てるてる坊主の見た罪〜怪異と声なき声〜

ナナミ

第1話

「てるてる坊主てる坊主、明日天気にしておくれ。」



 俺は、暗い声で歌いながら、大きな布をそれに巻き付け、とある柱に吊るした。ギシ、と軋む音が鳴る。重力に逆らわずに左右に揺れる白は、何とも言えない、異様さがあった。布越しにそれがじっと見ているようだ。寒気が走る。俺は生唾を飲み込んだ。



 誰にも俺の仕業だってことはバレやしない。大丈夫さ。



 俺は部屋の戸を音を立てて閉めた。やけに大きな音がした気がする。多分気のせいだ。



 俺はその場を後にした。





 翌日は、前の日に反し、眩しいくらいの快晴だった。あんなてるてる坊主でも、役に立つものだな。……そう考えないと、心にかかった雲が晴れない。ポトッと何かが落ちる音がした。ギシ





 二日後。テレビであいつの遺体が見つかったとニュースでやっていた。画面をじっと見つめる。笑顔でこちらを見ている。数秒後、俺はテレビを消した。リモコンを置くと、大きな音が響く。



 ギシ、とソファに腰掛け直し、腕を組む。ナイフは血を拭って川に捨てた。服などは燃やして離れた場所に捨てた。元恋人だからと言ってすぐに疑われることはないはずだ。きっと大丈夫だろう。ポト



 その日から暫くは仕事に全神経を注いだ。周りから顔色が悪い、医者に行ったらどうだ、と勧められた。周りの気のせいだろう。



 家に着くと、肩の荷物を下ろし、ため息を吐く。首を鳴らし、肩を揉んだ。何かつかれやすいな。やはりあれのせいか。目を閉じると、揺らめく白が見える気がして、頭を軽く振った。



 俺は外に視線を向けた。サアア……、と言う音が鳴っている。眉間に皺が寄るのが分かった。あの日からなかなか晴れないな。向かいの家にてるてる坊主が吊られている。こちらを見つめる黒い瞳。目の前の厚みがある布をシャ、と横に引いた。



 最近良くてるてる坊主を見かけるな。……憂鬱だ。


 



 一週間後。休みの日。



「何だこれは!?」



 家の前で大きな声がした。俺は思わず立ち上がる。何だ、今の声は!?



 数秒後、家のチャイムが鳴った。



 ピンポーン



 ……誰だ?さっきの声は何だ?背中に冷や汗が流れる。



 誰だ?今日は誰も家を訪ねて来る予定はないが……。背中に冷や汗が流れる。



 俺はインターホンに近付く。そして、息を呑んだ。警察だ!警察がいる!はい、と返事をするとそいつらは俺の名前を呼んだ。まさか、俺のことを捕まえる気か!?いや、待て……。まだ俺だと特定したわけじゃないよな。



 俺は深呼吸をして身なりを整えると、出た。



「はい。……何のご用ですか?」



 警察は俺の名前を呼び、何故か下を指差しながら言った。



「元恋人である貴方にお話を聞こうと思ったのですが……。これは何だ?」



 下を見て、俺は目を見開いた。何故かある、黒焦げの服。黒く変色したナイフ。



 赤く染まった大量の白いてるてる坊主。



 何でこれがここに!?



「処分したはずだ!」



 思わず出た声に、はっと俺は口を押さえる。



 警察に視線を向けた。男達は俺に鋭い視線を向けている。



 俺は素早く足を動かした。待て!と言う声がかけられる。



 車に衝突したような衝撃が走った。全身に痛みが走る。ズリリ……、と言う音。数拍置いて、タックルされたのだと分かった。大柄な男は俺の名前を呼び、時刻を言ってから声を上げた。



「公務執行妨害、及び殺人容疑でお前を逮捕する!」



「ちくしょう!」



 俺は歯軋りをする。もがいたが、とても脱出することが出来ない。暫く抵抗したが、やがて力が抜けた。



 俺は家の玄関を睨み付けた。処分したはずの証拠が何故、あんなところに……。それにあのてるてる坊主の山は何だ!?まるであれが証拠だと示してるようじゃないか!



 歯を食い縛る。



「私よ。」

 


 不意に、頭上から消えそうな声が聞こえた。ギシ、と言う音が耳に入り、同時に、ボト、と目の前に何が落ちる。



 これは、てるてる坊主!?それに、この声は!?



 俺は目を見開くと、顔を上に向ける。目に入った光景に、戦慄する。声を上げた。



──うわあああ!!!



 そこにいたのは、俺が殺したあいつだった。白い布から首だけ出したあいつ。光のない黒い瞳が俺を射抜く。青白い顔で、宙に浮いている。



 ひたすら大声を上げる俺。



「暴れるな!……錯乱してるのか?」



 警察官に押さえつけられ、顔が地面に付く。ガチャ、と言う音が鳴る。手錠がかけられたと分かった。錯乱してるだって!?俺はまともだ!



 ちくしょう……。ちくしょう!



 死んでから、俺の邪魔をしやがって!



 地面を叩き付ける。俺は衝動に任せ、震える口を開き叫んだ。



「ちくしょう!」





◇◇◇


 



 殺人犯である男が連行され、暫くした後。



 宙に浮いていた女性は、光の粒子となって消えて行った。



 家の前には、大量のてるてる坊主のみが残った。

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