異世界傭兵物語 シュルケン

疾風の刃

第一話 鮮血の森


巨大なブレードが振り下ろされ、魔物の首を断ち切った。

強靭な首から噴き出した鮮血は森の地面を真紅に染め、飛沫は木々の葉を滴らせる。

断末魔の咆哮が空気を裂き、遠くまで響き渡った。

森そのものが震え、まるで大地が少年の戦いを見届けているかのようだった。

血煙の中に立つ黒き竜骸(ドラグメッド)。

無骨で禍々しい巨体を操るのは、まだ十六歳の少年――ヴァシュ。

灰色の短髪、青い瞳。

その目は冷たく、怒りも誇りもなく、ただ「生き延びるため」だけに光っていた。

彼は刃を払うと無言のまま剣を背に戻す。

魔物の群れは統率を失い、森の奥へ散り去った。

残ったのは血に濡れた地面と、重苦しい静寂だけ。

依頼主である村長と数人の村人が、恐る恐る姿を現した。

後ろには農耕用に改造された竜骸が数騎。

鍬や槍を手に、こちらを明らかに牽制している。

「……たった四匹か」

村長は顔をしかめ、唾を吐いた。

「腕の立つ奴なら十は狩れただろうに。まったく、シュルケンは役立たずだ」

ヴァシュは黙ったまま黒き竜骸を跪かせ、コックピットから降りる。

その姿を見た村人たちは、わずかに後ずさった。

防弾ベストと迷彩の戦闘服――この世界の服装とはまるで異なる。

血と泥にまみれたその姿は、まさに“人ならざる者”の象徴だった。

差し出されたのは、僅かな金と食料と水の樽。

それが命を賭した労働の報酬だった。

ヴァシュは中身を確かめ、短く言う。

「……確かに」

村人の目は冷たく、感謝の言葉は一つもなかった。

この世界でシュルケンは“最も下”の存在。

人として扱われることさえ許されない。

その時、ヴァシュの視線は人混みの中の妊婦に止まった。

ほんの一瞬、祝いの言葉をかけようとしたが――


「お前らシュルケンは、妊婦にすら欲情するのか!? 鬼畜のゴミ野郎めが!!」


村長が棍棒を抜き、怒声を浴びせる。

「さっさと失せろ!この村にシュルケンの居場所はない!」

「魔物より厄介な疫病神め!」

「二度と顔を見せるな!」

罵声が次々と飛ぶ。

ヴァシュは何も言わず、ただ静かに背を向けた。

沈黙こそが、彼の答えだった。

黒き竜骸ゲイルのもとへ戻ると、その巨体が微かに頭を垂れたように見えた。

まるで、少年の孤独を理解しているかのように。

だがヴァシュは気づかず、無言で騎体に乗り込む。

雷鳴が轟き、空を裂く閃光が森を白く染めた。

湿った風が吹き荒れ、枝葉がざわめく。

嵐の前触れ――そして、運命の出会いの前兆でもあった。


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