第19章 SE、大イノシシを狩る。

照りつける夏の陽が、森の葉を焼くように白く反射していた。

蝉の声が絶え間なく響き、地面の空気まで震わせている。


今日は“大イノシシ討伐”の共同クエスト。

数が多く、単独パーティでは到底さばけないため、

三組のチームで三方から包囲する作戦だ。

俺たちレンジャー班は、北側の木々の上に登り、

上空から狙撃を担当している。


枝の上に腰を下ろし、弓を構える。

下方の草むらを抜けて、荒々しい鳴き声が響いた。

――もうすぐ来る。


あの日、初めて弓を手に取ってから、

俺は“最適な使い方”を探してきた。

ただ撃つだけじゃない。

この世界で、弓を“最も効果的に扱う”方法を。


俺の手元にある《リンク》。

こいつと弓の融合こそが、答えだった。


まず、弓の威力に関わるステータスを洗い出した。

戦闘力、俊敏性、集中力、運――。

それらを同時に引き上げるプログラムを組み、

《リンク》にインストールした。


プログラム名は――《オーバードライブ》。

限界を一時的に突破する、高負荷の増幅処理。

短時間しか維持できないが、

その間、俺の能力は何倍にも跳ね上がる。


「リンク、《オーバードライブ》起動。」


淡い光が、リンクの画面上を走る。

ローカル関数として組み込んだ音声認識が起動し、

俺の声を待っている。


「リンク、倍化モード。係数、2倍。」


――ピッ。

軽い電子音。

同時に、視界の端に数値が浮かび上がる。


【戦闘力:×2.00】

【俊敏性:×2.00】

【集中力:×2.00】

【運  :×2.00】


体の内部が、静かに熱を帯びた。

血流が速くなり、心拍数が弦の振動とシンクロする。


「……よし。」


森の奥から地鳴りが迫る。

仲間たちの追い込みが始まった。

怒号と吠え声。木々を押し倒しながら、

大イノシシの群れが突進してくる。


俺は矢をつがえ、息を吐き、風を読む。

リンクが反応し、指先にかすかな熱が宿った。

意識を集中すると、

体の中でエネルギーが跳ね上がる感覚が走る。


矢が風を裂き、閃光のように走った。

先頭の巨獣の肩を正確に射抜く。


「よしっ……!」


だが、奴らは止まらない。

矢をつがえ直すたびに、

リンクが脈動し、体の出力がさらに高まっていく。


次弾を放つ。命中。

矢の軌跡が、森を走る光の線となる。


「マイト、左だ!」

レオの声。

俺は体をひねり、同じ枝の上から左側を狙う。


集中が極限まで高まり、思考が透き通る。

世界がスローモーションになる。


弓を引き、放つ。

矢が光線のように走り、巨獣の額を貫いた。


――ドン、と大地が揺れる。

巨体が崩れ、森に静寂が戻った。


「やるじゃねぇか、マイト!」

レオが下から笑う声。


俺は木の上で、弓を見つめた。

まだ名のない弓。

だが、リンクと呼応し、確かに“生きている”感覚があった。


(こいつにも、そろそろ名前を与える時か……)


森の奥から、再び地鳴りが響く。

他のパーティが追い込んでいるはずの方向とは違う――。


「……おかしい。」


風が止まった。

一瞬の静寂のあと、背後の茂みが爆ぜるように揺れた。


「っ――!?」


数匹の大イノシシが突進してくる。

牙をむき、真っ赤な瞳で一直線にこちらを狙っていた。


背後? ――しまった、完全に死角だ!


怒号のような咆哮。

イノシシは勢いをさらに増し、

俺たちの乗っている木の根元へと突っ込んできた。


――ドンッ!!!


衝撃が、幹を下から突き上げた。

木が悲鳴を上げ、激しくしなる。


「うわっ――!」


体が浮く。

枝が手の中から消え、視界が反転する。


青空、木漏れ日、そして――地面。

一瞬、音が消えた。


俺は頭から地面にたたきつけられた。

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