俺と彼女の、デッドロック《痴話喧嘩》は終わらない

カサカナ

第1話 魔力と暴力

 俺は魔術師。だが、魔術は使えない。

 彼女も、魔術師。同じく魔術は使えない。


 封印魔術が相打ちとなり、互いに魔力を封じた。


 封印は術者にしか解けないが、俺たちは魔術が使えない為、解除魔術は使えない。


 さらに術者が死ねば、封印は永久に続く。

 だから、互いに殺せない。


 そう、俺たちは今、最悪の"相互封印デッドロック"に陥っている。


 魔術を取り戻す目的が一致した俺たちは協力を約束するのだが——……


◇◇◇


【シェアハウス】


 彼女と協力を約束してから一週間。

 古文書の散乱するリビングにて——


「ねぇ、イグニス。私、アイスが食べたいの。買って来てくれない?」


 子猫が鳴くような甘ったるい声に、俺の額の血管がピクリと引き攣る。


 彼女は、仇敵であり、今は運命共同体の「クリスタ・ステイシス」。世間から『青薔薇あおばら』の二つ名で呼ばれている天才魔術師。


 透き通るような白い肌に、煌めく白金の髪、氷のように冷たい青緑の瞳。そして、性格もお淑やかで繊細な少女そのもの。


 ——だったはずだが、この生活を始め、僅か数時間で被っていた猫を脱ぎ捨て、本性を露わにした。


「氷はお前の分野だろ。お得意の魔術でどうぞ」


 俺は「イグニス・リベラル」。世間から『炎鬼えんき』と呼ばれる異才の魔術師。今は封印魔術の解除と制御不能な天才の監視下で、睡眠時間がロクに取れていない。


「なにをイライラしてるの? メンタルコントロールなんて、魔術師として基礎の基礎よ」


 クリスタは二人掛けのソファーへ優雅に体を預け、 手元の雑誌に目を落としていた。

 俺は手にした古文書を閉じ、額に指を当てながら問い掛ける。


「クリスタ。俺たちが一緒に暮らす理由は何だ?」

「お互いの監視と、解除の協力でしょ」


 クリスタは雑誌から目を離すと、その青緑の瞳で俺を見つめる。


「俺は今、解除の為に古文書を解読してんだが?」

「だから? 解除を急ぎたいのなら、 私が気分良く調べてあげる方がずっと効率的でしょ?」

「それは何か成果を出してから言え」


 俺は完全にナメられている。

 なぜなら彼女は俺に対して、絶対的に優位な点がある。それは圧倒的な身体能力の差だ。


 彼女は立ち上がり、しなやかな白金の髪をかき上げながら俺の元へ来た。テーブルに肘を突き、目を合わせるとこう告げる。


「……私、暴力って得意なの」

「あぁ、見た目通りだな」


 ピシッ!


 鼻骨に予想外の衝撃が走り思わず、「った!」と声が漏れてしまう。多分、彼女はノーモーションで俺の鼻先を指で弾いたのだ。


「ね? いつ、殺されてもおかしくないでしょ?」


 クリスタは無垢な笑顔を浮かべ、俺の反応を楽しんでいるようだ。


 メンタルコントロールについて言及したかったが、間違いなく次の一撃が飛んでくると判断し、俺は「あぁ」と一言だけ告げ、頷くしかなかった。


 痛む鼻先をクリスタは指で揶揄うように摩る。

 その指を払い退けようとしたが、僅かに伝わる冷たい感触に俺は一瞬反応が遅れた。


 彼女の指を払い退け、この暴力装置を上手く利用する方法はないものかと頭を回す。


 このまま、ここにいられても古文書の解読の邪魔にしかならない。ならば、そのあり余る腕力でクエストでもこなして貰おう。金はいくらあっても困らない。


 ただその前に、魔術なしで彼女がどの程度の実力か知る必要がある。


「その暴力なら、ミノタウルスぐらい倒せるか?」

「無理ね。だって、私の暴力は対人戦用だもの」

「随分と都合のいい暴力だな」


(こんなあからさまの嘘を、信じる奴がいるかよ)

 

 その言葉にクリスタは俺から視線を逸らし、どこか遠くを見る。物思いに耽るようにこう告げた——


「……師匠から言われてるの。『その力、決して、に使うでないぞ!』って」

「いや、逆だろ! 俺もその狂った倫理観を学びたいわ!」


 彼女はゆっくりと首を横に振り、俺の言葉を否定する。


「……四年前に亡くなったわ。享年百八歳」

「絶対にボケてるだろ! そのジジイ!!」

「いえ、ババアよ」


 クリスタが、こんな嘯いた冗談を言っていられるのは、自分の身を守る術と、最悪は自分一人でも封印を解けるという自信からだろう。


 協力というのは建前で、俺が封印の単独解除を行わないか、それにこの状況を流布しないか監視したいだけだ。


 そうでなければ、年頃の女性が、出会って僅か数日の男と同棲なんてするはずがない。


 彼女とは財宝を巡って争った際、俺の火炎を全て相殺し、わざと一手多い氷で撃ち返すというその徹底した性格の悪さを理解していた。


(……最後の最後は、相打ちの痛み分けだがな)


 彼女は何か思いついた様子で、屈めていた体躯をスッと起こす。


「——けど、確かに魔術が使えない状態で、どこまで戦えるかを知る必要はあるわね」


 そして、無言でリビングのドアへと向かう。嫌な予感がし、彼女を制止しようと後を追って腕を掴んだ。


「おい!? なに考えてるんだ?」

「……放しなさい。街の外で魔物と戦ってみるのよ」


 クリスタは俺の手を軽々と振り解き、リビングを出て行ってしまった。

 彼女の部屋の前で何度も思いつきでの行動が如何に危険か告げるが、聞く耳は一切持たなかった。


 そして、クリスタは外へと出ていき、俺はその後を追った。

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