銀河鉄道の夜へ
三上佳南
1 銀河鉄道 ひかり行き
アイツが笑う。イヤモニ越しでもよゆーで聞こえるくらいの歓声が上がる。見渡す限りの揺れる赤色。そしてパートの終わり際に右手を唇に近づけて。
袖が翻り右側からオレが登場する。聞こえてんのかわかんねーけど声をマイクに乗せる。乗せ続けて、体を、動かし続ける。次に来るアイツにバトンを、歌を続けるために。
★
公演の映像を見るたび思う。実力では負けてねえって。歌とかダンスとか、そういうのは劣ってねえって断言できる。あとオレに足らねえのは運だけだって、本気でそう思う。
「ジュンちゃん、楽屋撤収だって」
気弱なユキの言葉。わざわざ言われんでもそれくらいちゃんと把握してた。少し苛ついて、打ち上げの前に、修正箇所を伝えてやろうと思った。
「ユキ、今日の2番のBメロの入り。ミスっただろ」
いつもの謝りの言葉が聞こえる前にオレは言葉を続ける。
「そこが曲の一番大事なところだろ。せっかく任せてもらえたんだから」
「いつもルイにいいとことられてんだからさ」
そう言うとユキが目元にしわを寄せながらあいまいに、困ったように笑う。コイツのこの笑い方が、あいまいにごまかすように笑う仕草が、ファンの間で人気なのを知ってる。でもその姿を見てイラ立ちがたまる一方だった。
「ジュンさん、ユキ!ねえ聞いて」
オレたちの”光”、ルイがキラキラ光る笑顔をまとってオレらのもとへやってきた。
「ねえメジャーデビュー!だって。俺たちレーベルに所属できることになったの!」
オレは耳を疑った。ずっと願っていた到達点。メジャーデビュー、それは地下から活動を始めたオレらにとって夢にまで願ったことだった。それをこのグループを組んでたったの2か月で成し遂げられるとは。それをルイから伝えられたということに不満を覚えながらもオレは純粋にうれしかった。
ずっと有名にもっともっと有名になりたかったから。
★
いつもの飲み屋でマネージャーや事務所の偉い奴らに祝ってもらった後、オレは一人、乗り換え先の駅で電車を待っていた。曇る眼鏡をはずしながらオレは喜びをかみしめた。よっしゃ!そう言ってガッツポーズをかましたかった。このくすぶっていた3年間は何だったんだと心から思った。ほらやっぱりデビューできる才覚はあったんだ。それをずっとつぶされてきたんだ。そんなことを考えながら、母さんに連絡を取ろうとスマホを取り出した。
画面を開くと通知が入っていることに気づいた。パスワードを入れてメールアプリを開くと画面が勝手に明るくなって、顔を上げると突然目の前も煌びやかな、スポットライトのような明かりに包まれた。
ー銀河ステーション、銀河ステーション。
気が付くとそこは電車の中だった。でも普通の電車とは違う、窓の向こう側がまるでトンネルの中みたいにずっと真っ暗だった。吸い込まれるような先があるような黒、ときどきキラキラ光るダイヤモンドのような光もあって。しばらくしてソレが
夜空と同じであることに気づいた。あたりを見回すと知らない顔たちと、4人掛けのボックス席に見覚えのあるプラチナブロンドの髪を見つけた。ぼうっと窓を見つめてまるで消えてしまいそうな様子をたたえて。
「ユキ」
声をかけると窓ガラス越しにユキと目が合った。ユキはいつものように困ったように笑って自分の隣をたたいた。
「ここはどこだよ。もしかして銀河鉄道だったりして」
ユキはまだあいまいに笑ったままだった。
「これはどこに行くの」
ようやくユキが口を開いてこういった。
「わからない」
窓の枠に肘をついて、わからない、ともう一度言った。その顔がやけに印象的で。
顔をそむけてスマホを確認した。メールを開いたせいでここにきてしまったことを思い出したからだ。
[銀河鉄道 ひかり行き]
その言葉とともに次の停車駅がかかれていた。
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