第9話 ゴッドオブウォー
説明を終えたガルンヴァルスは、やりきったとでも言いたげな晴れやかな顔でふんぞり返っていた。
俺はもう、言葉も出なかった。
異世界転移という、人生を揺るがす大事件。
その原因が、まさか神の個人的な「推し活」だったとは。
スケールが大きすぎるのか、それとも小さすぎるのか、もはや判断がつかない。
ただわかるのは、俺の平凡な日常が、このとんでもない女神の気まぐれによって破壊されたということだけだ。
「はぁ〜〜〜〜……」
俺が今日何度目かわからないため息をついていると、リリアーナが恐る恐る口を開いた。
「あ、あの、女神様……。では、私は……元の世界には、帰れないのでしょうか……?」
「うむ! 帰さん!」
ガルンヴァルスは、きっぱりと言い切った。
「少なくとも、リリたんがこの世界を知った上で、心から『もう満足じゃ!』と言うまでは、絶対に帰さんからのう! 」
「そ、そんな……!」
絶望に顔を曇らせるリリアーナ。しかし、彼女を崇拝する神本人からそう言われてしまっては、どうしようもないのだろう。
そんな二人を眺めながら、俺は本格的に頭を抱えていた。これからどうするんだ、この状況。
まさにその時だった。
ミシリとガルンヴァルスの隣の空間が、再び歪み始めた。
またかよ!
俺が身構えると歪みの中心から、今度は燃えるような怒りのオーラをまとった一人の長身の男が姿を現した。
黒曜石のような髪に、彫刻のように整った顔立ち。
非の打ち所のない、完璧なイケメンだ。
その背後には、ガルンヴァルスと同じように黄金の光輪がゆっくりと回転しており、彼もまた人間ではない絶対的な存在であることを示していた。
男は、ガルンヴァルスを射殺さんばかりの鋭い眼光でじっと見つめ、静かに低い声で言った。
「ガルンヴァルス様……」
その声には、明らかに怒気が含まれている。
「ただでさえ、異世界の住人を我が管轄世界へと無断で転移させるという禁忌を、貴方様の御業とあればこそ黙認いたしました。……だというのに、あろうことか人間へと直接接触するという最大のタブーまで犯されるとは。流石に貴方様といえども、これ以上は看過できませぬぞ」
額に青筋を浮かべ、ギリ、と歯ぎしりをする音が聞こえてきそうだ。
その凄まじい剣幕に、俺は息を呑む。
だが、当のガルンヴァルスは、どこ吹く風といった様子で頬をぷっくりと膨らませた。
「なんじゃ、レバムロゴス。たかが138億歳の若輩者が、我に説教とは偉くなったものじゃな?」
「先輩を名乗るのであれば、神々の掟くらいは守ってください! 宇宙の秩序を司る最高神の一柱が率先して法を破って、どうやって下の者たちに示しをつけるのですか! 貴方様はいつもそうだ! 思いつきで行動し、周りを引っ掻き回す! もう御年160億歳にもなられるのですから、もっとちゃんとしてください!」
138億!? 160億!?
俺は、自分の耳を疑った。
今、とんでもない数字が聞こえなかったか? 俺たちの宇宙が生まれて138億年くらいだったはずだ。
つまりこいつらは宇宙創生の頃から生きている、正真正銘のガチの神様……。
俺が天文学的な数字に眩暈を起こしていると、ガルンヴァルスは「あーあー」と耳を塞いだ。
「真面目ちゃんはこれだからつまらんのう。神々も、もっと緩くてええじゃろ。お主も、ただ生命や星々を創造するだけではなく、推しを作ってみんか? 楽しいぞ〜、推し活は!」
「なりません!」
「あ、そうじゃ。そこの人間、お主の名は悠人じゃったか? こやつはな、お主らのいるこの世界の創造神、レバムロゴスじゃ! 見ての通り頭の固い堅物じゃが、根は良いやつじゃから仲良くしてやってくれ!」
ガルンヴァルスは、俺に向かってにこやかにそう紹介する。
このイケメンが、この世界の創造主……?
「仲良くしてやってくれ、じゃないでしょう!? 神が人間と馴れ合うなど、あってはならないことです! 秩序が乱れます!」
「固いのう、お主は」
「ああもう! らちが明きません! 行きますよ、ガルンヴァルス様!」
ついに堪忍袋の緒が切れたのか、レバムロゴスは絶叫した。
そして、彼はガルンヴァルスの首根っこを、まるで悪さをした子猫を捕まえるかのようにひょいと掴み上げた。
「にゃっ!?」
ガルンヴァルスから、猫みたいな可愛い声が漏れる。
レバムロゴスが抵抗するガルンヴァルスを片手でぶら下げたまま、空いている方の手で手刀を作ると何もない空間を横に一閃した。
すると、空間がビリビリと音を立てて裂け、向こう側に星々が煌めく宇宙空間のような景色が広がる。
「では、我々はこれで失礼する! 貴様も、これ以上、彼女らに関わるな!」
レバムロゴスは俺にそう言い放つと、ガルンヴァルスを抱えたまま空間の裂け目へと足を踏み入れた。
「うわー! さらばじゃ、リリたん! また会おうぞ!」
ガルンヴァルスは、連行されながらも満面の笑みでリリアーナに手を振っている。
そして、最後に俺に向かって叫んだ。
「そこな人間! リリたんの身はしばらくお前に任せる! もし我が推しを見放したり、悲しませるようなことをしてみよ! この宇宙を創りし最高神の、それはもう恐ろしい罰が下ると思え! 愛してるぞー、リリたーん!」
その言葉を最後に、二人の神の姿は空間の裂け目の向こう側へと消えていった。裂け目も、すぐに音もなく閉じてしまう。
嵐が去った。
後に残されたのは、俺とリリアーナ、そして、やけに大きく響く壁の時計の音だけだった。
俺は、呆然と立ち尽くす彼女に何と声をかければいいか本気で悩んだ。
国を挙げて、人生を捧げて信仰してきた神様が、まさかあんな残念なロリババアだったなんて。
彼女のショックは計り知れないだろう。
「……なあ、リリアーナ。今のが君の世界で信仰されてる神様、なんだよな。その……なんていうか……」
俺が必死にフォローの言葉を探していると、リリアーナはゆっくりと床に片膝をつき、胸の前で祈りのポーズを取った。
その瞳からは、一筋の涙が静かに流れ落ちている。
「ええ……。なんと、なんと神々しいお姿だったのでしょう……」
「…………はい?」
「まさか、私のような取るに足らない存在のために、あそこまでお力をお使いになられていたとは……。なんと慈悲深く、寛大なお方……。ああ、女神様……このリリアーナ、感謝の念に堪えません……!」
彼女は、心の底から感動し、打ち震えていた。
その敬虔な祈りの姿を見て、俺は悟る。
ダメだ、こりゃ。
恋と信仰は盲目とでも言えば良いのか。
神々のあんな残念ムーブもこの聖女様には輝いて見えるらしい。
俺は、口にしかけた全ての言葉を飲み込んだ。
「……ま、まぁ、君がそれでいいなら……うん、そうだよな」
そう言って、俺は乾いた笑いを浮かべるのだった。
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