かくれろ麒麟谷くん
「僕は変装をする。」
麒麟谷くんはニヤッと笑いながら言う。
「本当に変装するの?冗談のつもりだったんだけど…そんなルパンじゃあるまいし」
「いや、僕はルパンさ!小谷の知識を盗んでやる!」
「ずいぶんとインテリなルパンだ…いやこれはもう産業スパイ?」
「ルパンでもスパイでもなんでもいいさ、とにかく僕は変装するんだ!」
そういうと麒麟谷くんは立ち上がる。
「これを見てくれ!」
麒麟谷くんはリュックからマスクとメガネを取り出す。
「どうだい?これで僕だと判別できないだろう!」
彼は腰に手を当て自信満々に聞いてくる。
が、
正直、なにも変わらない。
「…いや、眼鏡をつけてマスクをかけただけの麒麟谷くんだよ」
私がそう答えると、彼は肩を落とし、顎に手を当て考え始める。
「うーむ…やはりサングラスじゃないのがいけないのがいけないのか?身体的特徴をカバーするのにメガネは不十分…」
「いや、幾分かわかりにくくなってるよ。でも、あくまで麒麟谷くんノーマルバージョンが麒麟谷くんマスクメガネ装着バージョンになっただけ。アハ体験レベル。ていうかそれで変装とか、ルパンに謝った方がいいよ。」
私が指摘すると、彼は「なるほど…」と黙りこんでしまった。
「そうだな…アドバイスするとしたら、何よりも麒麟谷くんは洋服と髪型が目立つね。他の学生でネクタイを締めている人はいないし、そんな特徴的な癖毛もいない。どんな変装したってその二つを変えないと一生麒麟谷くんのままだよ」
彼の服装は白色のワイシャツに小さな水玉模様のネクタイ、少しサイズの大きな紺色のセーターにストレートパンツという、下手したらどっかの高校でありそうな服装だった。
「そんなこと言われたって、ネクタイは大事だろう!古代ローマ帝国の時代からネクタイは紳士の装飾品なんだぞ」
「あ、そのネクタイおしゃれだったんだ…」
「失礼だな!ネクタイは僕なりのおしゃれだよ!…それに、一応これは僕の正装だ。セーターを脱いでベストを羽織れば、急にどこかにお呼ばれしても、そのまま出席できるからね。」
「お呼ばれするようなことがあるの?」
「まあ、色々とね。だから基本的に365日僕はこういう洋服を着ている。」
「だったら尚更だよ!その服装がもう『麒麟谷くん』を体現しちゃってるから!」
「そんなことを言われても…。僕は今日着替えなんて持ってきていないし……あ。」
麒麟谷君が私のパーカーを凝視する。
まさか。
「…貸さないよ?寒いもん。」
「残念だ。今日は座って講義を受けることができたら、夕食でも一緒にどうかと思ったんだけど、」
そういうとわざとらしく眉を下げ、大げさにため息をつく
「…麒麟谷君、ずるいよ」
「なんとでも。それに寒いなら僕のセーターを代わりに貸そう。ネクタイとセットでね」
「いや、ネクタイはいいかな…麒麟谷君2号にはなりたくない」
「何っ!!だからこれはおしゃれだとっ…」
「はいはい。」
そういって私はしぶしぶ麒麟谷君にパーカーを貸す。
けれど、正直、もうパーカーなんでどうでもよかった。
夕飯を他人のお金で食べられる喜びの方がはるかに凌駕していた。
「え、これ超有名ブランドのセーターじゃん」
麒麟谷君から受け取ったセーターには、だれもが知るハイブランドの文字とロゴの刺繍が施されていた。
「だから言っただろう、これは僕なりのおしゃれな恰好だと。良いブランドで着飾る程度にはね。」
確かに彼の恰好をよくみると、どれもほつれや汚れはないし、丁寧にアイロンがかかっている。小物も、机の上にあるペン一つだってどれも安物ではないのだろう。どこか洗練された雰囲気を感じる。
「…そういわれると麒麟谷君の恰好おしゃれに見えてきた」
「はは、収入に見合わないブランドバッグを求める女性が絶えないのはそういうことだね。」
彼は無邪気に笑う。
「うわ。麒麟谷君って絶対モテない」
「結構だ。別に恋愛に興味なんてないね」
「つよがってやんの」
「なんとでも言えばいい。…とにかく、これでもう僕だとばれないはずだ!」
そういって麒麟谷君はもう一度眼鏡とマスクを着用する。
「まぁ、さっきよりは全然いいよ。60点、及第点って感じかな。あとは髪型だね。ピン貸してあげるから、前髪7:3にすれば結構イメージ変わるんじゃない?」
「うーん。ピンなんて使ったことがないからわからないんだけど。君が留めてよ」
「えー、仕方ないな…」
そう言って私は麒麟谷君の前髪をピンでとめる。
麒麟谷くんの髪の毛はthe 猫毛という感じで、細くて柔らかかった。性格もこのくらい柔らかければいいのに。
「うん。いいんじゃない?75点って感じ。あとはばれないことを祈るのみだね。」
そういうと麒麟谷君は自信満々で答える。
「大丈夫!きっとばれない。こんな安物パーカーを僕が着るなんて、小谷は絶対に想像できないはずだ!白夜ちゃん、こんなちょうどいい見た目のパーカーをちょうどよく持ってきてくれてありがとう!」
目をキラキラと輝かせて私の手を握り、ぶんぶん振り回す。
「…うん、なんだろう、全然嬉しくない。というかむしろ殺意がわいてくる。え、わざと言ってる?」
私が語尾を強めていうと、彼は首をかしげる。
「わざととはどういうこと?僕は君に感謝の気持ちを伝えた気持ちだったんだけど」
はぁ、でーたーよ。
いつもの無自覚。ちょっと慣れてきたけど。
私はため息をつく。聞こえるように大きく。
「大体安物安物っていうけれど、これはユニクロで5000円で買ったパーカーだから。別に変なやつじゃないから。安物でもないからね。」
私からしたら十分良いパーカーなんだけど。薄くて着心地がいいのにあったかくて機能性も高い。とても上質なパーカーだ。というかそんなに文句を言うなら、一体麒麟谷君のセーターはいくらなんだ…?
「ねぇ、私のパーカー安物っていうけど、それなら麒麟谷君のセーターは一体いくらなの」
そういうと彼はきょとんとした顔で答える。
「洋服は値段見て買わないからわからないな。調べたら出てくると思けど。」
「…は」
私はもうその言葉で力が抜けてしまって、これ以上彼と値段の話をする気になれなかった。
(ちなみにセーターは30万円だった。)
頑張れ麒麟谷くん ひしばい さかな @Hsibai_sakana
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