第5話
その夜、会社の飲み会があった。参加するつもりはなかったが、廊下で部長に捕まった。
――何が楽しくて自分の誕生日に、こんな場所にいなければならないのか。
店は薄暗く、氷の入ったグラスがカチャリと鳴る。部長は既に出来上がっていて、顔色は血を吸ったようにどす黒い。
「俺の嫁はな~、気さくで料理上手で最高なんだ。子供も可愛くてな、写真見てくれ」
「うわ~! 部長の子供、めっちゃ可愛いっすね! 奥さんも、綺麗!」
「部長って、社内でも愛妻家で有名ですよね!」
「わっははは! そりゃ嬉しいな! 今日は気分がいいから、俺の奢りだ! 飲め飲め、そして明日からまた頑張れよ~」
上機嫌のまま、ふらつく身体で俺の肩をドンッと叩く。
その勢いで身体が揺れた。
逃げたい――
でも、足が冷たい鎖で縛られたように動かない。
「おい、本宮。煙草買ってこい。戻ったら何か一発芸しろ」
「部長~、なんで本宮くんにだけ、そんな厳しいんすか?」
席の端から笑い混じりの声が飛ぶ。その問いは、誰もが薄々感じていた疑問でもあった。正直、俺もその答えが知りたかった。
部長はグラスを傾け、薄ら笑いを浮かべた。酔いが、言葉のブレーキを外す。
「顔だよ。こいつの顔が気に入らねえ。見てると、昔の嫌いな奴思い出してイライラする。顔が、ムリ!」
その瞬間、何かが俺の中でパキリと音を立てて折れた。
――顔がムリ。
たった一言で、三年間積み上げた努力も、尊厳も、まとめて焼却された。
血が逆流するような熱さが喉元を駆け上がる。殺意が脳を支配しかけたが、顔の筋肉を固め、必死に押し殺した。
怒りをぶつけたところで、この理不尽は終わらない。部長が「冗談だ」と言えば、場は笑いに変わる。笑いが真実を喰い潰す。
結局、損をするのはいつも──俺だけだ。
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