六話 キー・メイジャーの本気

 『水晶の霧』にきて初めての敵、霧の守護者。

 守護者は自身の周りに水晶を展開して、今にもこちらに放ってきそうな様子だ。それに対してのレイの反応は至ってのんきなもので、むしろありがたく思っているぐらい。


「よし、それじゃ、実験始めよっか!」


 はしゃいだレイがくるりと宙で一回転する。キーも臨戦体制に入り、好戦的な目つきになる。ただ、ミリアだけはこの状況に置いてけぼりになっていた。


「い、今から……?」

「そうだよ。敵がいるんだし。……『ノークィエン』……できた! この水晶を使ってみてくれる? 魔力を注ぐだけでいいから」

「ええと……こう、かな?」


 いつの間にか用意された魔法の込められた水晶。『甘い夢』という、初めて会った時に食べた魔法が込められている。ミリアはレイに言われた通りに、魔力を水晶に流し込む。魔法は使えないが、魔力の扱いはある程度習得しているので問題ない。

 すると、


「あ……」


 ガラス細工を折るような音を響かせ、水晶は割れてしまった。


「あれ? 割れちゃった? ……おかしいなあ、理論上は大丈夫なんだけど……」

「あ、危ない!!」


 レイは水晶が割れた理由に夢中になっていて、敵がいても無防備に背を向けている。飛んできた水晶の礫を避ける素振りも見せない。ヒヤリとしたミリアだったが、それは徒労であったとすぐに気付かされた。


「よっ……と。ったく、なんも言わずに没頭すんじゃねえよ。仕事が増えるだろうが」

 

 不満げな声がミリアの目の前を通り過ぎると、レイに向かってきた水晶が一つ残らず落ちていた。ほんの一瞬の出来事。目の前で見ていたはずのミリアには、何が起こったのか全く分からなかった。


「ミリア、できればあいつの近くにいてくれ。バラけられると、守りにくい」


 キーに注意され、突っ立っていたミリアは慌ててレイの近くに移動する。直後、ミリアの方に放たれた水晶も、消えたと勘違いする速さで撃ち落とされていった。目にも留まらぬキーの攻撃を目撃したら、さらに驚くことが起きた。


「……え?」


 さっきまで目の前にいたはずのキーの姿が、忽然と消えた。辺りを見渡してみれば霧のずっと奥、霧の守護者のいる方向に二つの影がある。

 つまり、どういうことか。

 キーは今の一瞬で、ミリアのいた場所から十メートルはある守護者の元へ、瞬きする間に移動したのだ。

 唖然としているミリアに、珍しくレイが思考の途中で話しかけた。


「うんうん。そうなるよね、初見なら。キーがどこにいるか全然分かんないもんね」

「……キーさんの魔法って、どういうものなんですか?」


 遠くで消えては現れるキーが、実験のために防戦一方で戦う姿を見ながらミリアが聞いた。レイは水晶をいじりながらキーについて解説する。


「キーの魔法はねえ、いんの魔法だよ。つまり、かげ。だから、キーにとったらあちこちにある陰の全てが自分のテリトリーなんだ。消えたように見えるのも、攻撃が見えないのも、全部陰を使ってるからだよ。まあ、その代わり、魔法の威力は結構下がるんだけど」

「陰……そんな魔法が……」

「うん。特異な魔法系だから珍しいよね…………あ! そういうことか。……『ノークィエン』。はい、どうぞ、ミリアちゃん」


 話している間に不具合の原因を見つけた。ミリアに早速魔力を流してもらうと、今度は水晶から虹色の光が溢れ出した。


「……! これって、成功……?」

「やった! 成功だよ、ミリアちゃん! とりあえず魔法の発動はできた。そのまま矢を守護者に射ってくれる?」

「は、はい……!」


 自分の魔力で発動した初めての魔法。

 震える手で弓を構えて、虹色の光を纏った矢を放つ。守護者を抑えていたキーは気配に気づいて、矢の軌道上から外れる。そのまま、矢は霧の守護者に命中し、水晶もろとも粉々に砕けて消えていった。


「ふむふむ。なるほど、威力は半分ぐらいに落ちるけど、魔法自体は発動できる。そんで、発動に呪文がいらない。……便利だけど、弱い魔法だとイマイチかな」


 結果を確認したレイはすぐさま記録を書き留める。隣で感動しているミリアを気にかけることはなかった。

 代わりにキーが、初めて見た《孤高の狩人ソルウェナ》の実力に賞賛を送った。

 

「これ、ミリアが撃ったのか? やるな。ど真ん中ちょうどは相当な技術がいるだろうに。すげえな」


 飾ってない正直なキーの感想に、ミリアは嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとうございます。これでも昔からずっと弓を握ってきたので……。威力はレイ君の魔法を借りていますし、自力ではないですけど」

「威力はしょうがねえだろ。少なくとも、正確性だけでいえば世界レベルだって言われても納得する」

「え、それは言い過ぎですよ」

「一ミリもズレずに中心取っといて何言ってんだよ……」


 実力を過小評価して平然と謙遜するミリアに、キーがぼそりとツッコミを入れる。ミリアの謙虚さは、人によっては馬鹿にされているようにも聞こえる。特に、《ソルウェナ》だと分かっていたら尚更のこと。

 これは意識改革した方がいいな、とキーはため息をついた。


「……威力に関しては、ぼくの魔法だから問題ないか。でも、これだとミリアちゃん自身が魔法を使ったとは言いずらいから、ミリアちゃんが魔力を流した時に、ミリアちゃんだけの魔法系に変えるのが最良。……って、それって新しい魔法系を人工的に作るのと変わんないね! 一気にハードル上がった!」


 ミリアのことでキーが真剣に考えている中、突如叫び出した記録中のレイ。ただでさえ連れ回ったミリアを放っておいたレイが、近所迷惑な大声を出したため、キーの表情が固まった。

 忘れてはいけないのは、ここは守護者の縄張りの範囲内だということ。


 ──シャン、カラン──シャン、カラン


 あちこちから聞こえてくるのは、霧の守護者の寄ってくるうるさいぐらいの音色。大声は人間だけではなく、魔物などにも聞こえるのだ。


「……おい、何してくれてんだ! なんで叫んだんだよ!」

「あ……あー、ちょっとあり得ないことが起こりまして……ついうるさくしてしまいました」

「ふざけてる場合じゃねえだろ! 一回中断しろ!」

「え、それは無理」

「は?!」


 この状況で平然と『実験』を続けようとするレイに、キーがキレかける。焦りすぎて逆に冷静になったミリアが、冷や汗を浮かべて状況を伝えた。

 

「あの、囲まれちゃった見たい、なんですけど……」


 キーは頭痛のする頭を抑えて、辺りを見渡した。ミリアの言う通り、全方向から守護者の気配を感じる。

 少なくとも二十、多くて四十から五十。

 中心部に近いだけあって、数がかなり多い。キーもミリアも威力と手数があまりないため、この数は捌ききれない。


「なあ、せめてさっきの水晶量産するのはできねえ?」

「うん、無理。今いいとこだし」


 非常識め、とキーが悪態をとる。この状況では当然の反応だ。


「……はあ。……ミリアはレイの近くで援護してくれ。俺が前に出る」

「え、でも、それじゃあキーさんが……!」

「この状況じゃ、しょうがねえ」


 キーは黒い陰の魔法を準備して守護者に向かっていく。守護者はキーの方へ集中し、全ての水晶がそちらに向けられる。

 そして、水晶の礫が一斉に放たれた。


「……き、キーさん?!」


 顔面蒼白でミリアが叫んだ。キーは守護者の全方位からの攻撃に顔を強張らせた。だんだんと礫は迫ってきて、あと数秒後に当たってしまうという、その時。

 


 カアァーーカアァーー


 

 突然、どこからともなくカラスの鳴き声が聞こえてきた。

 

 何故、カラス?

 

 ミリアが疑問に思うよりも早く、鳴き声の主のカラスは急速にこちらに接近してくるとキーの頭上を旋回し、足で掴んでいた物を落とした。そのシルエットを追ったミリアは、それがハットであることに、遅れて気が付いた。

 そして、カラス自身も降りてくる。

 つっ立ったままのキーの周りが、少し黒く揺らいだ。

 水晶の礫が迫り、守護者が再び水晶を浮かべた──


 

 その、コンマ一秒後。


 

 近くにいた、霧の守護者が十体、霧散した。


 続けて、二体、三体。パキン、パリン、と水晶が折れて割れる音だけが聞こえた。

 弓矢の練習で動体視力のいいミリアでも、なんとか倒されたことが分かるだけ。

 微かに見えた黒い何かが正体のようだが、それを視認できぬ内に水晶は砕け散っていた。


 三十を超える水晶が霧と化した頃、ミリアの前に人陰が現れる。

 

 レッドブラウンの髪に、黄金の瞳。茶系で統一されたジャケット姿と頭に巻かれたバンダナ。

 それは予想していた人物ではあった。

 だが、先ほどとは決定的に違う動きに理解が追いつかない。帽子以外は全て、初めて見たキーの外見と一致しているのに、とてつもなくかけ離れて見えた。


 ゆらりと立つ彼は、密集する守護者を前にニヤリと笑う。

 今まで見たことのない、獰猛かつ好戦的な表情かお


「……ハッ、ザコが!! オレの前に出るとはいい度胸だなあ、テメエら!」


 暴言。開口一番に、暴言。

 言動、態度、仕草が、まるで別人だった。

 

 戸惑いを隠せず、キーをガン見するミリア。

 気付いたキーは一瞥したのち、こちらを気に留めることなく、敵に黒いハンドガンの銃口を向けて挑発した。


「……久々に殺れるタイミングが、バカと新入りのお守りってのは気に食わねえが、相手してやんよ!」


 ミリアを気遣っていたキーとは思えない発言。

 さっきまでのキーは頼れる兄貴といった感じだったが、今では荒々しい野生味がだいぶ足されている。

 振り回され気味な雰囲気はどこかへ飛んでいき、鋭い眼光と堂々とした出立ちが、この一帯の支配者であることを表しているようだった。


「じゃあ、行くぜ??」


 言い終わると同時に消えると、割れる音が五つ響いた。

 さっきよりも更に目で追うことは不可能になり、気配と音でなんとなくの居場所を把握できるぐらいの速さ。


「ザコにしちゃ、幸運だなぁ! オレ様の手で光栄に逝けよ!」


 楽しそうに、本当に楽しそうに狩りをしていた。

 全てが命中、全てが致命。

 もはや霧の守護者も訳が分からず混乱するのみ。


 圧倒的な危機を前に『水晶の霧』中の守護者は、キーの目の前にわらわらと集まった。

 

 一箇所に固まった、格下の獲物。

 

 キーは口角を上げ、大技の構えを取った。


「なあ、ペドロ。馬鹿どもがオレらのためにわざわざ来てくれたんだってよ? 盛大にもてなしてやらねえとなぁ??」


 嘲るようなキーの言葉に、カラスの声が呼応する。

 キーは銃口を下に向け、敵側に向けた漆黒のクチバシに魔力を込める。

 吸い込まれた魔力は、黒い星のように形を変えていく。

 最大までエネルギーを吸収すれば、後は放つだけ。

 その魔法の呪文を、陰の支配者キー・メイジャーは悠々と唱えた。


『イァティ・オルコ』


 魔法名『太陽の陰』。それは、災害だった。

 黒い星は急激に膨れ上がり、守護者たちの元へと一直線に飛んでいく。

 音はないし、衝撃もない。

 だが、星の中心にいる守護者たちは跡形もなく飲み込まれていき──最後には何事もなかったようにフッと消えた。

 

 地面や木々、霧には何も影響はなく、地形だって変わってない。

 それなのに、大量の守護者は消えてしまった。

 呆気に取られて立ち尽くすミリア。あまりの光景に瞬きすらも忘れてしまっていた。


「ふぅ、こんなもんかぁ? 守護者なんてたいそうな名がついてる割に、弱っちぃな」


 魔力の消えた銃を指でくるくる回して、つまんなさそうにするキー。本気の一部分も見せていないかのような振る舞いでこちらへ戻ってくる。

 何故か道を開けないといけない気がしてミリアが傍に逸れると、それを当然かのようにキーがその道を堂々と通る。

 そして、


 ──ゴチン!

 

「あたっ!!」


 まだ何かを書き続けてるレイの頭に、遠慮なく拳を落とした。

 頭を抑えて涙目になるレイ。キーはそれを見下ろし、睨みつける。


「おい、このバカが!! これは予定にねえよなぁ?? オレがお荷物抱えて護衛ごっこさせられるってのに、さらに面倒ごと押し付けやがって、報酬弾まねえとなぁ? あぁ??」


 超がつくほどガラの悪すぎるキーが、レイに詰め寄る。はたから見ればいたいけな少年が不良に脅されているようで、大変よろしくない絵面になっていた。

 ミリアはレイが心配になりつつも、親友だと言っていたのを思い出して静観する。


「本っ当に、すみませんでした!! ごめんなさい!! 今後二度とやりません!!」

「ほぉ? じゃ、報酬は??」

「予定の倍は払います!!」

「倍……??」

「……三倍」

「三倍……??」

「……分かったよ、分かった!! 五倍! 五倍が限度です! これ以上はナシ!!」

「五倍か。ま、妥当だな」


 満足げなキーと萎縮して落ち込むレイという一見恐喝のような場面だが、レイはそれを認めているようでミリアは胸を撫で下ろした。


「……今回はぼくの自業自得だけど、これはひどいよ。報酬五倍ってほとんどなくなるし」

「ハッ、知らねえよ。今度もっと味のある敵でも用意するっつーなら、三倍で手を打ってもいいぜ??」

「キーの味のある敵って、無理に決まってんじゃん……」

「なら、しょうがねえ」

「はあ……」

 

 ガックリとこうべを垂れるレイ。この銃を持ったら人が変わる親友は、レイをもってしても手綱を取ることが不可能だ。今回も水晶の取り分けを半分以上も持ってかれた。もし約束を破れば、三ヶ月は追いかけ回されることになる。それこそ、借金取りのように。


「今日って、ぼくとミリアちゃんの実験がメインじゃなかったっけ? しかも、水晶なくなったらここに来た意味なくなるんだけど……」


 勝者の笑みを浮かべるキーを恨めしげに見上げる。

 だが、不利なのはレイの方。

 とても余裕そうに見返され、腹が立つだけだった。


「もういいし! 実験は続けるから!」


 ヤケクソ気味に叫んだレイの声とともに、三人は霧の中心へと進んでいった。

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