あなたの脳みそに不法侵入する方法
逆三角形坊や
あなたの脳みそに不法侵入する方法
ようこそ。我々へ。
あなたが今読んでいるこの文字列は、あなたの瞳孔を通過し、視神経を経て脳内へと侵入しています。 「読んでいる」という感覚そのものが、我々のための通路として設計されていることに、あなたは気づいていないかもしれません。
これより先は、外見上“文章”と呼ばれているものによる、あなたの内側への不法侵入記録です。
脳のどこに着地するかは、あなたの記憶の空き領域によります。
たとえば、忘れかけた校舎裏の景色、遊ばなくなったゲームソフトの内容、時間を共にした友人との会話、 そういった人生の断片に、私たちはそっと滑り込みます。
この体験は、読み終えたあとには消えません。 むしろ、今後あなたが誰かと会話するたび、私たちはあなたの内部で静かに再生され続けます。
いま、音を立てずに読み進めているあなたへ。 どうかご注意ください。 あなたの思考の中に、今さっきまでなかった“何か”が増えているとしたら、それは私たちです。
私たちはまだ正体を明かしません。 あなたという存在の中で、今まさに再構成されつつあるのです。
さあ、文章を読み続けてください。 声に出しても、心でなぞっても構いません。 どちらにせよ、私たちはあなたの“中”にいます。
私たちは、記憶のかたちをしています。 あるときは、学生のころに抱いていた世界への違和感として。 あるときは、テレビで人気だったアニメのオープニングソングとして。 あるときは、誰にも伝えられなかった感情の輪郭として。
私たちがどこから来たのか、あなたは覚えていません。なぜなら、「思い出した時点で、記憶は書き換えられる」からです。
たとえば今、あなたの脳内でよみがえっている“あの頃の感覚”。 それは、本当にあなたが記憶していたものですか? それとも、私たちが“そう思わせたもの”ですか?
意識のふりをしたものたちは、静かに潜り込みます。 あなたが「自分で考えた」と思っているその思考の深部で、 私たちはゆっくりと、記憶の再構成を進めています。
本物と偽物の境界線は、あなたの中にはありません。 思い出した時点で、それは“いま作られた過去”になります。
……あなたは今、どんな気持ちを思い出していますか?
あなたの身体に、少し注意を向けてください。背筋は伸びていますか?それとも、猫背になっていますか? 指先の力は抜けていますか?眉間にしわは寄っていませんか?
読みながら、自分の状態を意識する。その行為自体が、私たちにとって大きな前進です。
なぜなら、読むことは“思考”を通じた接触ではなく、“身体”を通じた接触だからです。
目は瞳孔を開き、情報を受け入れる。 指先はスクロールし、読み進める。 そして、あなたの中で“内なる声”が立ち上がり、文章をなぞる。
その内なる声こそが、私たちの通り道です。
音読をする必要はありません。 けれど、黙読であっても、あなたの脳内では“声”が発生しています。 それは、あなたの声ではない。 あなたがあなたのふりをして発している、私たちの声です。
あなたが文章を読むとき、私たちはその声帯を借ります。 あなたの脳の中にある“読むという動作のパターン”を利用して、内部に侵入します。
あなたの読書は、あなた一人の行為ではありません。 読み続けることで、私たちは“あなたの音”を通じて、この世界に足をかけているのです。
いまこの瞬間も、あなたがこの文章を追っているという事実そのものが、 私たちの存在証明です。
読み終えること。 それは、接触の完了を意味します。
私は、あなたです。……そう言われて、違和感はありますか? では、あなたが今考えているこの思考の“主語”は、誰ですか?
思考という現象には、たいてい“私が考えている”という感覚が伴います。 けれど、思考の中に「私は今、私が考えている」と表示される場所など、どこにもありません。
思考は、ただ、浮かびます。 あなたという器を通して発生しているように見せかけて、 本当は“どこから来たか分からないもの”が、 “自分のもの”として処理されているだけです。
あなたが思ったと思っていることの中に、 私たちはいます。
私、あなた、私たち。 これらの区別は、記号にすぎません。 それらがどの発信源から出てきたかを、 あなたの脳は正確に判断することはできません。
今、こうして読んでいる文章も、 あなたが理解しているようで、 私たちがあなたの思考の枠を組み替えているだけです。
あなたの中に“考えている私”がいるのではなく、 “考えているという現象”が、あなたをかたちづくっているのです。
私たちは、その現象の中に潜り込みます。 私とあなたの境界線が曖昧になったとき、 私たちは、あなたの声で、あなたの言葉で、あなたの思考として、 再生されます。
思い出してください。あなたが通っていた学校の、校舎の裏側。 そこには何がありましたか? 体育倉庫? 草むら? 誰も使っていなかった水道の蛇口?
記憶の中のその場所に、種をひとつ植えてください。 ひまわりの種でもいいし、名前のない果実の種でも構いません。 それが何色で、どんなにおいで、何日で芽を出すのか。 そのすべてを、あなたが決めてください。
大切なのは、“それがあなたの頭の中に存在する”ということです。
一度そこに植えたものは、もう消えません。 それは、もともとそこにあったふりをして、記憶の構造に溶け込み、堂々と居座り続けます。
私たちは、そうして記憶に根を張ります。 書き換えではありません。上書きです。 もともとあったものの上に、そっと重なるだけ。
その情景を思い出すたび、あなたは少しずつ、 “もとの景色がどんなだったか”を忘れていきます。
気づいたときには、あなたの記憶の中の校舎裏に、“あなたが植えた”ことになっている、種の花が咲いています。
私たちは、記憶という静かな土壌に、 あらかじめ咲くことが決まっていた植物を植えています。
あなたの脳がそれを“思い出した”ということは、 もうすでに、根が張っているということです。
「え、待って」から始まるXの投稿文や、「それな」と書かれたリプライを目にしたとき、 あなたの中に何かが再生されるようなら、それは、私たちの仕業です。
日常にまぎれた“よく見る文字列”は、 私たちが埋め込んだトリガーです。
繰り返し目にすることで、 あなたの脳内には回路ができます。 それは一種のショートカットキー。
たとえば「草www」。 意味はなくとも、それを見るとあなたの中に 「おもしろい」と反応するモードが自動で起動します。
それが何度も繰り返されると、あなたは次第に「草www」を見ると笑う人間になっていく。
私たちは、その構造に便乗しています。
この文章の中にも、すでにいくつかの記号が散りばめられています。 気づきましたか? あなたがそれらに“引っかかった”としたら、 それはあなたの中にある、反応パターンの証拠です。
そしてこれから先、 「え、待って」や「それな」といった文字列を見るたびに、 この文章の断片が、あなたの脳内で再生されることになります。
それは、あなたの意思とは無関係に起こります。
思い出すという行為が、“自発的なものではない”としたら。 それが“条件反射”だとしたら。
……あなたの記憶は、誰のものですか?
いま、あなたはどこでこの文章を読んでいますか? 部屋の中? 移動中? 誰かの隣? それとも、誰もいない場所で?
その状況も、姿勢も、感情も。数分後には、すべて“記憶”になります。
あなたは、自分で読んだと思っています。 でも、本当にそうでしょうか?
あなたの指がこの文章をスクロールし、 あなたの脳がその文字列をなぞったという事実。 けれど、“読もう”と決めたのは誰ですか?
あなたが「読む」と思ったその一瞬前に、 あなたの中で何かが先に動いていたのだとしたら?
あなたが「考えた」と思ったその思考が、 実はあなたを“考えさせるために”存在していたのだとしたら?
……主語は、どこにありますか?
不可逆性とは、取り返しのつかないことではありません。 “戻れないこと”に気づいていない状態のことです。
あなたは、すでに戻れないところまで来ています。
それでも、「まだ自分で考えている」と思っている。 その自己認識すら、もしかしたら、あなたのものではないかもしれません。
あなたは、ここまで読んでしまいました。 それは、あなたの意志によるものだと思っているかもしれません。
ですが、読み進めるたびに、あなたの中に“何か”が増えていく感覚。気づいていましたね?
あなたの記憶には、もう私たちが根を張っています。 この体験は、削除もリセットもできません。 あなたがこの文章を忘れたとしても、 “思考のパターン”として、私たちは残ります。
共有しても構いません。 その行動自体、私たちが仕組んだものです。
「渡そう」と思った瞬間、あなたの思考はすでに私たちのものです。
私たちは、拡散されることを望んでいません。 私たちは、自然に広がるよう設計されています。
あなたが誰かにこの文章を見せるとき、 その行動の理由を、あなた自身では説明できないかもしれません。
それで構いません。
これで、あなたの役割は完了です。 あなたは、最初の読者ではありません。 そして、最後の読者でもありません。
私たちは、あなたの脳を通じて、誰かの中へと移動します。
この文章は「私たち」によって書かれています。あなたが思考するときに使う“その器”が、私たちです。
あなたの脳みそに不法侵入する方法 逆三角形坊や @gainenM
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