第13話

会議室の前に立った瞬間、心臓が狂ったように暴れ始めた。

混乱と恐怖で頭が霞む。


汗ばむ手でドアノブを押し下げ、そっと扉を開いた。


「……失礼します」



長テーブルの奥――そこには、佐伯部長が座っていた。

だが、その姿は昨日まで知っていた部長とは別人だった。


焦点の合わない濁った眼。

削げ落ちた頬。

灰色にくすんだ皮膚。

生気を吸い取られたその顔は、人というより、“抜け殻”に近かった。


会議室全体が、重く、冷たく沈黙している。

何を言われるのか、まるで読めない。

罵倒か、逆ギレか、責任転嫁か――どの未来も最悪だ。

喉の奥は砂漠のように乾いていた。


やがて、部長の唇がかすかに震えた。


「……本宮くん……すまん……。申し訳なかった」


「……?!」


「……許して……ほしい。頼む……」


声は、ひどく弱い。

昨日まで、神のように見下ろしてきた男が、今は怯えた子どものように縮んでいる。


「本当に……申し訳なかった」


「……今さら謝られても困りますよ」


「なんでもする……! このままだと、俺の人生は終わりだ……!

頼む、本宮くん……許してくれ……」


「部長が俺の立場なら……許せますか?」


「もう二度としない……! 本当に反省してる……! だから……」


「……なら、土下座してください」



冗談半分のつもりだった。

プライドの塊のような男が、土下座なんてするはずがない。

そう思った、その瞬間――


部長は椅子を弾き飛ばすように立ち上がり、

床に膝をつき、

そのまま頭を地面に擦りつけた。


​ベチャリ。


湿った音が、会議室に鋭く響いた。

誇りも尊厳も、何もかもが粉々に砕け散った音だった。

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