第24話 拳骨案件

しゃくねつてい』から帰宅後、バートはジェロームが案内してくれた客室にて本を読んでいた。

 魔王戦争後の世界情勢にはじまり、現代法や現代社会の一般常識、インターネットの使い方からダンジョン配信の入門書まで。

 ジェロームやジュリーから借りたあつい本たちを、バートは高速でめくっていく。

 魔力で目と脳の処理速度を強化しているため、洪水のように流れる文章も確実に読み取って理解できる。

 そうして次々と現代で生きるための知識を詰め込んでいたところで、控えめにドアをノックする音が耳を掠めた。

 時計を見ると、今は午前三時だった。

 バートはソファーから立ち上がってドアに近寄る。


「はい。大臣、いかがなさいましたか?」


 ジェロームが来ている事は、気配と足音で分かっていた。


「バート様、遅くに大変申し訳ありません」


 ドアを開けたジェロームが、申し訳なさげに頭を下げる。


「大丈夫です。お借りした本を全て読むまでは寝ないつもりでしたから」

「無理はなさっていませんか?」

「ええ。俺はみんきゅうで数日間戦い続けた事もありますから。大臣こそ、こんな時間まで大変ですね」

「ふふ、私もこう見えて昔はB級探索者でした。あなたほどではありませんが、体力にはそれなりに自信がありますよ」


 ジェロームがニッと笑い、バートも釣られて口元を緩めた。


「それで、どういったご用件でしょうか」

「実は、バート様について来ていただきたい場所があるのです」

「? ええ、構いませんが」


 疑問を抱きつつも、バートは廊下に出てジェロームの後に続く。

 こんな時間にやって来たという事は、恐らくジュリーや使用人たちには秘密にしておきたい「何か」があるのだろう。

 ただ、先ほど見たジェロームの表情から負の感情は窺えなかった。

 むしろ楽しげというか、イタズラを仕掛けている子供のような印象を受けた。


(一体何が……)


 ジェロームが立ち止まったのは、書斎しょさいおぼしき部屋の前だった。


「バート様、少しだけお待ちいただけますか?」

「了解しました」


 バートは頷いて身を引いた。

 ジェロームがドアをノックする。


『入って良いよ』

「————ッ!?」


 ドア越しのくぐもった声。

 だがその声を聞いた瞬間、バートは雷に打たれたような衝撃を受けた。


(そんな、まさかっ……!?)


 予想だにしなかった状況に、バートは鼓動が加速するのを感じた。


「失礼します」


 ジェロームがドアを開けて、室内に数歩踏み入ったところで立ち止まる。


「それで? 私はなぜ起こされたのかな、ジェローム?」


 ドアが開けっぱなしのため、より鮮明に彼女の声が聞こえる。

 バートの耳にも馴染んだ、その喋り方で。


「君には大抵たいていの事は自力で解決できるだけの力を持たせたはずだ。私を起こすときは、自分ではどうしようもなくなった状況に限るとも言った。しかし、君からはせっまった様子は見受けられない。場合によっては拳骨ゲンコツ案件あんけんだよ?」

「拳骨で済ませて下さるなんて、相変わらず優しいですね。久々に脳天のうてんに食らいたいところですが、今は確かにあなたを起こすべき状況なのですよ」


 楽しげに談笑していたジェロームが、言葉を切ってこちらを見た。


「どうぞ、お入り下さい」


 呼ばれて、バートは息を呑んで室内に踏み込んだ。

 ソファーに腰掛けていた女性が、目を見開いて凍り付いた。


「バート・リモナード……?」

「……やあ、マーシア」


 自分は今、どのような表情をしているのだろう。

 微笑もうとは思っているが、きっとぎこちない顔になっている。

 それでも胸の内から熱い感情が湧き上がってきて、バートは思いのままに言葉をつむいだ。


「嬉しいよ。また君に会えるとは、思ってなかった」


 外見年齢は二十代半ばほど。

 最後に会ったときよりも、彼女はだいぶ大人びている。

 それでも、その顔には確かに面影が残っていた。

 百二十年前、バートの大切な仲間だった——マーシア・ベーニュの面影が。






☆—☆—☆





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