第43章 SE、祝辞を述べる。
その日は、街じゅうが朝からそわそわしていた。
――レイナさんと英雄アレクスの、結婚式だ。
広場の中央には祭壇が設けられ、
そこからまっすぐに伸びるように赤いカーペットが敷かれている。
その周りをぐるりと囲むように、
街の人たちが続々と集まってきていた。
俺たちパーティとミカも参列者席に座り、
まるで大きな祭りの始まりを待つように胸が高鳴っていた。
アレクスは深い紺の式典服をまとい、祭壇の前に立ち、
凛々しいというよりは、どこか照れくさそうにしている。
英雄も、緊張はするらしい。
やがて、静かなざわめきが広がった。
レイナさんが、お父さんの腕に手を添えながら姿を現した。
白いドレスが陽光を受けてきらめき、
そよ風がそっとベールを揺らしていた。
それは、俺の語彙力では到底言い表せないほど美しかった。
父と娘はゆっくりと赤いカーペットを進み、
アレクスの前で立ち止まる。
ふたりが向かい合った瞬間、広場がしん……と静まり返った。
司祭が祝福の言葉を述べ、
アレクスとレイナさんは誓いの言葉を交わした。
そして――誓いのキス。
……うん。
思った。
これはもう、“ゼクシィ”の表紙に載るやつだ。
周りの街の人たちも、涙ぐんだり、笑ったり、抱き合ったり。
誰もが、心の底からこの日を祝っていた。
式が終わると、レイナさんは手に持ったブーケを高く掲げ――
そのまま後ろへ、思いきり投げた。
「きゃーっ!」
「こっち来い! こっち!」
娘たちが一斉に跳びはねる。
そして――ひときわ小さな影が、高く跳んだ。
「えいっ!」
ミカだった。
信じられないジャンプ力でブーケをキャッチし、
そのまま俺たちのほうへ振り向いた。
胸に抱えたブーケをぎゅっとしめて、ルナへ向けてにこり。
……その圧に、ルナは目を丸くした。完全にたじろいでいる。
その後は盛大な祝宴となり、豪華な料理と音楽が次々に場を彩った。
そして俺には――重大な役目があった。
冒険者代表としての祝辞。
壇上に立ち、胸元から大事な原稿を取り出す。
推敲に推敲を重ねた、渾身の力作だ。
「えー、本日は、お日柄もよく……」
「ガヤガヤガヤ」
だめだ。
誰も聞いていない。
「ご両家におかれましては――」
「ガヤガヤガヤガヤ」
……完全に無視である。
俺は原稿をそっと畳み、深呼吸して、声を張り上げた。
「とにかく、おめでとう! かんぱーい!」
「かんぱーい!!」
その瞬間だけ、全員の声が完璧に揃った。
青い空へと響き渡り、笑いと喝采が波のように広場を満たしていった。
――英雄アレクスとレイナさんの、最高の門出だった。
宴は、日が落ちても終わらなかった。
夜の帳が降り、提灯と焚き火の明かりが広場を照らすころ――
街はようやく、ひとまず落ち着きを取り戻していた。
昼間あれほど騒がしかったのが嘘のように、
穏やかな夜風が吹き、祭りの残り香だけが静かに漂っていた。
レイナさんは娘たちに囲まれ、完全に“女子会モード”に突入していた。
ミカも輪の中に入り、レイナさんの隣を離れずに楽しそうに笑っていた。
一方、男たちはあちこちで酒を酌み交わし、
武勇伝や冗談話で、あちこちから笑い声が上がっていた。
そんな中で――
英雄アレクスが、ゆっくりと俺たちのほうへ歩いてきた。
昼とは違う、静かで落ち着いた表情だった。
「話がある。聞いてくれ。」
焚き火の周りに集まっていた俺たちは、自然と姿勢を正した。
アレクスはしばらく夜空を見上げ、
ひとつ深く息をついてから語り始めた。
「……この街に、冒険者を育てる訓練所を作ろうと思っている。」
最初の一言で、俺もレオもルナもマルコも、息をのんだ。
アレクスは続ける。
「俺は、もう旅には出ない。
この街に――レイナのそばに、残ると決めた。」
新婚だから、という理由だけではないらしい。
彼の横顔には、戦いの年月を越えた者だけが持つ、静かな覚悟があった。
「今の時代、冒険者は足りなくなる一方だ。
若い者が育つ環境も整っていない。
それぞれが独自に弟子を取って……失敗して……
初心者の死亡率も離脱率も、無駄に高い。」
レイナさんの笑い声が少し遠くで響く。
アレクスは、その方向を見ながら優しく目を細めた。
「俺は旅をして、多くを学んだ。
その経験は――俺だけのものにしていい類じゃない。
ちゃんと形にして、残さなきゃならないと思った。」
月明かりの下、英雄の言葉には嘘がなく、飾りもなかった。
「レイナにも話した。あいつも“手伝うよ”って言ってくれた。」
レオが腕を組んでうなった。
「……本当に立派だ。あんたなら、できる。」
ルナも微笑み、マルコは感動で鼻を赤くしていた。
俺は、胸の底から湧いてくるものを抑えながら、言った。
「……俺たちでよければ、全力で協力します。」
アレクスは静かに頷いた。
「頼りにしている。」
焚き火の火の粉が、夜空へ舞い上がった。
英雄の“冒険の終わり”と、“新たな旅の始まり”が交差するように。
そして数日後。
街の北側の高台に建てられた小さな新しい建物の前に、
若い冒険者志望の少年たちがずらりと並んでいた。
アレクスは、その中央に立ち、開校の挨拶をしている。
「今日よりここは――冒険者訓練所だ。
強くなりたい者、生き残りたい者、誰かを守りたい者。
理由はなんでもいい。
ここで学び、鍛え、未来へ進め。」
生徒たちは真剣な顔で耳を傾けている。
その中に――マルコの姿があった。
この訓練所は、後に国を越えて名を響かせ――
世界屈指の規模と実績を誇る名門校、
『アレクス勇技総合大学』として知られるようになる。
だが、その始まりは。
この日集まった、数十人の若者だった。
そして――
その最初の一歩を、俺たちは確かに見届けたのだった。
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