第41章 英雄、岐路につく
その日、
アレクスが意識を取り戻したことは、あっという間に街中に広まった。
夕方にはもう「アレクス全快祝いの宴」が開かれていた。
樽を抱えた街の人たちが集まり、笑い声と乾杯の音が鳴り止まない。
潮風に乗って笑い声が広がり、街じゅうが祝いの空気に満ちていく。
大きな木のテーブルの上には、
焼き魚、貝の酒蒸し、船乗り特製のスープ……
海の幸がこれでもかと並べられていく。
英雄アレクスとレイナさんは肩を並べて座っていた。
ふたりを囲むように、街の人たちが次々と盃を差し出す。
「アレクスの旦那、さあさ、一杯どうです!」
「レイナの姉御も、ご一緒にいかがです!」
ふたりは、笑って杯を受け取っていた。
その様子をしみじみと眺めながら、
ギルド長が、手にした木杯を傾けつつ俺たちに語り出した。
「……二年前のことだ。」
その声には、潮風のように深い重みがあった。
「ふらりと、見知らぬ戦士がこの街にやってきた。
この街がクラーケンの被害に苦しんでいることを聞いて来た、
と言ってな。
それが――戦士アレクスだった。」
ギルド長は懐かしむように目を細めた。
「当時は荒れていたよ。船は沈み、街は恐怖に包まれ……
誰もが、どうしていいかわからなかった。
そんなときだ。アレクスは、戦える者たちをまとめ上げた。
船乗りも、冒険者も、街の警備隊も、みんな、奴に従った。」
ギルド長は木杯を置き、しみじみと続けた。
「不思議な男だったよ。あれが前に立つと……なぜか皆、動くんだ。
口数は多くないのに、背中ひとつで人を引っ張る。
あれほどの“柱”になれる者は、滅多にいない。」
ギルド長は続ける。
「そして、まもなくクラーケン討伐に乗り出した。」
あとのことは、そちらも聞いているだろう。
あの男は――この街を救ってくれた恩人なんだ。」
翌日。
俺たちは街の人たちに見送られながら、港町オルビアをあとにした。
海風に揺れる旗、笑顔で手を振る子どもたち。
レイナさんは何度も頭を下げ、
アレクスは街の声援に静かに頷いて応えていた。
再び、街道を馬車がゆく。
昨日までの宴の活気とはうってかわり、
森の中の空気はひんやりとしていて、どこか静かだった。
そんな静けさの中、
俺たちは英雄アレクスから、レイナさんとの昔話を聞いた。
「小さい頃のレイナはな……
俺たちの後をついて回るどころか、
ガキ大将だったんだ。
むしろ、俺たちがあいつの後ろをついていってた。」
アレクスはどこか懐かしそうに笑う。
「その頃は、レイナのほうがずっと強かった。
……俺はそんなレイナに憧れて、戦士を目指したんだ。」
となりでレイナさんがむくれて、
「もう、その話はやめてよ……」
と、ほんのり頬を染める。
なんだろう。
最初に聞いていた“英雄を支え続けた幼馴染”ってイメージとは、
ちょっと違う気がする。
ひとしきり笑いながら会話が途切れたあと、
ふとアレクスが俺のほうを向いて尋ねてきた。
「ところで、マイト。
お前がこっちに来る前の世界って、どんなところだったんだ?」
「!?」
その問いに、俺は思わず息をのんだ。
アレクスは、俺たちが“この世界の出身ではない”ことを知っている。
だが、俺はそれを一度も口にしていない。
「……なぜ、俺が別の世界から来たと知っているんです?」
アレクスは躊躇いなく言った。
「直感でわかるんだ。
この世界の人間と……別の世界から来た人間の違いが。」
続けて淡々と続ける。
「俺だけじゃない。この世界の人間は皆、同じように感じている。
そして……“お前たちを守らなければならない”と本能的に思うんだ。」
「はじめて聞きましたよ、そんな話。」
「だろうな。わざわざ口にするやつはいない。
……当たり前のこととして染みついているからな。」
その言葉を聞いた瞬間、
俺の思考は自然と“仕組み”へ向かった。
――この世界の人たちが、俺たち異邦人に妙に親切なのは、
単なる善意や道徳心じゃないのかもしれない。
もっと根本的な、
“そういうふうにできている仕組み”
あるいは“システム的な仕様”なのではないか、と。
馬車の揺れに体を預けながら、
俺はその仮説を静かに反芻した。
答えはまだ出ない。
ただ、何かしらの“意図”が働いている。
そんな直感だけが、妙に確かだった。
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