廻り返る(めぐりかえる)~ある魔術師と夜空の魔法陣~

はななこーひー

第1話:宵闇の祭と、廻り返る四時間

 グランツェル王国、建国三百年祭。その初日の夜。

 王都を焦がす祝砲の轟音が、王城の分厚い石壁を隔ててもなお、執拗に耳に届く。


「……下らない」


 王宮魔術師アルド・グランバルドは、窓の外に咲き散る花火に灰色の瞳を向けたまま、冷ややかに呟いた。艶のある濃紺の髪が、祝祭の光を鈍く弾く。十九歳。伯爵家の次男にして、王立魔術学院を史上最高得点で卒業した「天才」。だが、その評価は常に(変人)という枕詞と嘲笑を含む薄笑いとセットだった。


 彼の執着は、今やオカルト扱いの古理論「魔法陣意匠論」にある。

 現代魔術の主流は、徹底した「簡易化」と「効率化」。過去の大戦で発展したこの思想は、いかに単純な陣で、いかに速く、安定した威力のアウトプットを叩き出すかを至上命題とする。魔法陣は規格化され、誰が使っても同じ結果が出るように最適化されている。それは兵器としての魔術であり、インフラとしての魔術だ。


 だが、アルドの信奉する意匠論は、その真逆を行く。魔法陣の幾何学的な「美しさ」、その芸術性が魔力の「質」を変化させ、結果として魔力伝達効率を飛躍的に増大させるというものだ。しかしながら、その理論は再現性が低く、効果があったとしても描くのにかかる時間に対してその効果、つまりコストパフォーマンスが悪く、それであれば己の魔力を高めた方が遥かに効率が良いため、今やこれを本格的に研究しているのは引退間近の老人や、若手ではアルドくらいのものであった。


 アルドがこの理論に憑りつかれたきっかけは、幼少期に遡る。彼がお遊びで描いた複雑な魔法陣に、屋敷お抱えの老画家が気まぐれに緻密な装飾を描き加えた。試みにその魔法陣を起動した瞬間、アルドの身体を駆け巡ったのは、普段とは比較にならないほどの魔力の充足感。まるで、魔術回路が完璧なピアノのように調律されたかのような、魂が震えるほどの感覚だった。以来、アルドはその感覚の証明こそが魔術の真髄だと信じ、研究に没頭している。


(あの男に、この芸術が理解できるはずもない)


 脳裏に浮かぶのは、魔術師団の長、ガルディウスの顔。「それは時間と才能の無駄遣いだ、アルド君」と、彼は事あるごとに言い放つ。老魔術師は、アルドが現在の流行に沿って魔法を構築すれば、王宮でも上位の実力を持つことは認めてはいる。だが、才能がありながら自分の意に従わず、非効率な研究に没頭するアルドをあからさまに煙たがっていた。


 その証拠が、今夜押し付けられた任務だ。「時空安定装置の定期点検」。

 王国祭の喧騒が最高潮に達するこの夜に、王城地下最深部での地味で退屈な実務。初代王の遺した古の魔導具とはいえ、その点検はとうの昔に形骸化していた。手順書通りに一定量の魔力を流し、計器の針が正常範囲に収まっているのを確認するだけ。過去三百年、一度たりとも事故の報告はなく、今や「一定の魔力さえ扱えれば新米でもできる」とされている、典型的な雑用だ。

 それを「祭りの夜こそ、王国の礎に敬意を払い、将来その柱となる有望な若者が行うべきであろう」などという耳障りのいい言葉で飾り立て、アルド一人に押し付けたのは、ガルディウスのささやかな嫌がらせに他ならなかった。


「……実用魔術への嫌悪、か」


 ガルディウスにそう評されたこともある。違う。俺は魔術そのものを嫌悪などしていない。ただ、美しさを切り捨て、規格化されただけの力には「感動」がないのだ。ガルディウスの強大な魔法を目の当たりにしても心が震えないのだ。


 アルドは魔術師団の執務室に立ち寄った。目的は、任務に必須の補助魔導具「暁の琥珀」を金庫から取り出すためだ。時空安定装置の操作に必要となるこの宝石は、普段は厳重に管理されている。執務室を軽く見渡すが誰もいない。同僚の皆も今頃、祭へと繰り出しているのだろう。


「識別コード、アルド・グランバルド。……解錠」


 そう告げながら解錠用の魔法陣を起動すると、重厚な鋼鉄の扉が音もなく開く。中から手のひらサイズの琥珀を取り出し、懐にしまった。そして、喧騒を背に受けながら魔導ランプの灯りが揺れる冷たい廊下を進み、地下深くへと進んだ。


 地上の熱狂とは隔絶された王城地下最深部。空気は冷え切り、アルドの靴音だけが反響する。

 広間の中央に鎮座する「時空安定装置」は、この国の魔術文化の原点でありながら、今やその複雑怪奇な構造ゆえに誰も深く理解しようとしない、ただそこにあるだけの遺物と化していた。


「いつ見ても見事な文様だ……」


 アルドは思わず感嘆の息を漏らした。装置の制御盤に刻まれた魔法陣は、単なる機能的な回路図ではない。それは芸術だった。初代王の美的感覚は、三百年を経てもなお色褪せない。線の配置、黄金比に基づいた螺旋構造、そして全体を貫くシンメトリーの完璧さ。これこそが、彼が追い求める『意匠』の神髄なのだ。

 この芸術に触れられるという一点においてのみ、彼はこの退屈な任務に感謝していた。


「さっさと終わらせるか」


 アルドは懐から取り出した「暁の琥珀」を左手に握り込んだ。内部に浮かぶ螺旋模様が、蝋燭の光を吸い込んで淡く輝く。

 アルドは右手を装置の制御盤にかざし、マニュアル通りに魔力を流し込む。自らの魔力量は最高位とは言えない。だが、それを補って余りあるのが、学院史上最高と謳われた魔力操作技術だ。神経細胞の一本一本で魔力を操るように、慎重に、精密に。

 装置が低い唸り声を上げ、魔力循環が安定軌道に乗る。計器の針は、正常値の範囲内で静かに揺れている。


(……やはり、退屈な作業だ)


 ガルディウスへの苛立ちが募る。こんな誰でもできる仕事のために、貴重な時間を無駄にしている。

 点検開始から数分後。制御盤の文様を眺めながらアルドが小さい欠伸を噛み殺した、その瞬間だった。


「……!」


 装置内部の魔力流が、計測限界を超える僅かな「歪み」を示した。


(なんだ、これは……!?)


 ありえない。マニュアルにはこのような現象に関する記述は一切ない。アルドは即座に操作技術を一段階引き上げ、流れを強制的に補正しようとする。だが、歪みは補正を嘲笑うかのように、指数関数的に増大していく。


 グォンッ!


 制御盤が赤熱した。アルドの魔力操作の許容量を超えた、凄まじい量の魔力が逆流する。


「ぐっ……!?」


 腕を灼く激痛。だが、手を離せば暴走は確実。アルドは歯を食いしばり、左手の「暁の琥珀」を、魔力制御の最後の砦として強く握りしめた。琥珀が悲鳴を上げるように高熱を帯びる。


「制御、できない……ッ!」


 必死の抵抗も虚しく、規格外の魔力の嵐がアルドの意識を襲う。


(こんな、馬鹿な……。ただの、点検だったはずじゃ……)


 遠のく意識の中で、遠い地上の花火の音が、まるで水底から聞こえるように鈍く響いた。


 ──世界が、白く染まった──


──────────────


「……はっ!」


 我に返ったアルドは、荒い息を繰り返した。全身を襲っていたはずの激痛も、腕の火傷も消えている。


「……廊下?」


 そこは、先ほど執務室へ向かうために通ったはずの、王城の廊下だった。


 ドォン!


 窓の外で、巨大な祝砲の花火が弾けた。城下町から、耳慣れた歓声が届く。


(悪夢……か?)


 あまりのリアリティに、額には冷や汗がびっしりと浮かんでいた。アルドは壁の大時計を見上げる。


 午後八時。祭りが最も盛り上がる時刻。もうすぐ点検の時間だ。

 疲労からくる幻覚だったのか。アルドは安堵の息を漏らしつつも、あの鮮明すぎる感覚に一抹の不安を覚えながら、再び地下へと向かうことにした。


(まずは、あの琥珀をもう一度取り出さねば)


 アルドは魔術師団の執務室へ向かった。金庫の前で、先ほどと同じように自らの名を告げ、魔法陣を起動する。


「識別コード、アルド・グランバルド。……解錠」


 重厚な鋼鉄の扉が音もなく開く。だが、そこには何も存在しなかった。


「なぜだ?まさか泥棒でも入ったのか?団長に連絡を……」


 苛立ち紛れに懐に手を入れた、その時。指先に、硬く滑らかな感触が触れた。


「……は?」


 取り出すと、それは間違いなく「暁の琥珀」だった。


(いつの間に……?いや、待て。どうせこの仕事を押し付けられると予期して、今日の昼間のうちにでも、俺が先に持ち出していたのかもしれない。そうだ、きっとそうだ。我ながら用意がいい)


 あまりに鮮明な悪夢のせいで、記憶が混乱しているのだろう。アルドは無理やり自分を納得させ、再び地下へと足を向けた。その胸のざわめきには、気づかないふりをして。


 最深部。「時空安定装置」は静かにそこにあった。


「今度は、より慎重にやる」


 アルドは「暁の琥珀」を握りしめ、先ほどよりもさらに精密な魔力操作で点検を開始した。一度「悪夢」で経験したせいか、魔力の流れは先ほどよりスムーズに感じる。


「まぁ、そうだよな。そんなことが有るわけがない」


 なにせ、記録が残されてからただの一度も事故はおろか、異常な数値を示したこともないのだ。あれは夢だったのだ、確信を持ち始めた瞬間、その時は訪れた。


 だが、あの時刻。寸分違わず、その時は訪れた。


「……!」


 来た。計測器の針が、悪夢と全く同じパターンで「歪み」を示す。アルドは夢での失敗をなぞるまいと、補正ではなく、魔力供給を絞ることで対応しようとした。しかし、装置はそれを許さない。魔力供給を絞った瞬間、まるでそれを待っていたかのように、装置が飢えた獣のように魔力を吸い上げ始めた。


 グォンッ!


「なっ……なぜだ!?」


 回避したはずの逆流が、前回を上回る勢いでアルドを襲う。


「があっ……!」


 意識が途切れる直前、アルドは確かに見た。握りしめた琥珀が、事故の瞬間、強い光を放つのを。


 ──世界が、再び白く染まった──


──────────────


「はあっ、はあっ……!」


 王城の廊下。午後八時。窓の外には、見飽きたはずの花火。


「……どうなっている?」


 夢ではない。デジャヴでもない。同じことが、三度起きた。

 懐を探ると暁の琥珀が確かにそこに存在を主張する硬さを感じる。


 アルドはその場に立ち尽くした。血の気が引くのを感じた。背中を嫌な汗が流れる。


(時間が、戻っているのか?)


 ありえない仮説が、冷たい現実味を帯びて脳裏をよぎる。検証が必要だ。アルドは試しに、廊下の隅にある高価な壺を、衝動的に魔術で粉砕した。派手な音を立てて砕け散る陶器。すぐに衛兵が駆けつける。


「アルド様、何事ですか!」


「……すまない、手が滑った。弁償はするし、私が片付けるので、そのままにしておいてくれ。」


 困惑する衛兵に対し済まなそうな顔を作って振り切り、アルドは今度は王城の時計塔を目指した。時間の確認も必要だ。最上階で巨大な時計の針が時を刻むのを見つめ続ける。午後九時。十時。十一時。街の喧騒は少しずつ落ち着きを見せ始める。そして。


 ……ゴォォン……。


 深夜零時。建国記念の鐘が、世界の終わりを告げるように鳴り響く。その瞬間。


「──ッ!」


 痛みはない。だが、魂が肉体から引き剥がされ、時間の奔流に投げ込まれるような、強烈な浮遊感に襲われた。視界が白く染まり、意識が強制的に巻き戻されていく。


──────────────


四回目。王城の廊下。午後八時。


 アルドは我に返ると廊下の隅に視線を送る。粉砕したはずの壺が、何事もなかったかのように鎮座していた。


「……やはり、廻り返っている」


 アルドは廊下の真ん中で呆然と立ち尽くした。そんな彼を行き交う衛兵や使用人が不思議な顔をして通り過ぎてゆく。これは夢でも幻でもない。紛れもない、現実だ。自分は、この「午後八時から午前零時」に囚われている。


「四時間?いや、それだけじゃないな」


 二回目はそれよりも早く事故が起きたと思う。鐘の音を聞いていない。つまり、アルドの生命、あるいは意識がなくなったとしても元に戻ってしまうようだ。理屈も理由も、何もかもが不明だが多分そういうことなのだろう。


(いや、理由は分かるかもしれない、安定装置の事故だ。俺が不用意に魔力を供給しなければ、事故は起きず、朝を迎えられるのではないか)


 そう判断したアルドは地下へは向かわず、自室に閉じこもった。椅子に深く身を沈め、不安と共に時計を見ながら時間が過ぎるのを待つ。


 ……ゴォォン……。


 だが、深夜零時の鐘の音とともに、アルドはまたしても浮遊感に襲われ、世界は無慈悲に彼を引き戻した。


──────────────


五回目。


 次にアルドは、情報を残そうと試みた。自室に駆け込み、羊皮紙に「私は時間の牢獄に囚われた。原因は地下の時空安定装置。このループは深夜零時に巻き戻る」と書き殴る。


(そう言えば、俺の研究ノートはどこだ?)


 いつもなら本棚の定位置に置いているノートが見つからない。祭りの喧騒が思考を鈍らせる。いつもならありえない失態だ。祭りの前日、「王国祭の間は研究に没頭したいから」という理由で本の棚卸しをしたが、その時にどこかに紛れてしまったのか?


「まぁいい、今はそれどころではない」


 アルドは捜索を諦め、羊皮紙を机の真ん中に置き、糊で固定すると自室を出て王城の正門へ向かう。そこで、祭りに繰り出そうとする明日の当番である同僚に話しかけ「明日の点検も私が交代したので覚えておいてくれ」と告げ、周囲にいた他の同僚にも周知しておく。


「これでどうなる?いや、どうにかなってくれ」


 アルドは祈るような気持ちで時が過ぎるのを待った。


 ……ゴォォン……。


 そして鐘が鳴る。


──────────────


六回目。


 自室に駆け込む。羊皮紙は、ただの白紙に戻っていた。手が震え、羊皮紙が床に落ちる。すぐに外に駆け出し、同僚に「明日の当番は誰だ?」と尋ねるも「私だよ、いちいち聞くなんて嫌がらせか?」という返答。


「……すべてが、巻き戻っている?」


 残っているのは5回も繰り返した自分の苦い記憶だけ……嫌な予感がどんどん膨らんでゆく。


 念の為、昨日と同じことをもう一度繰り返し、その日は何も手につかずに過ごした。


 ……ゴォォン……。


 鐘が鳴る。


 ──────────────


 七回目。八回目。九回目。


 駄目だ、何もかもが巻き戻ってしまう。誰かに、この異常を伝えなければ。アルドは必死だった。


 まずは団長であり最高責任者であるガルディウスだが、老魔術師は「戯言は後にしろ、時間が巻き戻るなんてひよっこ魔術師でも言わんぞ。それに今はそれどころではない!」と一瞥もくれなかった。衛兵にも異常事態を訴えたが、「アルド様、少しお疲れなのでは?」と、ただの酔っぱらいか、疲労による錯乱としか扱われなかった。数少ない友人を探して協力を得ようとするが、次のループで話しかけても当然、何も覚えていなかった。


 嫌な予感が更に膨らんでゆく。


 ……ゴォォン……。


 鐘が鳴る。


 ──────────────


 十回目。十一回目。……。


 他者への伝達が不可能だと悟ったアルドは、方針を切り替えた。自力での突破。そのために必要なのは、圧倒的な知識と技術だ。ループする四時間という限られた時間の中で、彼は王城の書庫に駆け込み、古文書を読み漁った。時空魔術に関する禁書、初代王の手記の写し、果ては異端とされる魔術理論まで。何かヒントはないか。


 だが、得られた知識を元に魔力操作を試みても、巻き戻ってしまえば、彼の身体が覚えたはずの魔力の流れや感覚は残るが魔力は増えることはなかった。試しに筋肉痛になるまで腕立て伏せや腹筋を繰り返してもみたが、筋肉痛は消え、筋肉量が増えることもなかった。それでも、彼は諦めなかった。


 ……ゴォォン……。


 鐘が鳴る。


 ──────────────


 二十九回目。


 アルドは再び地下へ向かい、蓄積した知識と、今や指先一つで魔力の流れを完璧に組み替えられるほどに研ぎ澄まされた魔力操作技術のすべてを注ぎ込んだ。


 魔力の波長を変え、流し込む速度をコンマ秒単位で調整し、複数の魔力系統を同時に操作して歪みを相殺しようと試みる。

 学院史上最高と謳われたその技術をもってしても、あの「歪み」はびくともしなかった。まるで、次元の違う法則が働いているかのように、彼のあらゆる努力は虚しく弾かれた。


 ……ゴォォン……。


 アルドは遠くに聞こえる鐘の音と、白く染まる世界の中で悟った。単独の技術と魔力では、あの装置の暴走を抑え込むことは理論的に不可能だと。


 ──────────────


 三十回目。


 アルドは、自室の椅子に力なく座り込んでいた。外では、もう何度聞いたか分からない歓声と、祝砲の音が響いている。最初は焦燥に駆られた。次に怒りが湧いた。そして今は、ただ冷たい虚無だけが心を占めている。同じ花火、同じ歓声、同じ人々の笑顔。何もかもが同じ景色の中で、自分だけが狂っていく。かつては不快でしかなかったその喧騒も、今では自分だけが取り残されたことを証明する、遠い世界の響きにしか聞こえなかった。


(閉じ込められた……)


 そう、ここは牢獄だ。アルドは囚われている。


(一体俺はどんな罪を犯してこんな事になっているんだ)


 ポケットから「暁の琥珀」を取り出し握りしめる。


「なんとかして……」


 虚ろな灰色の瞳が、窓の外、忌まわしいほど美しい花火を映し出す。


「なんとかして、ここから脱出しなければ──」


 だが、何も手立てなどない。それは決意というより、無限の焦燥から絞り出された、悲痛な呻きだった。


「クソッ!」


 アルドが壁を思い切り叩くと


 ──ドサドサッ──


 衝撃で隣の本棚から本がこぼれ落ちる。アルドが虚ろな目線を落ちた本の山に注ぐと、簡易化された魔法陣たちの真ん中に美しく装飾された描きかけの魔法陣──「魔法陣意匠論」を元にした下書きが目に映る。


「待てよ、これは牢獄なんかじゃなくてチャンスなのか?」


(そうだ、逆に考えろ。俺は無限の時間を手にしたのかもしれない)


 アルドは顔を上げて笑みを作った。今こそ自分の理論を突き詰める時だ。書庫の本は読み放題、普段ならすぐに追い出されてしまう重要資料エリア、はたまた禁書指定のものだって閲覧できる。


 不審に思われたっていいのだ、どうせ4時間後には元通りなのだから。それにさっきまでの繰り返しでもやっていたではないか。記録には残せないが、忘れない程に読み返して記憶すればいいのだ。


(虚ろな目で本の山を見ていたアルドの目に、光が戻る)


「俺はいつから、他人の存在を気にするようになった? どうせ他人になど興味はないし、興味を持たれる必要もない。ならば、違う。これは牢獄などではない。誰にも、何にも縛られず、俺の理論を突き詰めるための時間が与えられたということだ」


(そうだ、これはむしろ啓示なのだ)


「……よし、やってやる」


──俺はまだ、絶望なんてしていない

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