〜夜の恐怖と墓遺跡〜


「うわっ!痛っ!」


 樹の根っこに躓いて掌を擦りむく。土を払い立ち上がると、ジワリと血が滲む傷の上に杖をかざし、神聖魔法を唱えた。


「『ヒール』」


 淡い光が掌を包み込み、擦りむいたばかりの傷が瞬く間に塞がっていく。土汚れも綺麗に落ち、元の綺麗な掌に戻った。周囲はすっかり真っ暗になり、樹々の上には大きく輝く赤と青の2つの月が浮かび、満点の星空が広がっている。僅かに差し込む月の光を頼りに、森の中を進んでいるのだが、普段森の中を歩き慣れていないソラにとって、非常に進み辛く何度も木の根に躓いて転んでは、手を擦りむいて怪我をしていた。


「夜の森がこんなに暗いなんて・・・知らなかったなぁ。余り使いたくなかったけれど、『トーチ』の精霊魔法を使ってみるか」


 左手の人差し指の先に小さな火の灯りが出る様にと、僅かに集中し・・・『トーチ』の魔法を発動させた。


「お!成功だ。明るさは・・・アルコールランプ位かな。でも、さっきまでに比べると、かなり見通しが効く様になった」


 ぼんやりとした橙色の灯り。その灯りで僅かにソラの周囲が照らされて、足元の見通しが少しだけ良くなった。消費MPが1ということもあり、本当に最小限の灯りなのだが、それでも先ほどまでと比べると雲泥の差だ。


「この灯り、ずっと出続けるのかな?となると、消費MPはどうなるんだ?」


 左手の指先に灯った橙色の灯りを見つつ、ソラは視界の右下にある文章に目を向ける。


・精霊魔法『トーチ』を使用 MP1減少。魔法解除まで、以降5秒毎にMP1を自動消費し続けます。

・MP自動回復が発動。MP1回復

・MP自動回復が発動。MP1回復


「なるほど。魔法を解除しない限り、ずっと出続けるんだ。けど、この状態での戦闘は、厳しいかもしれないな」


 魔法を2つ同時に使用できない以上、HPを回復する『ヒール』の魔法が使えない。HP自動回復があるとはいえ、視認性の低い森の中で奇襲を受けたらひとたまりも無い。


「洞窟とかあれば、夜を明かすのにもってこいなんだろうけど、ミニマップには、相変わらず森しか写ってないからなぁ」


 ミニマップをタップして、指を動かしながら周囲を見てみるも、相変わらず鬱蒼とした森が広がるばかり。それでも、ここで立ち止まるよりかは遥かにマシだと、再び西に向けて歩き始めた。


ガサガサガサ!!


 右手側の樹々が、不気味に蠢く。ビクリと体を硬らせ、恐る恐る音のした方向を見ると——カタ、カタ、という固い音が鳴り・・・ナニカがこちらに向かってくる。


「夜の森、そしてこの音。ま、まま・・・まさか!?」

「ヴヴヴアアァァァ!!」

「ひいい!で、でたあああぁぁ!?」


 ソラの前に姿を見せたのは、これぞまさしくファンタジー要素を詰め込んだ、迫力ある見た目の『ゾンビ』だった。

 麻色の破れた衣服、左手には簡素な木の枝が握られ、全身の骨が浮き出ており、申し訳程度にひび割れた皮膚や筋肉組織が見え隠れしている。歯は所々抜け落ち、表情は能面の様でありながらも、仄暗い目元にはか赤黒い光が宿っていた。


「リアリティ高すぎだよ!と、とりあえず——HP15 レベル3 か。や、やるしか無い!!」


 右手の杖を勢いよく振りかぶり、ゾンビの頭を殴りつける。重く確かな手応えと共に杖はゾンビの頭にヒットしHPを2減らした。


「ヴヴヴアアァァァ!!」

「ひいい!?」


 ゾンビがお返しとばかりに右手を振りかぶり、ソラに向けてその手を伸ばしてきた。悲鳴を上げ慌てて数歩後退り、ソラを掴み取ろうとした手を避け一息を吐く。


「後7回も攻撃するのか・・・気を引き締めないとぉ!?」

「ガアアアアアア」


 ゾンビの口から悪臭と共に、薄紫色の煙が吐かれる。咄嗟のことで楯を構えて息をいなすも——鼻がもげる程の臭いに、思わず顔を顰めて、動きを止める。


・状態異常『微毒』に掛かりました。5秒毎にHPが1のダメージを受けます。


「毒!?け、けど・・・自動回復で何とかなる!」


 微毒というドクロマークのアイコンが表示されて、効果時間が60秒と記載された時計がソラの名前の横に現れる。

 だがソラはHP自動回復スキルを所持している為、毒によるダメージは無視できる。


・状態異常『毒』について、情報を入手しました。『プレイヤー図鑑』に情報を記載されます。


「お返しだぁ!」


ポカ!ポカ!


 息を吐いた姿勢のまま、動きを止めたゾンビに向け、杖を2度叩きつけ——HPを9まで減らす。油断なく楯を構えて様子を伺うと・・・今度は左手を振りかぶって攻撃してきた。


「うぐっ!」


 皮の盾で上手く受け流すも、腕に鈍痛が走りソラのHPが2減る。その痛みは、例えるのならばタンスの角に足の小指をぶつけた様な痛みだ。だが、先程の兎戦で痛みを受ける事を知っていた上、ある程度覚悟して受けた攻撃だ。

上手く攻撃を受けた事で、ゾンビは派手にのけぞり尻餅をついた。耐えられないほどの痛みでは無いし、相手は体勢を崩して転んでいる。


「今の内に倒す!」


 3度程杖で叩き、残りHP3という表示になった。後2回杖で叩けば倒せる——そう思った瞬間だった。


「ヴヴヴアアァァァ!!」

「うわっ!」


 立ちあがろうとしたゾンビが、大きな声を上げて叫んだ。余りの声の大きさに、咄嗟に耳を塞いで動きを止めたソラ。だがあと少しで倒せるのだ。このまま勢いで勝つ——と意気込みを新たにすると・・・


ガサガサガサガサガサガサ!!


「っ!?」



ソラの周囲が俄かに騒がしくなる。草木が激しく揺らぎ、その奥からカタ、カタという音が、幾重にも響いてきた。


「・・・まさか!増援!?」


 樹々の奥から姿を見せたのは、目の前と同じゾンビの姿をした敵が3体。このまま手を拱いていれば、呆気なく死んでしまうだろう程の人数差だ。


「くっそ!」


 ソラは素早く2度杖を叩きつけてゾンビを倒すと——脱兎の如き勢いで、森の中を走りは始めた。背後からはか仲間を殺されたゾンビ達の怒りと嘆きの声が木霊し、こちらに向けて歩き始める姿が辛うじて視認できた。


「足が遅いから何とかなるけど・・・こっちも全速力で走れない!」


 僅かな光源をもとに森を進むソラは、全速力で走れない。樹々の根に足を取られる上、右脚の違和感がここに来て出始めたのだ。


「ん?あれは・・・遺跡?何にせよ助かった!!」


 簡素な石柱が規則正しく並び、固い岩盤の地面の上に鎮座している、建造物。石組みで建てられた遺跡らしい見た目のそれは、所々が朽ち果てて、森に呑まれて崩れていた。

 だが、入り口の穴は健在で人1人が余裕で入ることが出来る。歩きにくい森の地面に比べれば、岩盤の地面の上の方が遥かに歩きやすい。


「ゾンビの追っ手を撒くためにも、少し入らせてもらう!」


 脇目も振らず一目散で遺跡の中へ入る。地下に伸びる長い階段を駆け降りる様にして、ソラはこのゲーム初めての『ダンジョン』へと、足を踏み入れたのであった・・・。


★☆★


プレイヤー ソラのレベルが上昇しました

杖術のレベルが上昇しました

盾術のレベルが上昇しました。

精霊魔法のレベルが上昇しました。

『ピュアウォーター』の魔法を習得しました

『ソフトウィンド』の魔法を習得しました


「あれ?なんか知らないけど、精霊魔法が上がった?」


ピュアウォーター 消費MP2 指先から少量の水を出す

ソフトウィンド  消費MP2 指先からそよ風を発生させる


 少し長い階段を降り切り——先頭が終了したと判断されて、レベルアップと共に各種スキルが上昇した。その中には『精霊魔法』も含まれており、ソラは少し驚きつつも新たに取得した魔法を確認する。


「お。水が出せる様になったのか。走った後で喉乾いていたから丁度いいや」


 ソラは左手に灯した火を消し、右手の人差し指に意識を集中させて『ピュアウォーター』を発動する。水の勢いは小さく、水量は電子ケトルと同じくらいの量だ。慌てて口元に指先を持って行きゴクゴクと喉を鳴らして飲んでみる。


「うっま!市販のミネラルウォーターと同じ味がする!」


 山のイラストが描かれた、あの天然水と似たような味が口の中に広がる。しっかりと喉を潤す為に暫く水を飲み続けて満足したソラは、魔法を止めて一息を吐き——周囲を見渡した。


「意外と明るいな。植物が光を放っている光景は、ゲームならではといった所かな。青白く光る花なんて、現実じゃあり得ないけど、視界が保たれているのは助かる」


 遺跡内部は意外と広く、天上も高い。青白く光る花、壁に張り付いた苔、足元の所々には樹の根が突き破って飛び出している石造りの床。天上の所々は穴が開き、薄っすらと月の光が降り注いでいる。ソラがいるのは、大部屋の様な広い空間で、空間の奥には、さらに遺跡の奥に続く通路らしき空間が広がっていた


「妙なガスっぽいのがあるけれど——まぁ、身体に異常はなさそうだし、このまま進んでみよう」


 モタモタしていると、先程のゾンビが襲ってくるかもしれないという恐怖に駆られ、さっさと歩きだすソラ。視界の右上にあるミニマップは、先程までの鬱蒼とした森が広がるものではなく、遺跡内部のものに切り替わっていた。


「地上とは違って自分の周囲しか表示されないけれど、通った後はしっかりと表示されたままになってる。道に迷う心配はないけれど、かなり広そうだし——ちゃんと退路の確認は怠らないようにした方が良さそうだな」


 一歩一歩確かめる様に踏みしめて歩き、楯を油断なく構えながら慎重に進む。自分の歩く足音が、やけに大きく響くのに対し、ジリジリと緊張感が高まっていくのを自覚する。

 何事もなく部屋を通り過ぎて少々面を食らったものの、本番はここからだと言わんばかりの雰囲気を発する通路を見る。


「っと、この遺跡、名前なんてあるのか。名前は・・・『禁呪の墓遺跡』?この遺跡がお墓なの?それにお墓って事は、さっきのゾンビが沢山いるんじゃ・・・」


 だが、村に戻る道も分からず、迂闊に外に出てしまえば、先程のゾンビたちに襲われる危険もある。進むしかないのだ。気合を入れ直し——ソラは通路を進んで行ったのであった・・・。


★☆★


「ゾンビの次はスケルトンか!」


 学校の理科室に飾ってあった『骨格標本』が、そのまま動き出した様な見た目のモンスター『スケルトン』。骨が所々欠け落ち、顎をカタカタと鳴らしながら——手に持つ錆び付いた金属の剣を無造作に振り下ろす。


「怖いけど——出来る筈だ!」


 皮の楯を剣の軌道上に掲げ、振り下ろされた剣を受け止め・・・そのまま楯の表面を滑らせて、受け流す。地面にたたきつけられた剣は、大きく刃が欠けた上、体勢が崩れたスケルトンは唖然とした様子で口を開け、そのまま固まってしまう。


「妙な所も人間らしいリアクションするんだな!」


 開いた口に右手の杖を押し込む様にして突き出し、大きく踏み込んでスケルトンを突き飛ばした。視界上部に映るスケルトンのHPが5から2へと一気に下がり、地面に仰向けに倒れ込んだスケルトンに向けて走り、そのまま頭部の頭蓋骨を思い切り踏みしめた所でHPが尽きた。


・スケルトンを倒しました。経験値1を獲得。


「倒しやすいけど——実入りが少ない。スキルはレベル上がらないし、アイテムも無し。これが本当の『骨折り損のくたびれ儲け』って奴か。にしても——この遺跡、入り組み過ぎて最早迷路だな」


 人1人が余裕をもって活動できる幅の廊下が永遠と続く遺跡の内部。時々錆び付いた扉があり、そっと開けてみてみるも、何もない空間が広がる小部屋ばかり。幾度も分岐する通路と、行き止まりの数々に嫌気が差してくる。


「ミニマップ機能に『踏破率』と『マーカー機能』があったから、迷う事無く元来た道を戻れるけど、かなり根気のいる作業だな」


 ミニマップに搭載された『踏破率』は35%。表示されている時刻は間も無く22時に差し掛かろうとしている。50分ほどの時間をかけて、この遺跡の3割を歩き回った事になる。


「満腹度がそろそろ半分になりそうだし、今の内にパンを食べておこう」


 インベントリから『簡素なパン』を取り出してみる。掌には真黒に焼き固められた、見るからに美味しくなさそうなパンが1つ出現した。


「まぁ、支給品だし味は期待しないでおこう。・・・って堅いな!ボソボソだし、味も無い。み、水飲まなきゃ喉通らないぞ」


 必死に顎を動かして噛み砕き、味のしないパンを『ピュアウォーター』の魔法で生み出した水で流し込む。満腹度が10%回復した事を確認し——ソラは再び歩き出す。と、その時だった。


・『微毒耐性』を獲得しました。

・『HP自動回復』のレベルが上昇しました。


「へ——?『微毒耐性』??」


 急ぎステータス画面を開き、たった今獲得した『微毒耐性』をタップする。そこには——簡潔な一文が表示されているだけだった。


微毒耐性 ステータス異常『微毒』に対する耐性を得る。一定時間『微毒』を浴びた者が獲得する。


「何で獲得したのか解らないぞ?さっきのゾンビと戦って1分以上経っているし、どう考えても辻褄が合わな——あれ?ステータス欄に『微毒』のアイコンが表示されてる?」


 ドクロのマークに緑色で丸印が描かれたステータスマーク。アイコンをタップすると、『微毒耐性』により『微毒の霧を無効化中』と表示された。


「微毒の霧——もしかして、このガスっぽい奴が毒だったの!?」


 HPが減っていないし、何も問題ないと高を括っていたのだが、実はしっかりとHPが減っていたらしい。とはいえ、HP自動回復を持つソラは、毒によってHPが減った瞬間に回復していた為、見た目の数値的には変動が無かったのだ。そしてレベルが上がった自動回復を確認すると——。


HP自動回復 レベル2 4秒毎にHPを1回復する。


「秒数の間隔が1秒減ってるな。となると——1秒毎に回復を得られるまで、あと4つレベルを上げればいいのか。なんにせよ『微毒耐性』が手に入った上、スキルが強くなったんだ。少しは安心して先に進めるな」


 こうしてソラは——その後順調に遺跡の迷路を進んでいき、地下2階、3階、4階、5階と遺跡をどんどんと進んでいく。

下層に行くにつれて『微毒の霧』が、地下2階では『小毒の霧』、3階では『中毒の霧』、4階と5階は『強毒の霧』という霧に変化し、それぞれ4秒、3秒、2秒にと毒によるダメージ間隔が短くなる仕様だったが、ソラのHP自動回復も、階層を降る度に強くなっていき——毒によるHPダメージを気にする必要が無かったのは幸いだった。


「やっとここまで来れた。此処がゴール地点だよな?」


 時刻は深夜2時。蟻の巣の様に長く、複雑に入り組んだ迷路の果て。ミニマップの踏破率は98%と表示され、残すは目の前にある威圧する様にして存在する、豪奢な装飾が施された巨大な扉だけ。


「スケルトンも階層が深くなる程、強くなっていたのは驚いたけど——お陰で『神聖魔法』がレベルアップして新しい魔法を覚えられたのは幸運だったな」


・プロテクト  消費MP3 対象を光の膜で包み、受ける攻撃ダメージを軽減する

・ライトボール 消費MP3 光り輝く球で対象を攻撃する


 地下3階で、初めて2体同時に出現したスケルトン。連携は余りとれていなかったが、初めて『槍』を持った相手との戦闘で、目測を誤り——被弾した。慌てたソラが『ヒール』を使用し、自分を回復しようとして・・・間違ってスケルトンを目標に魔法を発動させてしまったのだ。


「あの時は焦ったけれど、でもスケルトン相手に『回復』じゃなくて『ダメージ』として適応されるとは思わなかったな」


 淡い橙色の光が飛んでいった先。槍を握ったスケルトンに魔法が命中した途端——ソラの画面には『4ダメージを受けた』として表示され、スケルトンが音を立てて崩れ落ち、倒す事に成功した。何が起こったのか理解できなかったが、それでも『回復』としての性能しかない魔法が、ダメージを与えられたという新事実に対し、ソラは『ヒール』を戦闘に取り入れる様になったのだ。

 そして『ヒール』を使った戦闘は、今までよりも格段に楽になった。何しろ目視できる範囲のスケルトンになら、どんなに離れていても必ず魔法が命中するのだ。槍の間合いの外から、あるいはもっと遠距離から魔法を使って攻撃し、スケルトンが此方に向かってくる途中で再度魔法を放てばスケルトンが倒れるのだ。


「減ったMPは20秒で全回復できる。遺跡の探索を続けていればあっという間に全回復するからな。最初から知っていれば、こんなに苦労する事も無かったかもしれない」


 そうして——『神聖魔法』がレベルアップし、新たに『プロテクト』と『ライトボール』という魔法を習得したソラ。探索をしつつ活用してみた所——スケルトン相手には『ライトボール』1発で倒せることが判り、『プロテクト』を掛けた状態の楯で攻撃を受け止めると、殆ど無傷もしくは1ダメージしかダメージを受けない事も確認した。


「『プロテクト』は300秒の効果時間がある。効果を切らさない様に注意しながら行けば、問題ない筈」


 恐らくこの『墓遺跡』の主か、それに準ずる存在がこの扉の奥に居るだろう。生唾を呑み込み、緊張しながらも——ソラは覚悟を決めて、扉に手を掛け押していく。部屋の中は真っ暗で全く見通す事が出来ず、異様な空気に満ちているが、戻る術を持たないソラは意を決して扉の中に入り——部屋の中央に向け、恐る恐る歩みを進めていった。


「真っ暗で何も見えない・・・明かりを出した方が、ってわあああ!?」


 ボッ!という音と共に、部屋の中に置かれた燭台に青白い炎が灯る。等間隔に配置された燭台が、次第に部屋全体を明るくしていく中——全ての燭台に火が灯った。いきなりの事態に、腰を抜かす勢いで驚いた空だったが、それ以上事が起こる事はなく、ゆっくりとにじり寄る様に部屋の中心部に辿り着いた瞬間。


「魔法陣——!?」


 部屋の中心で幾何学模様の魔法陣が浮かび上がり、その中から1体のボロボロのローブを羽織ったスケルトンが姿を見せる。手には立派な装飾の杖が握られ、頭には金の刺繍が入った王冠らしきものを被っている黒色の骨をしたアンデッドだ。侵入者であり生者でもあるソラに向け、怨嗟の混じった嘆きの雄叫びを上げ手に持つ杖を振るった。


「うわ!!ぐぅ——重い!!」


 咄嗟に楯を掲げ、杖を受け止めるソラ。光の膜を纏った皮の楯が思わず凹み、杖の重みと打撃によるダメージがソラの動きを大きく鈍らせる。視界に表示されたダメージは脅威の9という数字。2度のレベルアップを重ねHPが13にまで増大したソラだったが、たった1撃で7割ものダメージを受けた事に、戦慄する。


「離れろ!『ライトボール』」


 敵の顔面に向け光り輝く球を放ち、たたらを踏んで離れたアンデッドから素早く遠ざかる。インベントリからHP回復薬を取り出して、一気に煽る。思わず吐き出したくなる程に青臭く、泥の香りも混じった激マズのポーションだったが、意地で呑み込んでHPを確認すると4から9に回復し、黄色のHPバーが表示されている。


「敵の攻撃は受けちゃだめだ。こっちの『ライトボール』は、1割も満たないけれど、確かにダメージは与えているな」


 『ヒール』を使いHPを2回復し、杖を構え直すソラ。HP自動回復が発動し1ずつ回復を始めた事を確認し、魔法を使った遠距離戦に切り替える。


「つかず離れず、それでいて敵の攻撃を誘発し、杖を振るったら距離を取る!」


 部屋の外を徘徊していたスケルトンと大して変わらない速度の攻撃。予兆さえ見てしまえば十分に対応可能だという事を、先程の一撃で悟ったソラは——HP・MP自動回復をフル活用して、戦闘を進めていった。


「怖いけど、だんだんお前の動きも慣れて来たぞ!」


 ソラの視界にはアンデッドの頭上に『悪に堕ちし聖者リスケス』と表示され、もう間もなくアンデッドのHPが残り半分になろうとしていた。


 このままいけば勝てる!勝利を確信し——8度目の『ライトボール』を当てた瞬間、それは突然起こった。


「ガアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


ブシュウウウウウウウウウウウウウウウウ!!


 HPが半分を切り、黄色に変化すると同時に——アンデッドの足元から赤黒い禍々しいオーラが立ち昇る。そして今まで仄暗かっただけの雁高に青紫の炎が灯ると・・・アンデッドの持つ杖から毒々しい色の煙が勢いよく噴き出し、部屋全体を覆い尽くした。


「うわっ!!ゲホ・・・ゴホ・・・何だこの煙!前が何も見えないし、凄い臭いだ」


 目の前が濃い紫色の煙で覆われる。画面に表示されたのは先程よりも濃い赤色をしたドクロマークのアイコンだ。試しにタップしてみると——


・状態異常『猛毒』 毎秒HPに5ダメージを与える


「毎秒5ダメージ!?しまった。今の霧でダメージを4受けたんだ!拙い、回復を——」


 毒の噴射を受けて4ダメージを受けたソラの残りHPは9となっている。猛毒の状態異常で5のダメージを受け一気に4にまで下がってしまう。


「ガアアアアアアアア!!」

「ぐは!!」


 インベントリから回復ポーションを取り出し、回復しようとした瞬間、毒の霧の奥からアンデッドが姿を現し、無防備だったソラに杖を振り下ろす。

成す術無く杖が直撃し、ソラの視界は真っ赤に染まり『ゲームオーバー』の文字が表示され、次の瞬間には最初の村で見上げていた石塔の前に茫然と立ち尽くしていたのであった・・・。

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エターナルワールドオンライン 〜聖者巡礼の旅路〜 薪叢炎欺 @Artemiskaljiste

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