第23章 SE、目覚める。

俺は、目を見開いた。


視界がぼやけている。

焦点が合ったその先――

泣きながら驚愕の表情を浮かべるレオの顔が見えた。


「……なぜ、レオは、泣いているんだ?」


そう思った次の瞬間、

頬に、強烈な痛みが走った。


「いってぇぇぇぇ!!!」


叫びにもならない声をあげ、床の上を転がる。

頬の奥までジンジンと熱い。


ルナが勢いよく飛び込んできた。

「どけ、レオ!」

杖を構え、回復魔法を唱える。


柔らかな光が俺の身体を包み込む。

頬の痛みが引き、視界が急に鮮明になった。


周囲の景色が見えてくる。

木の天井、石壁、窓の外の夕暮れ――

見覚えがある。


ここは、俺たちの宿。

そして今、俺は――ベッドの脇の床に転がっている。


レオ、リオン、ルナの三人が、俺の身体を抱き起こした。


「気が付いたんだな!」

「よかった……本当によかった!」

「もう二度と起きねぇんじゃねぇかと思ったぞ!」


三人が代わる代わる声をかける。

その言葉に、現実味がじわじわと戻ってくる。


ふと部屋の隅を見ると、

ミカが両手で口を押さえて立っていた。

頬を涙で濡らしながら、声も出せずに震えている。


俺はなんとか笑って見せた。

「……みんな、どういうことだ?」


リオンが静かに答える。

「説明する。聞いてくれ。」


そして、みんなから聞いた顛末は――こうだった。


俺はイノシシ狩りの最中、

木の枝を踏み外し、地面に頭を強く打ちつけたらしい。


回復魔法でなんとか命はつながったものの、

それから三日間、意識が戻らなかった。


その間、ルナが定期的に回復魔法をかけ、

体力の消耗を防いでくれていたという。


「普通なら、数時間で目を覚ますか、

 戻らないならそのまま……死ぬ。

 でも、お前はどっちでもなかった。」


レオが眉をひそめながら言う。


「三日も経ってんのに、呼吸も脈も安定してて、

 それなのに、まったく目を覚まさねぇ。

 ……正直、気が狂いそうだった。」


「それで……?」


レオが頭をかきながら、苦笑した。

「我慢できなくなって……お前の胸倉を掴んで、

 “起きろマイト!!”って叫びながら――殴った。」


それで、ベッドから転げ落ちていたわけか。


俺は思わず口を開けた。

「……グーパンチで?」


「渾身のやつだ。」


「そしたら、俺が起きたと。」


「……ああ。」


レオは、照れたように頬をかいた。


――ひとしおの再会を喜び合ったあと、

冒険者たちはそれぞれ自分の部屋へと戻っていった。


けれど、ミカだけは最後まで帰ろうとしなかった。

「また気を失わないか心配で……」

彼女はそう言って、俺のそばを離れようとしなかった。


ミカのこんな健気な一面を見たのは、初めてだ。


「ミカ、心配かけたな。」

俺はそう言って、ベッドに横たわり、目を閉じた。

いつのまにか、眠りに落ちていた。


穏やかな夜が過ぎ――夜が明けた。


窓の外から光が差し込み、部屋を淡く照らす。

ミカはベッドの脇に寝そべり、静かな寝息を立てていた。

遅くまで、俺の様子を見守ってくれていたのだろう。


俺はミカの小さな肩にそっと毛布を掛け、

ベッドを抜け出した。


朝の光の中で、ふと――ジョーの森に思いを馳せた。


俺は、窓の外に広がる朝焼けを眺めながら、

ゆっくりと考えはじめた。


まず、こう考える。


・ジョーの森は、夢の中の世界であると考えられる。

・この世界へ来たときと、

 あの世界へ行ったときの状況は酷似している。

・つまり、あの世界は、この世界の“子プロセス”――

 この層の中で実行された“サブスレッド”のような存在だ。


プログラム的に言うなら、意識の入れ子構造。

夢の中でさらに夢を見ていたということになる。


これらのことから推測できるのは、

この世界そのものが、

俺が元いた“現実世界”の夢の層であるということだ。


次に、“あの世界”と“この世界”の関係を整理する。


・ジョーの森で過ごしていた間、

 俺はこの世界では意識不明の状態だった。

・とするならば、今この世界で過ごしているこの瞬間――

 元の世界の俺は、同じく意識を失っているはずだ。


つまり、俺は元の世界で死んだわけではない。

ただ、“眠っている”のだ。


俺だけではない。レオたちも同様だ。

皆、元の世界のどこかで、深い眠りについている。


さらに考えを進める。


レオが俺を殴りつけた瞬間、

俺はジョーの森からこの世界へ“戻ってきた”。


すなわち――夢から覚める条件は、

眠っている対象者に強い衝撃を与えること。


なんて単純な理屈だろう。

目覚めとは、

痛覚によって強制的に実行中の夢プロセスを中断する

“割り込み処理”だ。


現実で感じた痛みは、意識の最も深い層まで届く信号。

夢の中でその信号に同期した瞬間――夢は終了する。

つまり“痛み”とは、

夢の終端を知らせるシステムイベントなのだ。


だが、ここでひとつの壁に突き当たる。


俺が元の世界に戻るためには、

元の世界で眠っている“俺”に衝撃を与えなければならない。


しかし――

おそらく、

元の世界の俺は病院のベッドか、

自宅の布団で眠っているはずだ。


誰が、そんな意識不明の人間に

拳を叩きつけようと思うだろう?


誰も、そんな発想には至らない。

誰も、“夢の割り込み”を意識的に起こそうなどと思わない。


そう――この夢の構造そのものが、完璧な防壁なのだ。


つまり、

俺が元の世界に戻れる確率は――限りなく低い。


この事実を、

元の世界の誰かに“伝える”ことができないかぎり。

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