週末だけ殺し屋の俺、死体処理係の相棒にGPSで監視されています。

和狸もめん

プロローグ

「終わった、後処理頼むわ」

「はいよ、場所は?」


 耳に押し当てた電話の向こうで、ざりざりと歩く音が聞こえる。夜の静けさの中に、靴底がアスファルトを擦る音が妙に響く。


「そんなもんわざわざ言わなくても知ってんだろ」

「いやまあ知ってはいるけどね? 念のための確認ね?」


 機械を通して聞こえる足音と、生音が一拍ずつずれて近づいてくる。あの世とこの世が交差するような、不思議な感覚。


「お前が見てるGPSの通りだよ」

「りょーかい。お疲れ」


 その声が二重に聞こえたとき、肩にぐいと手が置かれた。ずしんとした腕の重みを感じる。冷えた夜気の中で、その体温が妙に生々しい。


「早いな」

「だってそこで待機してたから。ぜーんぶ見てたよ」

「見てたんならちょっとくらい手伝えよ」

「やーだね、俺は殺しには加担しない主義なの。分業制は仕事の基本だよ?」

「ああそうですか。じゃ、あとよろしく」

「えー、今日くらいこっち手伝ってくれても良くない? こんなに派手にぶちかましちゃってさ」


 新藤は目の前の惨状を見て辟易とした声を出した。まあ、たしかに、派手にぶちかましたことは否定しない。あちこちに血液が飛び散っていて、つんとした鉄の臭いが鼻につく。ここは、廃墟になった工場の片隅。忘れられたように普段は誰からも見向きもされないここに、今日は血と脂の臭いが充満している。


「……。俺はやってくれる奴がいるなら死体遺棄には加担しない主義なの」

「うーわ結局手伝いなしかよ。1.5倍額で請求しとくからな」

「なんでだよ、通常だ」


 機嫌によって料金を左右されるだなんて、たまったもんじゃない。


「深夜料金」

「毎回深夜だろうが」

「じゃあ、昨今の物価高に伴う価格改定?」

「もういい勝手にしろ。人殺すと疲れんだよ。先帰る」

「おっしゃ、俺の粘り勝ち。終わったら行くけど何で帰んの? バスもうなくね?」


 たしかにこんな時間に公共交通機関は走っていない。終電も終バスもとっくに終わっている。新藤は話ながらゆらゆらと身体を動かして、影の動きを楽しんでいる。子供みたいだな、という突っ込みは心の中にしまっておく。余計な話題を出すと話がすぐに脱線する。


「タクシー捕まえる」

「じゃあいつも通り車乗ってけば?」

「時間かかるだろ。待ってるの嫌だ。一刻も早く帰りたい」

「わかったよ。でも起きて待ってろよ」

「なんでだよ。亭主関白な夫か、お前は」

「違うし。俺たちまだ結婚してないじゃん」

「まだってなんだ。予定すらないだろうが」

「鳴海って俺のフィアンセじゃなかったの?」

「なわけあるか。思考回路どうなってんだ。もう話すだけで体力持ってかれるから帰る」

「はいはい、気ぃつけてねー」


 新藤は洗剤のついたブラシをぶんぶん振り回しながら手を振っていた。あちこちに泡を飛び散らせているが、どのみちすべて綺麗にするのだろう。技術に不安はないので、鳴海はすべての処理を任せて廃工場を後にした。



 3時間ほど経って、店に新藤がやってきた。いや、やってきたというよりは、やっと帰ってきたというべきか。店内は薄暗く、カウンターの照明だけがぼんやりと空間を照らしている。


「お前にしては遅かったな」

「だって全然血落ちないんだもん。次からもっと控えめでやってくんない?」


 あっけらかんと言い放った新藤は、大げさな仕草で肩をすくめた。心底疲れました、とその表情が訴えている。アピールの上手い奴。ある意味、自分のやり方にクレームが入ったわけだが、受け止めたところでそれを受け入れるかは自分次第。だから、こう答える。


「断る」

「ちぇ」


 新藤は下手な舌打ちをした。


「俺もう身体中から死体の臭いして取れないんだけど。なんかこう、血生臭くない? 俺」


 差し出された手や首筋においを至近距離で嗅いでみたが、鳴海には新藤の言う血生臭さはよくわからなかった。ただ普通に、生きている人間の少し汗ばんだにおいがするだけだ。そういえば、新藤は嗅覚が鋭かったか。


「いや、俺にはわかんないけど」

「ならいいけどさ。身体に臭いがまとわりついてるみたいでちょー不快」

「じゃあ早くシャワー浴びてこいよ」

「これ飲み終わったらね」


 新藤はあとグラスに半分ほど残っているジンを掲げた。


「だいたい、時間がかかったのはお前の掃除の腕が落ちただけじゃないのか。人間の血の成分なんて変わらないんだから」

「違いますー。最近の洗剤は性能悪いんだよ」

「洗剤のせいにするなよ」

「だって。ってかもうストック切れるんだった。明日ホームセンターに買いに行こ。鳴海着いてきてよ」

「なんでだよ。一人で行け」

「一人じゃつまんないんだもん。鳴海いれば話し相手になるし、荷物も持ってくれるし? 帰りにクレープおごるけど?」


 暇つぶしと荷物持ちに使うなよ、とは思ったものの、ふむ、なるほど、クレープ。

 ホームセンターの駐車場に、週末になるとクレープ屋が店を出している。鳴海は甘いものが好物であった。どうせ予定のない休日。車の運転は新藤がするのだろうし、会話の相手とちょっと買い物につきあえば、クレープが手に入る。

 新藤の相手という労働単価と天秤にかける。損得勘定は昔から得意なほうだったので、瞬時に脳内でそろばんを弾いてみたが悪くない。むしろ割と好条件に思えてきた。しかも、少し押せばもう一声いけそう。


「オプションは?」

「は? あー、じゃあ、季節のスペシャリティクレープにホイップ増量つけてあげる。それでどう?」

「よし、乗った」

「おっしゃ。じゃあ明日12時な。ピンポン押すから起きてろよ」

「はいはい」


 頼んでいたカクテルが目の前に置かれる。グラスの中で氷が音を立て、アルコールの香りがふわりと立ち上る。

 楽しそうに体を揺らす新藤と簡単にグラスを合わせて、今日一日の成果を伝え合った。空気はどこか緩慢で、先ほどの緊張感が緩く解けていった。


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