美飾家

五月兎夢

美飾家

 時は平安。数百の猿が住み着く年中賑やかな山があった。人はその山を「千猴山せんこうざん」と呼ぶ。そこに一匹、食いしん坊の猿がいた。名を「十腹丸とうふくまる」。

 その猿の少し…いや、だいぶ間抜けな、美食の物語だ。

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 十腹丸は、今日も食糧を巡って、山の麓にある村へ降りてきた。そこには、包丁や斧を持った若い男達が数人並んでいた。

「やい!この猿め、いつもいつもせっかく育てた野菜を畑から盗んでいきやがって!」

「うちの家だって昨晩荒らされたばかりだ!」

 十腹丸は、村へ降りては、いつも畑や家を荒らして食い物を盗んでいた。それに腹を立てた村人は、若人を揃えて、十腹丸を成敗しようと目論んでいた。

「もう我慢ならねぇ!今日こそ成敗してやる!」

 そう叫び、男達は刃物を向け襲いかかって来た。

 普通の猿ならば、軽快な動きで簡単に逃げられるだろう。しかし、十腹丸は日々の食生活により、一般の猿よりも肥えている。特にその時は、ぶくぶくに太っていた。

 十腹丸は必死に走って、走って、走りまくった。気が付けば男達を巻けていた。

 だが、逃げた先は見知らぬ地。そこには見た事のない程に人がいて、栄えていた。

 十腹丸は驚き、一旦その盛り場から少し離れた森に避難した。

 すると、一際静かな森の中に一棟豪華な建物があった。そこからは美味しそうな香りがした。それに釣られ、十腹丸は近寄り、空きっぱなしの明障子あかりしょうじから、中を覗いた。

 そこには、畳の上に置かれた御膳があった。その上には、刺身に煮物、猪や鴨の肉、蔬菜そさいに豆腐と言った、華やかな食材がずらりと並んでいた。そう、大饗料理だいきょうりょうりだ。

 それを見て十腹丸は決意した。「自分も大饗料理あれを食べる」と。しかし、猿である十腹丸もその場の厳かな雰囲気を感じ取り、いつもの様に盗みに入ったりはしなかった。代わりに、自分で再現をしようと考え、早速千猴山へ戻った。

 その日は日が暮れ、暗くなっていたため、翌朝から食料を調達しようと思い、いつもに増して早く寝床につき、ガーガーと音を立てて眠り出した。


 翌朝、またもや、いつにも増して早起きだ。余程気合いが入ってるのだろう。早速、十腹丸は巣を出て豪華で華やかな食料を探しに出た。

 初めに、近くの林の中を探索してみた。すると、一面の地面を覆う、トゲトゲとしたド派手な毬栗いがぐりが大量に転がっていた。「これはいい!」と言わんばかりの表情で、その場を後にした。さすがに棘が刺さって通れないからだ。

 道を変えて、林を歩いていると、木の根元が赤赤としていた。そこには真っ赤なきのこが生えていた。十腹丸は、白い柄を持ち摘み取って、巣へ持ち帰った。

 茸を巣に置き、再び歩き出した。すると、小川に行き着いた。その川を覗くと、ピカピカと輝く巨大ななまずがいた。十腹丸は川へ浸かり、素手で捕まえようとした。しかし、ヌルッとして掴めたものじゃない。そこで、十腹丸は思考を巡らせ、考えついた。当たりを見回し、先の尖った石を拾ってきた。そして、鯰目掛けて一突き!

 十腹丸は鯰を捕まえることができ、引きずって巣へ持ち帰った。

 次は村へ向かって歩き出した。すると、光を反射する程ツヤのある、翡翠の宝玉の如き、真緑の葡萄ぶどうを見つけた。それを、付け根からちぎり、一房巣へ持ち帰った。

 この時点で十腹丸は疲労困憊だ。しかし、昨日見たあの華やかな大饗料理あれを思い出すと、体に力が入り、いつも以上に動き回ることが出来た。

 そして、十腹丸は村へ降りてきた。今日は運良く人が少ない。だが一応、見つかるまいと気配を消し一つの民家の裏へ来た。そこには、全体は漆黒でありながら、所々は純白に染まり、また一部は真っ赤に輝いている火鉢に入った木炭があった。それを、火鉢ごと持ち上げ、ヨイショヨイショと、重たい足を運びつつ山を登っていった。

 その道中、黄金に輝く物を見つけた。それは細長い葉を生やした松の木から滴る松ヤニだ。それも持ち帰ろうと思ったが、両手がふさがっている。そこで、十腹丸は思いついた。「この火鉢に入れてしまおう」と。一旦火鉢を地面に置き、樹皮を剥がした。すると、松ヤニが滴り落ち、見事に火鉢に注がれていく。その様子を見て十腹丸は満足そうに火鉢を持ち上げ、巣へ帰った。

 巣へ戻った頃にはもう日が暮れそうだった。それに、もう十分に食料を集められた。十腹丸は、平らで大きな石を用意し、昨日こっそり見た大饗料理あれの様に、細々と並べた。

 十腹丸の目に映ったのは想像してた通りの華やかで豪華な御膳になった。

 

─「それでは…いっただっきまーーす!!」─

 

 十腹丸はそう心の中で叫び食べ始めた。

 初めに手をつけたのは、緑色の葡萄だ。一粒ちぎり、口へ運ぶ。サクッと響いた途端、口の中は渋味でいっぱいになり、十腹丸は顔をしかめ、ぺっぺっ!と吐き出した。

 思っていた味とは違く驚き、急いで巨大鯰へ手を伸ばした。「あーーむっ」一口かじると、分厚く硬い皮膚は噛みきれず、生臭いヌメリだけが残った。

 口の周りのヌメりを、慌てて手で拭い、次のものに手を伸ばした。黄金の松ヤニだ。しかし、熱を持った炭により、松ヤニはふつふつ熱され、セメントの様にカチコチに固まってしまっていた。食べるまでもない。いや、食べれない……

 最悪な気持ちの中、今まで似たような形をした物を美味しく食べてきたため間違いないだろうと思い、思い切って真っ赤な茸を頬張った。すると、針で刺すような痛みが舌を襲った。立て続けに、激しい目眩がし、腹の中を抉るような痛みに見舞われたのだ。

 そして十腹丸は、その苦しみにもがきながら、自分の巣でスっとを閉じた。

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 翌朝、しっかりと十腹丸は目を覚ました。死んではいなかったようだ……。あの真っ赤な茸は恐らく…いや、確実に毒茸だろう。

 あれからも、数日腹痛などに襲われ続け、もう、何でもかんでも口にする事はなくなり、山の中で細々と暮らしているらしく、村も平和になったとさ。

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美飾家 五月兎夢 @Tom_Satsuki

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