一話 不機嫌な座敷わらし
「卒業までの短い間ですが、どうぞよろしくお願いします」
不機嫌な座敷わらし。
ショートボブに華奢な外見は小佐内さんのように見えなくもない。だけど、小市民を夢見る少女なら――転校初日の緊張を考慮したとしても――もうちょい愛想よく笑っているはずだ。
「……えっと。あの、他になにかないですか?」
なら見崎鳴かというと、それもちょっと違う。鳴ちゃんは礼儀正しく静かにノックしてあげれば心のドアをそっと開けてくれるが、空本真理の心のドアは開けようがない。
「転校生が名前以外に言わなきゃいけないことってありますか?」
(あると思うなぁ)
ドアノブにトゲがついているドアなんて、そもそも誰が開けようと思うだろう?
それでもノックぐらいはしないといけないのが担任の辛いところで、木村先生は気を遣って趣味や好きな歌手の話を振っていたものの、空本も「ないです」「いないです」と首を振るばかりだった。
「いやぁ、東京と違ってこっちは暑いですからね。
「少しは」
以上。
「そうですか……」
どこまでも素っ気ない彼女に、木村先生はとうとう肩を落とした。胃痛、日に日に薄くなっていく髪の毛、四十三歳、残り半年の試練を乗り切れるか――。
クラスのみんなも、このいけ好かない転校生にだんだん失望し始めていた。たとえば、さっきまで彼女のことを熱心に見つめていた彼は、いまは(なんだかなぁ)と気が抜けたコーラみたいな顔をしている。スカイツリーや渋谷について訊きたがっていた女の子達は、頬杖をついていたり、欠伸を噛み殺していたり、――テストに備えて遅くまで勉強していたのだろうか。
「あの、空本さんから本当になにもないですか? 逆にみんなに訊きたいでも……」
木村先生は最後にもう一度だけ話を振ったが、
「いいえ」
自己紹介の時間はこうして終わった。
「私の席はあそこですね」
「はぁ」
心臓のあたりを押さえている担任やクラスメイトの白い目など気にすることなく、彼女はブロック塀を澄まし顔で歩く猫のように、窓側の列の一番後ろの席に着いた。俺が昨日空き教室から運んできた席に。
「時間も押しているのでそろそろ出席を取りますか。安藤さん⋯⋯」
木村先生からは「お隣さんとして仲良くしてあげてください」と一応頼まれているのだが、――さて、どうしたものか。
「尾崎です。よろしく」
とりあえず挨拶してみた。気さくな笑顔までつくる余裕はなかったが、こっちから声をかけただけでも頑張ったほうだと思う。
しかし、転校生の女の子から返ってきたのは、やっぱり素っ気ない「うん」だけだった。
あとはそうだな。鼻先でぴしゃりとシャッターを閉められた。
「尾崎くん。隣の席だから面倒見てやってくれみたいなこと先生に頼まれてるなら、そういうのいらないから」
「あ、はい」
「校内のことも夏休みの間にある程度見て回ったから『放課後案内するよ』なんてのもいらないです。……ま、そこまで至れり尽くせりなんてことないか。最後のは忘れて」
とまぁ、俺達の出会いはこんな感じだった。
(輪郭がくっきりしていていい声だなぁ。滑舌もいいし――)
「人の顔そうまじまじ見ないでくれるかな?」
OH事件というXデーが来るまでは、ずっとこんな感じだった。
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