ」は、半径十メートル以内の人のスコアを自動表示する。誰と関わるべきか、誰を避けるべきか、一目瞭然だ。
スコアの高い優菜が近づいてきた。彼女のスコアは95.6。クラスで最高だ。
「おはよう、美羽。今日の放課後、カフェ行かない?新しい店、インスタ映えするらしいよ」
「うん、行く行く!」
私は即答した。優菜と一緒にいるところを投稿すれば、スコアが上がる。彼女と撮った写真は、いつも「いいね」が多い。
麻衣が取り残されたように立っていた。
「麻衣も……」と誘おうとしたが、優菜が小さく首を振った。
スコアの低い人と一緒にいると、自分のスコアも下がる。それが、この世界のルールだった。
授業中、先生の話は頭に入らない。
みんなスマホをこっそりいじっている。先生も注意しない。スコアに影響するような投稿を見逃したら、それは生徒の将来に関わる問題だから。
私も写真を見直す。今日の投稿は何にしよう。朝撮った空の写真?いや、ありきたりか。
窓の外を見ると、校舎の屋上に人影が見えた。
誰かが柵に登っている。
まさか。
「先生!屋上!」
私の叫びに、クラス中が窓に駆け寄った。
そして、その人は飛び降りた。
悲鳴。混乱。
でも、その中で私は見た。何人かが、スマホを構えていたのを。
「やばい、これ撮った?」
「うん、これ上げたらTL荒れそ〜」
吐き気がした。
後で知ったことだが、屋上から飛び降りたのは三年生の男子生徒。スコアが50を切り、進学も就職も絶望的になっていたらしい。
そして、その事件を撮影して投稿した生徒のスコアは、軒並み上昇していた。
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