第9話 だから虚無顔っ!
〈魔王は何も言ってなかったの?〉
〈魔王がアドリエンヌを騙したんだよね?〉
〈その可能性が高いってだけで、実際に騙したかどうかは不明だぞ〉
〈まあ、魔王と何かがあったから王女が裏切った事は間違いない〉
「魔王はアドリエンヌの裏切りについて、『死ぬまで悩み苦しめ』としか言いませんでした。だから何があったのか俺にも分からないんです」
答えながら、バートは内心で「良い機会だ」と思考をまとめる。
(せっかく再び目覚める事ができたんだ。アドリエンヌの裏切りの真相解明を、当面の目標にするのも良いかも知れない)
現代は比較的平和なのだろう。
ダンジョン配信などというものが娯楽として流行っているのだから。
だとすれば、自分が勇者として日夜戦い続ける必要はないはずだ。
当然、求められれば力を貸すつもりだが、百二十年前に比べれば自由に使える時間はあるだろう。
かつては読む時間や権限のなかった資料——特に、カメリア王家の人間しか閲覧できなかった『王宮の禁書庫』内の書物に当たる事ができれば、何かが分かるかも知れない。
(俺は言わば生ける伝説。きっと、すぐにでも政府からコンタクトがあるはずだ)
そこで信用を得て、機密文書に接する権利を掴み取る。
まず最初に達成すべき目標は定まった。
ずっと、アドリエンヌの裏切りの理由を知りたいと願っていたのだ。
必ず成し遂げてみせる。
決意を胸に抱き、バートはカメラに向けて微苦笑を作る。
「ご期待に添えず、申し訳ございません。代わりにですが、他に何か聞きたい事とかありますか? 俺に答えられる範囲で良ければお答えいたします」
バートは自身の内情を一切外に出さず、話題を転換した。
機密文書の閲覧権限を得る——その希望は、今後の交渉の場では弱みともなり得る。
それを餌に何を要求されるか分からない。
まだ自分の立ち位置が曖昧な現状では、不利となる情報は隠しておくべきであろう。
〈勇者様に質問!?〉
〈え、どうしよう〉
〈何でも良いのですか?〉
「何でも良いですよ。答えられる範囲内でお答えします」
すると、一斉にコメントが流れ出した。
〈好きな食べ物は何ですか?〉
〈趣味は?〉
〈生年月日〉
〈バート様は生まれたときから勇者だったのですか?〉
「好きな食べ物は塩胡椒だけで味付けしたスープです。趣味……と言って良いかは分かりませんが、余裕のあるときはお昼寝が好きでしたね。生年月日は1883年12月1日。勇者になったのは十五歳のときだったかな。経緯は話すと長いので、また今度にさせて下さい」
目に付いた質問を捌いていく。
〈好みの女性のタイプは?〉
「好みの女性のタイプですか?」
「……!!」
隣を歩くエステルが肩を震わせた。
けれども、彼女はこちらを見ない。
〈エステル露骨に目を逸らしてる(笑)〉
〈めっちゃ耳澄ませてるだろwww〉
〈興味ありませんけど〜? って顔してるな〉
〈気になってるのバレバレで可愛い〉
「なっ……!? 気になってないです! 適当言わないで下さいっ!」
〈素直になってええんやでエステル〉
〈推しの幸せは俺らの幸せさ(˙-˙)〉
〈そのとおりだ(˙-˙)〉
〈良いこと言った(˙-˙)〉
〈結婚式には呼んでくれよ(˙-˙)〉
「だから虚無顔っ! さっきから何なのですか皆さん!」
〈応援してるのに文句が多いぞ〉
〈エステル何怒ってんの?〉
〈俺たちは味方だぞ〉
〈後ろから見守ってあげてるのに〉
「敵です! 後ろから撃たれてるんですよ!」
ぎゃーぎゃーぎゃーぎゃー。
エステルと視聴者たちのコントを聞き流しながら、何と答えるべきかバートは悩む。
難しいわけではない。答えは最初から決まっている。
アドリエンヌ・テア・カメリア。
それ以外にない。
彼女こそがバートにとって、誰よりも愛しい女性だったのだから。
だが、この場でそれを答える事などできるはずもない。
彼女が悪逆の魔女と呼ばれている現状的にも。
恋慕の情を秘めたまま彼女を殺した、自分の精神状態的にも。
——この場でアドリエンヌが好きだったなんて、言えるはずがなかった。
「まあ、ありきたりですけれど……優しい人、ですかね」
だから、聖女たる彼女の象徴的な性質を一つだけ挙げた。
その途端に、
〈うわ〜ん勇者様〜! エステルに怒られたぁ!〉
〈エステル怖いよぅ……〉
〈応援したのに文句言われた〜!〉
〈エステルに敵って言われちゃったぁ……〉
〈エステルちっとも優しくないよ〜!〉
「ちょっ!? それは反則じゃないですか皆さん!?」
泣きつく視聴者。焦るエステル。
「ご、ごめんなさいね〜。私は怖くないですよ〜?」
〈猫被りやめろwww〉
〈もう遅い〉
〈今さら優しい振りしても手遅れだぞエステル〉
〈勇者様に一部始終を見られているからな〉
「皆さんのせいでしょうがぁ!」
みんな仲が良いな、とバートは思った。
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