二十五話 双子の棲家
「ふう。いい買い物したあ! カナちゃんにも試験終わったら教えてあげないとね」
「カナタちゃん、ご愁傷様……」
プレゼントをし終えたので、次は必要な買い物だ。普段は基本、そこまで見たり買ったりしないレイだが、クリアマーレでは何が起こるか分からないので念には念を入れたい。
「え〜と、傷を癒す魔法薬は必須で、色変えとかも欲しいかな。それと、姿を見えなくする魔法雑貨もいいし……あ! 『らくがきクレヨン』だ! これ、罠とか囮も仕掛けれるから便利なんだよね!」
ポイポイと魔法の鞄に買ったものを入れていく。魔法薬や魔法雑貨はいくつあっても困らないので、買えるだけ買っておく方がいい。
「あっちの店も面白そう。実用的なのあるかな」
「自分で作れんのに、そんな買うか? もったいなくね?」
「分かってないなあ、キーさん! こうやって買った方が新しいものが見つかるし、変わった発想も取り入れられるんだよ? 何より、ものすごく楽!」
「つまり、面倒くせえんだな」
「最後だけ聞き取らないでよ!?」
商品を手にとったりしながら物色して、少し疲れてきた頃。
遠くから客を呼び込む宣伝が聞こえてきた。
ちょうどその方角は進行方向の先で、レストランやスイーツ店などが多く立ち並ぶところである。
「何だろ? 甘い匂いがするような……もしかして!」
美味しそうな匂いに釣られるまま声に近付いていくと、甘い色の髪とワンピースの
「ハロー! ハロー! ハローホイップのお菓子はいかが? クッキー、ケーキ、チョコレート! 何でもおいしくそろえてます!」
愛され者の仕草と笑顔で、周囲の人をお店に引きこむ姿は接客の手本そのもの。みるみるうちにカゴに入ったお菓子が消えていく。
すると、パフェのようなお菓子屋に釘付けになったレイが、嬉しそうに声を上げた。
「やっぱり、『ハロー・ホイップ』だ! あそこのお菓子は絶品なんだよね! アリスのお菓子の次に好きなんだ!」
「『ハロー・ホイップ』……?」
「菓子屋か?」
甘いものに目がないレイは、皆が知らないようなスイーツ店も網羅している。
そして、この『ハロー・ホイップ』はその中でも特にレイが気に入っている場所だ。
店長には常連客として顔を覚えられており、その店長というのが今まさに宣伝中の
「おーい! ホイップ、久しぶり!」
「あれ? わあ! レイくん、久しぶりじゃん! 元気だった?」
「元気だよ。そっちも上手くやってる?」
「もっちろん! 売り上げもいいし順調だよ〜」
一つに縛った桃色の髪を揺らして明るく挨拶をする店長、ホイップ・ハロ・ハローズ。こちらまで元気をもらうような笑顔のまぶしい
名前の通りホイップクリームにこだわりを持ち、ケーキはもちろん、クッキーなどの普通は使わないお菓子にも必ずホイップクリームを使っている。
レイはこの店の常連でありホイップの友人でもあるため、店を見かけるといつも立ち寄るのだ。
「それでレイくん、そっちの二人は?お友達?」
レイの後ろにいるキーとミリアに気づいたホイップはこてりと首を傾げた。
「そうだよ。ぼくの旅仲間のキーとミリアちゃん」
レイが紹介すると、ホイップは二人の前まで来て挨拶をバッチリ決めた。
「キーくんとミリアちゃん、ボクは『ハロー・ホイップ』の店長のホイップだよ! よろしくね! はい、ご試食どうぞ」
「は、はい、よろしくお願いします」
「……ああ。……」
ウィンク付きでの完璧な挨拶はきらきらとしていて、ミリアにはホイップが別世界の人間のように見えた。コミュニケーション力が違うというか、オーラが違うというか、とにかく背景が輝いて見えるタイプである。試食のクッキーはとても美味しかった。
キーはというと、今までされたことのない君付けにものすごい違和感を覚えていた。子供の頃でさえされたことのない呼び方なのに、大人になって言われると慣れないどころの話ではない。試食のクッキーは少し甘かった。
そんな二人を気にせず置いておくレイはというと、『ハロー・ホイップ』の新作に目を奪われていた。
「え、これ新作? うわ、美味しそう!」
「そうだよ! チョコディップならぬホイップディップのセットなんだ〜。いろんな種類のクリームにフルーツや焼き菓子がディップできるよ?」
「買います! これは即買い! みんなにもあげたいから四つお願い。あと、甘くないお菓子ってある? キーが甘いの苦手なんだよね」
「甘くないのなら、ポタージュのクッキー缶かほろ苦ココアクッキーかな? 特別にどっちも合わせて入れておくね〜」
「そんなのもあるんだ? ありがとう!」
注文されたものを紙袋に入れるため、ホイップは店の奥へ入っていく。その間にせっかくだからと皆で店の中を見て回った。
「かわいい……」
ミリアが猫の形のアイシングクッキーを手に感想をこぼす。
型抜きされた猫はもちろん、デコレーションのセンスが非常に良い。クリームやアラザンなどたくさんのデコレーションがされているのに、品が損なわれてないのはさすがの腕前だ。
クッキー以外のお菓子も全てデコレーションに凝っており、そこそこに広い店内を余すことなく飾っていた。
「これだけあるのに、すごい……」
「ホイップはかわいいものが好きだからね。見た目もできるだけかわいさを追求してるんだって」
常連客のレイが得意そうに教えた。
「でも、大変そうですね。他の店員さんもいないし……」
辺りを見渡してもホイップ以外の店員が見当たらない。接客も自ら行なっていたことも合わせると、一人で切り盛りしていることになる。
「あれ、本当だ。前はちゃんと店員がいた気がするけど……」
「レイくん、おまたせっ! 試作品のマカロンも入れといたよ〜……ってどうしたの?」
不思議に思っていたら、ちょうどホイップが紙袋を手に戻ってきた。試作品のマカロンというパワーワードが聞こえたが、今は店員がいないことについて聞かなければいけない。レイは頑張ってマカロンを頭の隅に追いやった。
「ね、ホイップ。今気づいたんだけど、なんでホイップ以外に店員がいないの? 前の人は?」
すると、ホイップは困ったように眉を下げて、現在の悩みを打ち明けた。
「あ、気づいちゃった? えっと〜実は、前の子は家の事情で辞めちゃったんだけど、それから全然人が集まらなくて困ってるんだよね。募集はかけてるけど、男の子だとかわいいのに抵抗があるみたいで、女の子は一瞬入るんだけどすぐ辞めちゃったりって感じだよ〜」
「ん? 何で一瞬入って辞めるの?」
「……これ、言いづらいんだけど〜、常連さんの間だとボクの宣伝が名物みたいになってて、ボク以外の店員さんに任せるとクレームをつけちゃう人がいるんだよね」
「宣伝にクレーム? ケーキ屋なのに?」
そんなことあるのか、とレイが信じ難いと問うと、ホイップは苦笑して頷いた。
お菓子にクレームならまだしも、宣伝にクレームとはよく分からないものである。
「ダメだって注意はしたんだけどなかなか聞いてくれないし、かといって、お菓子作りは他の人に任せられないでしょ? こうなると、お店を小さくするしかなくなっちゃうんだけど……」
「それは、したくない選択だね。常連客としても阻止したい案件だ」
いつになく真剣な様子のレイ。この店には散々お世話になっており、さらにはホイップは友人だ。解決しないわけにはいかない。
この店の雰囲気に違和感がなく、暇を持て余していて、クレーマーも文句が出せない人材といったら……と、そこで、ぴったりの人材がいることに気づいた。
それも、人手不足を一気に解決する賢い二人の人材が。
「つい最近の縁があった! ホイップ、住み込み店員でもいい?」
「え? それは全然、大歓迎だけど……」
「……あ、もしかして……」
「ああ、あいつらか」
さっそくレイが夢の魔法からその二人を呼び出した。
一人はパステルピンク、もう一人はパステルブルー。
ロストンで出会ったメアとシアの双子である。
「「……?」」
「かわいいっ!」
双子の登場にホイップが目を輝かせた。パステルカラーの三色混じる髪とオッドアイは、この店の雰囲気と遜色ない『かわいさ』である。
呼ばれた双子は分かりやすく表情に疑問符を浮かべた。そして、今いるところが見覚えのないところだと見渡した後、さらに首を同じ角度で傾げた。
「突然呼んでごめんね。一つお願いがあるんだけど……」
「「……」」
こくりと頷いた双子を確認して、願いという名の提案をする。
「ここ一週間は、アリスがいろんなところに連れて行ってくれたと思うけど、いない時は街に出るのが難しくなる。そこで提案なんだけど、このお店で面倒見てもらう代わりに店員さんとして働くのはどうかな?」
「「……」」
顔を見合わせる双子。無言で話し合っているようなので、しばしレイは静観することにした。
このお願い、もとい提案は、受けた方が双子のためになるものだ。レイの家は『ハルフの森』の奥の奥に位置している。『ハルフの森』は奥まるほど方向がが分からなくなり、道が常に変化し続ける危険な森だ。そのため、レイかアリスがいないと街へ行くのも困難になる。
ちなみに、アリスは灯火のカンテラを頼りに行き来している。道の途中には魔獣がいるので危ないが、レイの魔法でこれでもかと言うほど守っているので問題ない。
「「……」」
結論は出たようだ。双子は縦に首を振った。案外早く引き取り手が見つかって良かった。
「よし、これで解決! ホイップ、この子たちは双子のメアちゃんとシアくん。賢くて魔法も上手いから、良い店員になると思うよ」
「レイくんありがとう! メアちゃんとシアくん、これからよろしくね!」
「「……」」
万事解決した人手不足にホイップの笑顔が戻ってきた。
さらに、メアとシアの魔法で綿菓子と水あめが作れると知ると、浮かんだアイデアをすぐさま紙に書き出していた。
「ここをこうして……こっちに綿菓子を……もちろんホイップクリームはいるでしょ? それで……」
「死の魔法を簡単に受け入れるのはさすがだな……」
「うん……」
出来上がった新しいお菓子のデザインに、ホイップは満足げに頷く。
そのイラストを魔法でカウンターまで飛ばして、ホイップは再びお礼を言った。
「レイくん、本当にありがとう! すっごく助かったよ〜。次来たら、お礼にケーキバイキング無料にしちゃうね! もちろん、お友達もどうぞ!」
今日一番のとびきりの笑顔で、サービスを追加してくれた。ケーキバイキングなど、レイにとったら高価な魔宝石よりも価値のある無料券だ。
「こっちこそ、ありがたいよ! ……じゃ、そろそろ行こっかな」
あまり長居するのも店の邪魔になる。
「りょーかい! また新作作っておくから、絶対食べにきてね!」
「もちろんだよ! メアちゃんたちも頑張ってね」
「「……」」
相変わらず無表情な双子だが、手をぎゅっと握り意気込みを見せている。
すると、ミリアが試食でもらったクッキーの味を思い出して、帰る前にホイップに一つ約束をした。
「ホイップ
「ありがとう、ミリアちゃん!」
嬉しそうに約束をするホイップ。ただ、少々ホイップに対して間違っていることがある。
ホイップは後ろで手を組んで、ミリアを上目遣いで見上げて含むように言った。
「……け〜ど〜、一つ訂正しておくね?」
「……?」
ニコニコと楽しそうに笑うホイップ。レイも面白そうににんまりしていた。
「
ボク、かわいいものが好きな、男の子、だからね?」
「……」
「は?」
ミリアとキーの思考が復帰するのに、しばし時間がかかったのだった。
◇◆◇
商店街から戻ってカナタのいる魔法会にて、休憩用テーブルについたレイたち。
ただ、ミリアとキーはホイップのギャップに脳が一時停止していたところを、一息ついてようやく直ったところであった。
「まさか、ホイップくんだったなんて……魔法使いって絶対秘密があるものなんですか……?」
「お前の弓矢もそうじゃねえか? まあ、言いたいことはわかるが」
今のところ会う人全員に、何かしらの秘密がある気がする。特にレイは未だ底が知れないし、魔法使いとはそういうものなのかも知れない。
「今度何かあっても驚かないようにします……! それなら大丈夫なはず……」
「驚かない方法は考えないだな……」
たまに天然っぽいミリアであった。
『ハロー・ホイップ』で貰った試作品マカロンを美味しくいただき、待つこと二十分ほど。
「あれ? みんな、来てくれたんだ!」
試験場のある広間の方からカナタがやってくるのが見えた。レイたちを見つけると、手を振ってこちらまで走ってくる。
「お疲れ様、カナちゃん。どう? 進捗は」
「もう大丈夫そうって思ったから、勢いで受けてきたよ!」
「え、早っ! 行動力が凄まじい! ……それで、どうだった?」
「筆記は結果がまだでちょっと自信ないけど、魔法は受かったよ!」
ピースサインを前に突き出し、良い知らせを教えてくれた。
「おめでとう、カナちゃん!」
「おめでとう……!」
「良かったな」
えへへ、と照れたカナタは頭をを掻いた。一ヶ月前とは比べ物にならないぐらいに上達したのだ。その結果が目に見えて出たのだから、嬉しくないわけがない。
「筆記は問題教えてくれたら、ぼくが答え合わせできるよ?」
「え、ホント? やってもらおうかな……やっぱやめる! 受かってたら知らない方が嬉しいし!」
キッパリと拒否したカナタは、後ろを見ずに前だけに進む魔法使い。安心よりも猪突猛進が目標なのだ。
「そっか! じゃあ、頑張ったカナちゃんにお土産があるから、どうぞ!」
「え、なになに!」
皆で『ハロー・ホイップ』のお菓子を食べて、試験のお疲れ会をするのであった。
後日、無事に受かったカナタに『
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