箱 ─微笑の中で。

らぱんぴよ

第1話 違和感

 明日からは待ちに待った連休の、はずだった。

けれど、長延部(ながのべ)洋子の胸の中は、晴れる気配もなく、ずっと曇り空のまま。


 高校二年。どこにでもいる、特別でも地味でもない、ごく普通の女子。

本当なら、友達と映画を観て、買い物をして、カフェでだらだらおしゃべり、そんな休日になるはずだった。

 ……はずなのに。


 「親戚の結婚式」という一言で、予定はすべて消えてしまう。


 朝から家の中は落ち着かない。

スーツケースの転がる音、母の呼びかけ、父の細いため息。

洋子は整えた髪を指で払いつつ、渋々玄関を出た。


 電車の窓には、自分の顔。どこか疲れたように見える。

外の曇り空は、気分をそのまま映しているかのように低く垂れ込めていた。


 「……はあ。」


 吐いた息が、ガラスにうっすら白く残る。

車内アナウンスの単調な声、乗客のざわめきは遠くで揺れているだけで、何もかもがぼんやりしていた。


 親戚の家に着くと、迎えてくれるのは見慣れた笑顔と形式ばった挨拶。


 「久しぶりね」「大きくなったわね」

 どれも聞き覚えのある言葉ばかり。

時間が経つほどに、大人たちは酒を開け、部屋は笑い声で満ちていく。


 その外側で、洋子はただ笑顔を作る。

口元だけ動かし、心は遠く離れていた。


 早く帰りたい。


 そう思った瞬間、テーブルの上のスマホが小さく震える。

画面に浮かんだのは懐かしい名前。

 「山口由香里」中学のころから続く友人。


 今も同じ高校だが、クラスが違ってからは会う機会が減っていた。

だからこそ、名前を見るだけで少し心が軽くなる。


 『可愛いでしょ ずっといっしょにいたいw』


 短いメッセージと一枚の写真。


 洋子は思わず首をかしげる。

写っているのは壁と勉強机。

見慣れた由香里の部屋の一角。

けれど、特別なものは何ひとつない。


 机にはノートとペン立て。

壁には小さなポスター。

いつもの部屋。


 「……何が可愛いの?」


 小さくつぶやく。

冗談にしては引っかかりが残る。

まるで何かを伝えようとして、あえてぼかしているような感触。

画面を閉じても、胸の奥にはざらついた違和感だけが残った。

電車の窓に映る曇り空みたいに、重くて静かで、どこか冷たい。


 洋子には、何が「可愛い」のか分からない。

けれど、その違和感だけが、心のどこかでゆっくりと広がっていくのを感じていた。

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