【不定期】神官の私、スキルがデビルソウルで勇者に惚れられ情緒が死ぬ旅が始まった件 (ついでに裏人格まで目覚めました)

すけろくこぞう

神職なんですが⁉︎

 神のお告げを聞き、皆に伝え導く仕事。

 それが私の神官としての役目。


 けれどどうしてですか、神よ。


 ――適正スキルがデビルソウルってなんでですか。


 *


「クレイル様!」


 そう呼ばれて銀髪の男、クレイルは振り返る。

 目の前には神官見習いのペペロがいた。


「新しいスキルのお告げを頂いたって本当ですか⁉︎」


 ペペロが身を乗り出して聞いてくる。

 クレイルはアメジストの瞳を見開くと、深く息を吸って答えた。


「ええ、確かに……そうですね。」


 その言葉にペペロは瞳を輝かせる。

 スキルというのは習得が難しく、新しくお告げが入ったそれだけで国の名誉が得られるくらいの物だからだ。


 それを期待の若手神官、クレイルが習得したとなれば心踊るのは無理もない話だった。


「クレイル様、どんなスキルだったんですか?」


 栗毛の彼は無邪気な笑みで聞いてくる。

 私、クレイル・フォン・ゴーウェンは深く、深くため息を吐いた。


 聞かないで欲しかった。

 きっとペペロは神官が習得しやすい聖なる加護の力を期待している。

 けれど私が神から頂いたお告げは――デビルソウル。


 悪魔の魂。


 なんだそれは。

 生まれて24年、初めて神を疑ってしまった。

 神様とか実はいないんじゃないかと思ってしまった。


 神よ……私の前世で何かあったんですか?

 何か私、咎でも背負ってるんですか?


 デビル、ソウル。

 効果は私も知らない。

 ただ、このスキルを使ってどうやって民を導けば良いのですか?神よ。


「クレイル様?」


 答えない私を不審に思ったのかペペロが怪訝な顔をして尋ねてくる。


「あ、いや。違うんだ。少し考え事をしてまして。」


 何も違わなくない。

 デビルソウルです、なんて言いたくない。


 けれど、どうせ後から国の王に申告しなければいけないことを考えると胃が痛かった。


「そうでしたか、クレイル様のようなお方であれば、きっと勇者様の隣に立てるような聖なる盾や聖なる裁きの加護を頂いているんですよね。」


 その笑みが凄く腹立たしい。

 いや、凄くつらい。

 私は息を一段深く吸い込むと告げることにした。


「デビルソウル。」


「は?」


「デビルソウルです。」


 ペペロの顔が困惑に染まる。

 そうだ、だってデビルですもん。

 デビルのソウルですもの。


 つい先程のお告げのとき、きっと私も同じ顔をしてたんだろうなと想像する。


 神官と相性最悪なスキルだ。

 私は勿論、猫とかを殺すような危険人物ではない。

 むしろ虫さえ殺せないような小心者だ。


 今日の朝も蜘蛛を一匹外に逃したばかりだ。


「まさか巷の連続殺人犯って。」

「違います。わかってて言ってますよね。」


 どちらかというと魔王側にいそうなスキル。

 これをどうすればいいのか、私は完全に持て余していた。


 *


 ザワザワと教会が騒ぐ。

 それは教会の若手神官、クレイルの件だった。


 彼にスキルのお告げがあったことは皆知る周知の事実であったが、その内容がどうにも不味かった。


 デビルソウル。

 悪魔の魂。


 オーラス教会千年の歴史に傷が入るような、酷いスキルである。

 神がとても賜るようなスキルだと到底思えなかった。


「クレイル神官は魔神に仕えていたのでは?」


 自然とそんな噂が立った。

 王の御前にこのまま出して良いものか。

 もしかすると魔王の息が掛かったものかもしれぬと誰かが言う。


「静まれい!」


 そんな中、最年長の神官クロウドが皆を静めた。

 彼の発言を聞こうと誰もが耳を傾ける。


「本当に魔の手先であれば自ら申告するはずがない。何か神の思し召しがあるのであろう。我らは静観するまでじゃ。」


 クロウドは真っ白な髭を撫でながらそう言う。

 その言葉に皆、落ち着きを取り戻した。


 とにかく今は国王の判断を仰ぐしかない。


 それが教会の答えだった。


 *


 幽閉されました。


 それは王に謁見して三秒も立たない頃、王の判断により私は今、王家の地下牢獄にいます。

 先刻の謁見を思い出す。


 豪華な赤い絨毯の上、跪いた私。

 長い髪が項垂れて、顔を覆い隠す。


 王は“スキル名を申告せよ”と重々しく呟いた。

 なので私は正直に。


「デビルソウルです。」


「は?」


「だから、デビルソウル……です。」


 王の驚愕と困惑が入り混じった顔は傑作だった。

 あんな顔、神から前回のスキルのお告げを頂いたときでも見たことがない。


 側近が杖を落とし、剣士が剣の柄に手をかけるのを見た。


 そして、今に至る。


「なんで正直に言ってしまうんでしょうか。この口は。」


 己の素直さにどうしようもなく呆れたが、嘘をつくよりはずっといい。

 きっと私は神の知らないところで、神の機嫌を損ねるような真似をしていたのだろう。


 そう思えば諦めもついた。


 そして先程出された、薄いスープと硬いパンを味わう。

 これが最後の晩餐の味か。

 きっとこのまま牢の中で死んでいくのだろう。私は。


 それもまた人生なのかもしれない。


 夜空で瞬く星のように一粒の涙が輝いた。


 *


「クレイルがまさか、あんな名前のスキルを発現するなんてな。」


 王がポツリと溢す。

 その顔には、失望のような驚愕のような複雑な表情が見て取れた。


 側近は杖を持ち直し、襟を整える。

 期待の神官、クレイル・フォン・ゴーウェン。

 彼はゴーウェン家の三男で、幼い頃から神官見習いとして教会に預けられていた貴族の息子だった。


 若くして治癒の力を発現し、次にお告げがあれば勇者の一行入りも確定していた重要人物。


 それが居なくなって側近のイールはニヤリとほくそ笑んだ。


「どうしたイール?」


 王が側近の様子に気づく。

 くつくつと笑うイール、やがて周囲の雰囲気が重くなっていることに王は気づく。


「ふ、ふはは、ははははは!勇者は今、遠征で居ない!クレイルは意味不明なスキルで牢の中!チャンスは巡って来たものよ!」


 イールの体が不自然に盛り上がり、その背中から翼が生える。そして皮が捲れるように剥げ、姿を現したのは濃紺の魔族であった。


「な!なんだと⁉︎」


 王が驚愕を浮かべ椅子から転げ落ちる。兵士たちが剣を抜いた。


「魔族四天王が一人、皮剥のイービル!お前の命を頂戴する!」


 それが戦闘の始まりだった。


 *


 そして牢の中、クレイルは薄い寝台に横になってこれからの事、これまでの人生を振り返っていた。


 何がいけなかったんでしょう。


 私は、品行方正だったはずですよね。

 昨日の夕食でピーマンを残しかけたのがいけなかったんでしょうか?


 そんなことを考えていたら、なんだか上が騒がしいことに気づく。


 ピリリと肌がひりついた。

 これは……魔の予兆?


 なぜ?この王都で?


「誰か、誰かいませんか?」


 声を掛けてみたが兵士の一人も降りてこない。

 これはおかしい。

 何かがあったに違いない。


 そう思った次の瞬間だった。


 うぞ、と私の影が蠢く。


「いやいやいやいや、動かないでくださいよ。私の影。」


 唐突な出来事につい突っ込んでしまったが、どう考えてもおかしい。

 じりじりと肌にかかる圧が厚くなる中、心臓がギュウと締め付けられる。

 立ってられない。


 ドクン。


 体が疼いた。

 視界が黒く染まっていく、嫌だ、怖い。

 ままならない四肢を動かそうと必死になるが言うことを効かない。


 そのまま、体が別人のように動いていく。

 私は牢の格子に手をかけて、ぐにゃりと鉄を捻じ曲げた。


 *


「弱い!人間とは脆弱よの!」


 魔族が謁見の場で兵士たちを薙ぎ倒す。

 王の護衛は全て致命傷を負い動けなくなっていた。


「まさかイールが魔族になり変わっていたなんて!」


 全く気が付かなかった。

 王は自分の目を恥じた。


 そして見抜けなかったせいで、目の前で数多の兵が死んでいく。


 イールが嘲笑うかのように赤い舌を垂らす。


 そのときだった。

 王座の間の床が下から震えた。


 ――ドゴォオオン


「む?」


 床がひび割れて黒い何かが染み出す。

 黒い液体のようなそれは紋様を描くと、陣となって床を破壊した。


「はははは‼︎」


 不敵な笑い声が響く、割れた床の下から出てきたのは。幽閉されていた神官、クレイル・フォン・ゴーウェンだった。


 ただし、その雰囲気はいつもと違う。

 温和な笑みに優しい瞳は形を潜め。

 今はもっと刺々しく鋭い瞳をしている。


 人が変わったようであった。


「脆い!脆い!王城てのは脆いなぁ!」


 普段とは似つかわしくない壮絶な笑みを浮かべ、クレイルは叫ぶ。その心臓はドクドクと脈打ち、興奮を抑えられなかった。

 

 私は、私は一体どうなってる?


 いや、今はそんなことどうでも良い。

 目の前の敵を殺さなくては・・・・・・


「はっ、魔族!この俺、クレイル・フォン・ゴーウェンの前に出てくるとは良い度胸だな!」


「え?」


 あまりの人の変わりようにイービルも引いていた。

 本気で戸惑う。

 あの神官はもっとこう、泣いて祈るとか、戸惑って固まるとかそういうタイプだ。


 目の前の男は――。


 狂気じみた笑みで口角を吊り上げていた。


「貴様の皮、全部剥いでやるよォ‼︎」

「ちょっと待て、ちょっと待て!お前本当にクレイルか⁉︎」


 魔族の静止の声も聞かない、いや聞くはずもない。

 魔族如きが私の足を止められるものか。


 (そうだ、殺すんだ!コイツを!王敵を!)


 クレイルの魂は黒く燃え上がっていた。


「うらぁあああああ!」


 影を乗せた蹴りがイービルを貫く。

 その蹴りは凄まじく、壁までイービルは吹き飛ばされた。


「う、ぐはっ!」


 黒い血を吐くイービル。その血をクレイルは掬うと一舐めする。


「汚ねぇ、不味い血だ。これは早く浄化・・してやらねぇとな。」


 クレイルは喉の奥で笑う。

 イービルは逃げ場を失い、左右に首を振っていた。


「へへ、大丈夫だぜ?ちょっくら痛ぇだけだからよ‼︎」


 膝がイービルの鳩尾に入る。

 白目を彼が剥いたところで勝敗は決まった。


 イービルが膝から崩れ落ちた。


 その頭にクレイルは足を乗せる。

 そしてこの場の王が誰か決したように足を振り上げ下ろそうとした瞬間。


 (やめてぇえええ!私そんな酷いことしないです‼︎)


 クレイルの“本心”の悲鳴が脳内に響いた。

 次の瞬間だった。


 ――ドクン。


「……っ、あ……?」


 クレイルの体がふらりと揺れる。

 膝が勝手に折れ、影が霧散していく。

 気がつけばクレイルの体はクレイル・・・・の元に返っていた。


 (あれ……体が戻って……。)


 そこでクレイルは意識を手放す。

 玉座の間に崩れ落ちた。



「クレイル……神官?」


 兵士の一人がクレイルを小突き確かめる。

 彼はすぅすぅと寝息を立てていた。


「今のは一体、魔族を一撃で。」


「いや、蹴りと膝の二撃だ。だが、四天王をそれだけで。」


 王城がざわめき始める。

 そんな中、王が言った。


「救世主やもしれぬ。」


 兵士たちは顔を見合わせる。


「いや、どちらかといえば魔王。」

「救世主なのかもしれぬ!」


 王が再び強く言う。

 その瞳には希望の光が満ちていた。

 王はクレイルの肩に手を乗せた。


「きっと神がこの暗黒の時代に我らを救うために遣わしたのだ。どんなにその力が禍々しくとも。」


 兵士たちは顔を見合わせる。


「頼む、目が覚めたらどうか優しいままでいてくれ。」


 *


 クレイルが目を覚ましたのは3日後のことだった。

 ペペロが泣いて抱きついてきたのを覚えている。


 (私は、たしか……。)


 王城に幽閉されてからの事を、思い出す。

 途端顔が赤くなった。


 いやいやいやいや、ないないないない!

 私はあんな事言ったり、やったりしない!


 殺すだなんて、皮を剥ぐだなんてそんな物騒な!


「クレイル様、よくぞご無事で。」


 でも今は泣いてるペペロを泣き止ませる方が先だった。

 ぐずる幼子をあやすようにペペロに笑みを向ける。


 その姿はまるで聖母のようでもあった。


「目を覚ましたか。」


 部屋に王が入ってくる。

 クレイルはまさかの人物に慌てて寝台から降りようとした。


「よい、そのままで。」


「へ⁉︎でも。」


「クレイル・フォン・ゴーウェンよ。此度は見事であった。よってお主に命じる!魔王を倒すため、勇者アレクと共に魔王退治の旅に出立せよ!」


 それは突然の命令。

 クレイルにとっては死刑宣告でもあった。


 (え、なんで王城に穴をあけたからですか。)


「期待しているぞクレイル。そなたのデビルソウルはきっと世界を救う鍵となるのだ。」


 王はそっとクレイルの手を取る。


 (無理無理無理です!)


 なんて到底言えるはずもなかった。


「さあ、神官クレイルよ。旅立つのだ!」


 こうしてクレイル・フォン・ゴーウェン。

 後の悪魔神官クレイルは歴史に名を残す一歩を踏み出すのであった。

 

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