異世界傭兵物語 シュルケン
疾風の刃
第一話 鮮血の森
巨大なブレードが振り下ろされ、魔物の首を断ち切った。
強靭な首から噴き出した鮮血は森の地面を真紅に染め、飛沫は木々の葉を滴らせる。
断末魔の咆哮が空気を裂き、遠くまで響き渡った。
森そのものが震え、まるで大地が少年の戦いを見届けているかのようだった。
血煙の中に立つ黒き竜骸(ドラグメッド)。
無骨で禍々しい巨体を操るのは、まだ十六歳の少年――ヴァシュ。
灰色の短髪、青い瞳。
その目は冷たく、怒りも誇りもなく、ただ「生き延びるため」だけに光っていた。
彼は刃を払うと無言のまま剣を背に戻す。
魔物の群れは統率を失い、森の奥へ散り去った。
残ったのは血に濡れた地面と、重苦しい静寂だけ。
◇
依頼主である村長と数人の村人が、恐る恐る姿を現した。
後ろには農耕用に改造された竜骸が数騎。
鍬や槍を手に、こちらを明らかに牽制している。
「……たった四匹か」
村長は顔をしかめ、唾を吐いた。
「腕の立つ奴なら十は狩れただろうに。まったく、シュルケンは役立たずだ」
ヴァシュは黙ったまま黒き竜骸を跪かせ、コックピットから降りる。
その姿を見た村人たちは、わずかに後ずさった。
防弾ベストと迷彩の戦闘服――この世界の服装とはまるで異なる。
血と泥にまみれたその姿は、まさに“人ならざる者”の象徴だった。
差し出されたのは、僅かな金と食料と水の樽。
それが命を賭した労働の報酬だった。
ヴァシュは中身を確かめ、短く言う。
「……確かに」
村人の目は冷たく、感謝の言葉は一つもなかった。
この世界でシュルケンは“最も下”の存在。
人として扱われることさえ許されない。
◇
その時、ヴァシュの視線は人混みの中の妊婦に止まった。
ほんの一瞬、祝いの言葉をかけようとしたが――
「お前らシュルケンは、妊婦にすら欲情するのか!? 鬼畜のゴミ野郎めが!!」
村長が棍棒を抜き、怒声を浴びせる。
「さっさと失せろ!この村にシュルケンの居場所はない!」
「魔物より厄介な疫病神め!」
「二度と顔を見せるな!」
罵声が次々と飛ぶ。
ヴァシュは何も言わず、ただ静かに背を向けた。
沈黙こそが、彼の答えだった。
◇
黒き竜骸ゲイルのもとへ戻ると、その巨体が微かに頭を垂れたように見えた。
まるで、少年の孤独を理解しているかのように。
だがヴァシュは気づかず、無言で騎体に乗り込む。
雷鳴が轟き、空を裂く閃光が森を白く染めた。
湿った風が吹き荒れ、枝葉がざわめく。
嵐の前触れ――そして、運命の出会いの前兆でもあった。
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