第11話 休日の溶け時間
待ちに待った土曜日。
アラームのない朝。
リリアは、もちろん、桜庭みるくの腕の中で、完璧な充足と共に目覚めた。
いつも通りの「撫でて起こす」ルーティンと、みるくの絶品朝食(今日はフレンチトーストと季節野菜のシャキシャキサラダだった)を堪能し、二人は初めての「ちゃんとした休日」に、胸をワクワクさせていた。
「なに、着ていこうかな」
「みるくさんは、何をお召しになってもお似合いですわ。…ですが、わたくしの好みで言えば、あの、白くてふわふわしたニットが見たいです」
「あ、あれ? ちょっと太って見えるかなって思ってたんだけど…リリアちゃんがいいなら、着ちゃおっかな」
「(むぅ)…みるくさんは、その『
「え? なに? リリアちゃん」
「なんでもありませんわ(しっかり教えてあげなくては)」
二人で私服を選び、身支度を整える。
その時間すら、まるで、砂糖菓子のように甘く、幸福な溶け時間だった。
そして、玄関で、みるくがリリアに、そっと手を差し出す。
「それじゃあ、行こうか。リリアちゃん」
リリアはその手を、当然のように、しっかりと指を絡ませ握った。
「はい!」
二人の、初めての「お買い物デート」が始まった。
***
行先は、学園の最寄り駅とは逆方向にある、大規模なショッピングモール。
リリアは、こういう場所に来ること自体が初めてに近かった。立花家の買い物は、常に外商か、詩乃による手配だったからだ。
だが、みるくと一緒なら、何も怖くはない。むしろワクワクが止まらない。
「わあ…人が、多いですわ…」
「大丈夫。私に捕まってて」
みるくは、リリアの手を引いて、人混みを器用に避けながら進んでいく。
その手は、リリアにとって、世界で一番安全な「道標」だった。
二人は、まず雑貨屋に吸い込まれた。
「あ、リリアちゃん、見て! このクッション、リリアちゃんみたいにふわふわ」
「みるくさん。こっちのマグカップ、わたくしたちの『いつもの』に、少し似てますわ」
「本当だ! あ、じゃあ、これは、学校で使う用にしちゃう?」
「賛成ですわ!」
二人の「世界」が、どんどん、「お揃い」で満たされていく。
リリアは、みるくが何かを手に取るたび、その横顔を盗み見ては、胸が熱くなるのを感じていた。
(楽しい…)
(ただ、みるくさんと、同じものを見て、同じ感想を言い合って…)
(それだけで、こんなに、心が満たされるなんて…)
(これまで、どんな作品を見ても演奏を聞いても、ここまで感動したことはなかった)
「次は、あそこの服屋さん、見ていい?」
「もちろんですわ。みるくさんの可愛いお洋服、わたくしが選びます」
「えー! リリアちゃんに選んでもらうなんて、緊張しちゃうな」
二人は、完全に「二人だけの世界」に入り込んでいた。
周囲の喧騒も、他の客の視線も、一切気にならない。
いや、正確には、気になっていた。周囲の、ほうが。
(なんだ、あの子たち…)
(お人形みたいに綺麗な子と、天使みたいな笑顔の柔らかそうな子…)
(ずっと、手、繋いでない…?)
(尊い…)
そう、二人は、モールに入ってから、ただの一度も、手を離していなかった。
それが、この二人にとっての新しい「スタンダード」であり、「日常」だったからだ。
リリア:「あの、みるくさん」
服を選び終わり、少し疲れたので、フードコートでジュースを飲んでいる時だった。
「んー? なあに、リリアちゃん。イチゴジュース、美味しい?」
「はい。みるくさんのオレンジジュースも、美味しそうですわ」
「あ、ちょっと飲む? はい、あーん(ストローごと)」
「(ちゅっ)…あ、甘酸っぱいですわ」
リリアは、ごく自然にそれを受け入れてから、本題を口にした。
「わたくしたち、今、こうして二人でお出かけして、お買い物して、ジュースを飲んで…」
「うん」
「これって、世間でいうところの…」
リリアは、少しだけ頬を染めて、言った。
「デート…ですよね?」
みるくは、きょとん、と目を丸くした。
そして、次の瞬間、花が咲くように、ふわりと笑った。
「(にこっ)…うん、デートだよ」
みるくは、テーブルの上で、リリアの手をぎゅっと握った。
「リリアちゃんと、こうして、ずーっと手を繋いで、お休みの日を過ごす。私にとっては、世界で一番幸せなデート」
「(かぁぁっ)!!」
みるくの、まっすぐな肯定。
リリアは、嬉しさのあまり、テーブルに突っ伏しそうになった。
「(顔を上げて)…みるくさん…」
「ん?」
「わたくし、今、たぶん、人生で一番、幸せです…」
リリアは、感極まったように、みるくの手を両手で包み込んだ。
「幸せすぎますわ…」
「あはは、早いよ、リリアちゃん。デートは、まだこれからだよ?」
***
二人は、買い物の最後の目的地、デパ地下の高級スイーツ売り場にいた。
両手には、今日買った「お揃い」の品々が入ったショッピングバッグが、幸せの重みのようにぶら下がっている。
「うわあ…全部美味しそうです…」
「リリアちゃんは、どれがいい? 遠慮しなくていいんだよ。インフラ担当(リリアちゃん)のお金で買うんだから」
「むぅ。わたくしのお金は、みるくさんのお金ですわ」
「えー、じゃあ、この、一番おっきいホールのチーズケーキ?」
「最高ですわ!」
二人は、今夜「巣」で堪能するための甘味を山ほど買い込み、完璧な満足感と共に、家路についた。
「「ただいまー」」
「ただいま、戻りましたわ」
家に帰ると、二人は、買ってきた戦利品を広げる前に、まず、ソファに倒れ込んだ。
もちろん、みるくが下で、リリアがその上に乗る(抱きつく)形だ。
二人にはもう隣同士すら距離が遠すぎた。
「ふうー。楽しかったね、リリアちゃん」
「はい…楽しすぎ、ましたわ…」
リリアは、みるくの胸に顔をうずめたまま、くぐもった声で答えた。
外の世界で「ワクワク」していた感情は、二人の「巣」に帰ってきたことで、溶け合うような一体感へと変わっていた。
(このまま、溶けて、一つに、なってしまいたい…)
リリアは、みるくの匂いを、深く深く吸い込んだ。
「リリアちゃん、くすぐったいよ」
みるくが楽しそうに笑う。
「さ、顔上げて。買ってきたケーキ、食べよ? 紅茶淹れるから。…それとも、先に映画、観る?」
「…両方、ですわ」
「あはは、欲張りさん」
休日の夜は、まだ始まったばかり。
二人の「甘さ」は、日常から非日常(デート)を経て、再び日常へと戻り、さらにその密度を更新していく。
夜風が、ベランダの窓を、優しく叩いていた。
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