第26話光子・優子・翼・拓実、四人のはじまり 扇風機の前の双子
雨粒と笑い声の降る午後 ― 光子・優子・翼・拓実、四人のはじまり
扇風機の前の双子
5月の終わり。
夏が半歩だけ先走ったような、湿り気を含んだ熱気が家の中にまでまとわりつく土曜日。
午前中、自転車で大量の買い物をさばいた光子と優子は、帰宅すると同時に靴も靴下も脱ぎ捨て、リビング中央に置いた扇風機を「強」に回して、風の前で思い切り広がった。
「いや〜、汗が引く〜〜……!」
光子はたまらずスカートをふわっと持ち上げ、太ももに風を当てて極楽顔をつくる。
「優ちゃんもやろうや〜」
「やるやる〜、涼しか〜〜!」
二人は完全に“人としての体裁”を忘れた無防備モード。
双子だけの、誰にも見せない油断の時間――のはずだった。
その瞬間、玄関のドアが勢いよく開いた。
ガチャッ。
「光子〜!優子〜!遊びに来たぞ〜!」
顔を出したのは、ソフトテニス部の翼と、珍しく練習がオフだった卓球部の拓実だった。
「ぎゃあああああ!!」
「見んでよおおお!!」
双子が叫んだ時には遅かった。
二人はスカートを押さえて跳び上がり、翼と拓実は石像のように固まった。
「な、なんも見とらん!!!」
「み、見てないけん!!!ほんとに!!!」
明らかに動揺している声なのが、逆に決定的な証拠みたいで、余計におかしい。
双子は真っ赤になりながらも叫ぶ。
「入るときはノックせんかぁぁぁ!!」
「そうよ!!乙女の礼儀なめんな〜!!」
翼は顔を覆い、拓実は耳まで真っ赤にしながら、そそくさと玄関に戻った。
「ご、ごめん…音が聞こえんやったけん……」
「今日は卓球部、珍しくオフやけん……つい……」
言い訳すればするほど墓穴を掘る。
双子はくすくす笑い、扇風機の風にまた身を預けた。
(これ絶対、ネタになるよね……)
二人の心の声はぴったり重なっていた。
“ラッキーすけべ事件”の余韻
廊下に追い出された翼と拓実は、しばらく壁にもたれて固まっていた。
「……なんか、めっちゃ綺麗やった……」
翼がぽつりと漏らす。
「いや、見てないばい……見てないけど……見えとったような……」
拓実も小声で言いながら頭を抱える。
脳内は完全にお花畑。
けれど、本人たちは必死に否定するしかない。
そこに双子がリビングから顔を出した。
にやりと笑った、あの“いじわる姉妹”の顔で。
「ねぇ、ほんとは見たんやろ〜?」
「正直に言いんしゃいって〜?」
「み、見てないッ!!!」
「ほんとに!!ほんとに!!」
真っ赤になって慌てる男子二人を見て、
双子は腹を抱えて笑う。
「単純すぎる〜〜!!」
「ボケ力まだまだやんね〜!!」
この瞬間、“ラッキーすけべ事件”は
双子の永久保存ネタとして刻印されたのだった。
雨の日、落語研究会にて
翌週。
梅雨入りが近いのか、空は朝からどんよりと重かった。
放課後、校内にぽつぽつと雨音が響き始めるころ、光子と優子は落語研究会の部室にいた。
畳の上に座り、扇子を動かし、新作ネタを相談中。
「光子、ここの“オチ”弱ない?」
「じゃあ、拓実くんのサーブ失敗ネタ入れてみる?」
「それや!あいつの“巧み間違い”シリーズいけるやん!」
笑いながら次々と案が出ていく。
その扉がまた、そっと開いた。
「……お邪魔します」
顔を出したのは、卓球部の拓実だった。
今日は珍しく部活がオフ。やることもなく、気づけばここに来ていた。
「拓実くん、雨やけん暇しとったと?」
光子が手を振る。
「う、うん……ちょっと……優子にも会いたかっ……いや違う!!」
「今なんて言った〜〜?」
光子のツッコミが炸裂。
優子は真っ赤になって慌てる。
「光子うるさいっちゃ!!!」
「よかよか〜、若いってよかねぇ〜」
八幡先輩が机の奥から微笑む。
雨音が静かに部室を包む中、
拓実が加わったことで、空気は突然甘酸っぱく、そして騒がしくなった。
双子が生み出すネタの魔法
「じゃあいくばい、“巧み間違い拓実の大冒険”!」
光子が高座に上がり、扇子を手に威勢よく始める。
「主人公は〜、卓球部のホープ!しかしサーブは空振り、スマッシュはネットにぽちゃん!!」
部室、爆笑。
優子も乗っかって、
「そんでね〜!拓実くん、よう転ぶとよ!卓球台が逃げよるんやろねぇ〜」
「逃げよらんし!!!」
拓実は耳まで真っ赤。
だが、その照れた表情こそが、光子と優子の大好物だった。
笑いの渦の中、双子はふと思う。
(拓実くんも、翼くんも、うちと優子が笑わせたり、笑かされたりしてるこの時間……ずっと続けばいいな。)
雨の日の部室は、四人の関係が“ただの友達以上”に変わっていく小さな前兆だった。
未来の伏線:10年後の拓実と翼
物語は一気に未来へ飛ぶ。
拓実は日本代表として、世界の卓球大会で戦っていた。
あの日の落語研究会で生まれた“卓球ネタ”が、彼の背中を押し続けた。
光子と優子は観客席で叫ぶ。
「拓実、すごかよ……!」
「ほんとに世界で戦っとるっちゃね……!」
そして同じ頃、翼はソフトテニス日本代表として国際大会で優勝していた。
インタビューで真っ先に光子へ感謝を述べ、光子は照れくさそうにほほへキスを送る。
青春のボケツッコミが、そのまま彼らの未来へ続く糸になったのだ。
雨の日の帰り道 ― すべての始まり
まだ未来など一ミリも予想できない、中学一年生のある雨の日。
優子が相合傘で拓実と並んだ時、枝光さくら先輩がニヤリと笑った。
「優子ちゃん、卓球部の拓実くんとお似合いじゃねぇ」
「せ、先輩〜〜っ!!」
優子はパニック。
拓実もどぎまぎして、傘の持ち手が震えている。
一方、光子は翼(ソフトテニス部)と並んで帰っていた。
「翼、今日の練習どうやった?」
「うん、サーブちょっとミスったけど……光子のツッコミで直せそうばい」
「あはは!ほんなら特別講習するばい!」
四人で合流すると、双子のギャグがまた始まる。
「拓実〜!ラケット傘に持ち替えんと!」
「これは雨粒の回転チェックや!!」
「翼〜!空気打っとったばい!?」
「空気にもスピンかけよるけん!」
雨粒の音と四人の笑い声が交わり、
その光景は、やがて未来の栄光へ続く“最初の一ページ”となる。
この日の雨は、ただの雨じゃなかった。
四人の青春が静かに動き出した合図だった。
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