世界が終わるらしい日

紺野真

世界が終わるらしい日

世界は案外容易く壊れるらしい。

今日世界が終わると知ったのは一週間くらい前だ。

SNSで割と信用できる(と私が勝手に認識している)ニュース速報アカウントが報じた内容は、不自然なほどあっさりとしたものだったが、

そのニュース速報アカウントに対して人々の反応は更にあっさりと、陶器のように滑らかに、

受け入れるというよりも身を任せるようなものだった。



私はというと、少しわくわくしていた。

世界はどうでもいいが、自分が終わる、所謂希死が物心ついた時から纏わりついていたからだろう。

かと言って具体的になにかするつもりも、したこともない。

勝手に終わってくれるなら有難い。

なんとも、世界が終わるのはまず生物から終わっていくと誰かが言っていた。



生物である私たちは呑気だった。

今日世界が終わるというのにいつも通り全校集会があって学生は皆体育館に集められている。

参加は自由だったようだが私の知る限り、殆どの学生が体育館にいた。

退屈な校長の話を聞いたり、あくびをしたり校歌を歌ったりした。


長いような短いような全校集会の後は帰宅していい、と告げられて嬉しくなった。

帰ったら本を読みたかったからだ。


帰宅中に自然といつものように馴染みの顔が集う。

その中のひとり、少し小柄な少女・田園さんと私は頻繁に本の貸し借りをしていた。

田園さんはいつものように

「鱗さーん」と言いながらにこにこゆっくりと近づいて来た。

「鱗さんは『八段ハンバーグ弁当』て映画知ってる?

あれ面白そう〜、私見たいんだよね」


「『八段ハンバーグ弁当』の原作者の小説、今田園さんに貸してる小説だよ」


「えっ。じゃあ絶対絶対見たいじゃん!」


周りの馴染みの顔が柔らかく微笑む。


「あとね、『絵画回転寿司』って映画とー、『鳥置き去り電車』とー...」

田園さんには今日世界が終わるなんて、頭にないみたいだ。

不思議な感覚。でもそれもいいか。

私も変だ。


「今田園さんに貸してる本、」


「あっ!今日持ってくるつもりだったのに忘れてた、どうしよ」

一応、今日世界が終わる認識はあるんだ、と思ったが言わなかった。


「読み終わるまで貸しとくよ」


「えっ」

田園さんは少し目を丸くしたかと思うと、なにかが緩んでいくように笑顔になって「えへへ」と言いながら背負っていたリュックを揺らすようにジャンプをした。

子犬がおもちゃで遊ぶみたいな無邪気さに、思わず私も笑う。周りの人らも笑う。


田園さんは余程嬉しかったのか、ジャンプした勢いのまま足早に通学路を進む。

曲がり角を曲がる。

追いかけるように私も曲がり角へ走る。

周りの子も同じように。


曲がり角を曲がったら無邪気な田園さんの姿が、


あると思った。



田園さんは道路の真ん中に倒れていた。

田園さんの身体は半分が白骨化していた。

あ―世界が終わる

―世界の終わりが始まったんだ


少し遅れて私に追いついた子が悲鳴を上げた。

泣き出す子、パニックになり口元を抑えている子、どこかへ逃げる子。

世界の終わりが現実味を帯びたのかもしれない。

もしくは単純に思ったより田園さんの姿がグロテスクだったからかもしれない。

誰も田園さんには近づかず、おずおずと距離を取り始める。


薄情者、と思わない。

なぜか私は冷静だ。


田園さんは苦しまず逝けただろうか。

苦しんでいようがいまいが、どうしようもないのに気になって田園さんの前髪を少し撫でる。

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世界が終わるらしい日 紺野真 @konnomakoto

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