こはくのミツバチ

Blue

こはくのミツバチ

しまもようのがけから、男の子がこはくを見つけました。

きれいなあめ色の石の中に、一ぴきのミツバチがねむっています。

「どうにかして、ミツバチと会えないかな」

 ゴホン、ゴホン。せきがおちついたたところで、けんきゅう所をたずねることにしました。

「すみません。このこはくを、ふくげんしてください」

「やあ、アオトくん。これはまた、めずらしいものをもってきたね。ふくげんには、少し時間がかかるから、まっててね」

 けんきゅう員は、お茶でもてなしてくれました。


「さあ、これがミツバチだよ」

 はこばれてきた台の上に、小さなミツバチがいます。

「ここはどこ?」

こはくから目を覚ましたミツバチは、オロオロあたりを見回しました。

「ここは、化石をふくげんするばしょだよ。きみは長い間、こはくの中でねむっていたんだ」

 広いへやを一周したミツバチは、かなしそうに言いました。

「ここには、緑がどこにもないんだね」


アオトは、毎日ミツバチに会いに行きました。ミツバチはだんだん元気をなくして、はこの中でぐったりするようになりました。

「どうしたの。どこか体の具合でも悪いの。何か、できることはない?」

「花が、花のみつが食べたい」

 弱ったミツバチは、言いました。

「わかった。花があればいいんだね」

 大きくうなずいたアオトの横で、けんきゅう員がこまったように言いました。

「この辺りには、花どころか、草も木もないんだよ」


「花なら、お花屋さんにあるはずだ」

 アオトは町でお花屋さんをさがしましたが、どこにもありません。

「すみません。お花屋さんはどこですか。花のみつが、ひつようなんです」

 日かげですずんでいるお兄さんは、笑って言いました。

「こんなところに花なんて売っているわけないだろう。何十年も昔はあったらしいが、今は全部、にせものさ」

「どうして花がないの」

「みんなかれてしまったからさ。花なら甘い香りがするんじゃないかな」

空気が悪いのか、お兄さんはゴホン、ゴホンとせきをしました。アオトもせきをしました。


しばらく歩いていると、お店からあまいにおいがただよってきました。

「すみません。お花をください。花のみつがひつようなんです」

「なに言ってるんだい。ここはパン屋だよ。花なら、もっと広い場所に咲くもんじゃないのかね」

 なるほど、しかし、お店はピカピカなのに、たなは空っぽです。

「でも、なにも売っていませんよ」

「そりゃあ、ここはパンのにおいを売っているからね。ほら、いつも食べるえいようカプセルだけじゃ、あじも、においもないだろう。ところで、どうして花のみつがほしいんだい」

 わけを話すと、パン屋の店員はせきをして顔をしかめました。

「ここには虫なんかにやる物は一つもないったら」

「虫なんかじゃない。ぼくの友達だ」


広い場所に行くと、よごれた川がありました。古いはしのそばで、おじいさんが石にすわってつりをしています。

「おじいさんは、なにをつっているの」

「なんにもつれやしないさ。なんにもないんだから。みんな、人間がとってしまった。とりすぎたんだ」

「ではなぜつりをしているの」

「なんにもないからさ」

「そうなんだ。ぼくも、ほんものの花のみつをさがしているんだけど、どこにもないんだ」

「ほんものの花なら、山の上でみたことがある。何十年も昔の話だがね」

 おじいさんはいちどだけ顔をあげて、それきり話してくれませんでした。


 アオトはけんきゅう所にもどると、山の上にあるという花の話をしました。

「つれていって」

 弱った声のミツバチには、もうとぶ力もありません。

「ぼくが、きみの足になるよ。そうしたら、すぐに花のみつを食べられる」

 ミツバチが入った小さなほこをかかえて、アオトは山をめざします。

「ぜったいに、きみをたすけてみせる」

 まだ朝日がのぼらない、丸い月夜のことでした。


 山にはまだ木がのこっていましたが、花はどこにもありません。細い木ばかりの山道をのぼって、どうにか山の上の、上までたどりつきました。

「なんにもないじゃないか」

「いいえ、東からあまいかおりがする」

 ミツバチに言われて東へ行くと、ひっそりとした花の園がありました。仲間のミツバチたちも、わんわんとんでいます。アオトは、ミツバチをそっと赤い花にのせました。

「おいしい」

 花のみつを食べたミツバチは、元気よく羽をふるわせました。


「ここまでつれて来てくれて、本当にありがとう。おれいに、このはちみつをあげる」

葉っぱのふくろにつめられたはちみつは、とろとろ、キラキラ、金色にかがやいています。

「ありがとう。とってもきれいだね」

「わたしたちは、一生かけて、スプーン一さじを作っているの。だから、大切にね」

「一生かけて、スプーン一さじ。わかった。この言葉、大切にするね」

 ミツバチたちは、ツツジのコップにはちみつを一さじ分入れました。

「いただきます」

一口食べたアオトのせきが止まりました。

「これは、町の人がたすかるかもしれない」


町にもどったアオトは、ミツバチからもらったはちみつを町の人たちに分けました。

「なんてことだ。あれだけいたかったのどが、楽になった」

 木も草も花もなくなった町は、ずっと空気がよくなかったので、町の人は喉をいためていたのです。

「いったい、これはなんだ」

 ふしぎに思う町の人たちに、アオトはうれしそうに言いました。

「はちみつだよ。ミツバチが作ってくれたんだ」

 町の人たちも、うれしそうに言いました。

「そりゃあいい。はちみつがもっとあれば、みんなたすかるじゃないか」



 はちみつは人々の間であっというまに広がりました。

 もっと、はちみつをもっと。

「これだけのはちみつじゃあ、まったく足りない。はちみつはどこだ」

「たくさんあれば、あるだけすばらしい。はちみつはどこだ」

 もっと、はちみつを、もっと。

「ミツバチはどこにいるんだ。さあ、教えなさい」

「きみは、みんながこまってもいいと言うのか」

 アオトは町の人たちに、しずかに首をふりました。


「なんでもかんでも、ずっと出てくるわけじゃない。はちみつが、どれほど苦労して作られているか知りもしないで、自分たちだけほしがるなんて、そんなおかしな話はないよ。」

 一生かけて、スプーン一さじ。ミツバチの言葉を、アオトは忘れませんでした。

「ほしいままにとりつづければ、あとにはなにものこらない」


アオトの言葉に、町の人たちはようやく自分たちをふり返りました。

 形だけのにせものの花も、

においだけの食べ物も、

よごれた水も、

ぜんぶ、自分たちがしてきた結果でした。

「自分たちだけのことを考えてほしがっていたなんて、本当にはずかしい」

「わたしたち以外のために、やらなければ」


 町の人たちは、まず草や木や花をとりもどすことからはじめました。さいしょの芽が出るまで、何年も、何年もかかりました。

 少しずつ緑がふえました。

 また、何十年もかかりました。

 水がすき通るようになると、魚がもどってきました。

 町の人たちの心にはゆとりが生まれ、ふまんやもんくを口にする人が、うんと減りました。

 


 なんども、なんども季節はめぐっていきました。

 春、夏、秋、冬、春、夏、秋、冬……

 町では、こもれびの下にたくさんの花があふれ、日の光をあびてキラキラかがやく水の中を、魚が元気に泳いでいます。

 一ぴきのミツバチが町をとんでいます。これから食事へ行くところです。

 ツツジの花に止まった小さなミツバチは、おいしそうに花のみつを食べはじめました。

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こはくのミツバチ Blue @kuruha

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