第21話 引越し
「さて、部屋割りについてだが」
綾瀬は茶色の瞳で、神谷を見つめながら口を開いた。新居には既に2人分の荷物が積んである。2人ともシンプルな暮らしだったため、荷物は驚くほど少ない。
「生活動線を考えた案がある。東側2部屋と西側1部屋を私、残り1部屋を神谷くんでどうだ?」
「なんで、3部屋もいるんだよ。平等に2部屋ずつでいいだろ?」
どことなく得意げな綾瀬に、神谷は返した。全ての荷物はここにある。どう見ても2人とも1部屋で足りる。何に使うつもりだ。怪訝そうな神谷に、綾瀬は指を左右に振りながら答えた。
「私は君と違って自宅でも仕事をする。仕事部屋と寝る部屋は分けたい。あとはわかるな?」
「わかんねーよ。2部屋で足りてるじゃないか」
当然の神谷の疑問に綾瀬はしばし考えた後、渋々と言った様子で口を開いた。
「……部屋だ」
「なんだって?」
「衣装部屋だ!」
神谷は衝撃を受けた。いつも黒のパンツスーツしか着ない綾瀬からは想像できない言葉だった。
「綾瀬、そんなに服がたくさんあるのか?荷物にはないようだけど」
神谷の言葉を聞いて、綾瀬は深いため息をついた。
「神谷くんも同じだと思うが、上司から転居を告げられたろ?」
「ああ。それがどうした?」
「噂話が広がってな。独身寮から家族寮に転居。なにを連想する?」
「なにって……ああ、そういうことか」
「何故か、私が婚約者と同居をはじめるという話にすり替わってな。誤解を解こうと試みたのだがな……」
綾瀬は相変わらず無表情だったが虚無感に包まれていた。ほのかに柑橘系の香りが漂ってきた。雰囲気から察して、神谷は言葉を継いだ。
「残念ながら努力は実らずと」
綾瀬は、うつろな瞳で神谷を見た。
「解析局の大半が、私がいつも同じ格好をしていると思っていたようで、次々と服のプレゼントが送られてくるのだ」
綾瀬は一旦言葉を切ったあと、もう一度言った。
「あとはわかるな、神谷くん」
神谷は苦笑を押し殺しながら答えた。
「そういう話でしたら了解です、碧お嬢様」
「その呼び名はやめろ。だが、理解には感謝する。ありがとう、余計な手間をかけるな」
神谷は気にするなと手を振って示した。
「俺としては愛車がガレージに入れられるだけで満足だ。気にするな」
神谷の答えに綾瀬は興味を持ったのか聞いてくる。
「ガレージの何が魅力的なんだ?」
「まず雨に濡れない。そしていつでも愛車を眺められる。整備すらここで可能だ。最高の環境だろ?」
「確かに神谷くんのうるさい車は狭苦しいから、傘をささずに乗り降りできるのは便利だな」
神谷の熱意は、綾瀬には理解できないようで、的外れな答えが返って来たが、気にならなかった。ガレージ……夢にまで見た愛車の理想的保管環境。しかも自動車2台分のスペースで実現するなんて!
2人は共用スペースの利用法も話し合い、そうこうしているうちに夕食の頃合いになり、いつもの中華屋に神谷の愛車で向かった。何もない平和な1日だった。
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