第13章 SE、収穫祭を祝う。

あれから、もう季節がひとつ過ぎた。

森での死闘を終えて、レオたちのパーティーに加わってから

――気づけば、夏が過ぎ、秋になっていた。


いくつものクエストをこなしてきた。

魔物退治、護衛任務、薬草の採取、時には村の修理作業まで。

今ではギルドの中でも、“新人”とは呼ばれなくなっていた。


レンジャーとしての仕事にも、すっかり慣れた。

森を歩けば、食べられる実やキノコを見分けられるようになり、

山道の地形も頭に入っている。


いまでは、スマホのカメラをかざさなくても、

どの植物が安全か感覚でわかるようになった。


それに、ルート案内も不要だ。

どんな険しい山道でも、俺が先導すれば、

レオたちは安心してついてきてくれる。

「マイトがいれば迷わない」とルナが笑う。

その言葉が、ちょっと誇らしかった。


……ただ、戦いのときだけは、まだスマホの力を借りている。

戦況に応じて、自分の戦闘力を一時的に上げたり、

レオの攻撃を強化したり、リオンの詠唱を早めたり。

時には前衛でレオと肩を並べ、時には後方でリオンと支援に回る。


臨機応変――それが、俺の得意分野だった。


思えば、システム開発の現場でも同じだった。

仕様変更、緊急バグ、納期の圧力……完璧な計画なんて存在しない。

その場その場で最善を考え、柔軟に動く。

まるで、今の冒険そのものだ。


やがて、街は収穫祭の準備で活気づいていった。

パンの香りや焼き肉の匂いが漂い、

子どもたちははしゃぎ、大人たちは酒樽を運ぶ。

冒険者たちは――妙にそわそわしていた。


……いや、そわそわの理由は、収穫祭そのものではない。

今年、

初めて開催される“第1回冒険者すもう大会”のせいだった。


ギルドの掲示板には、こんなポスターが張り出されていた。


「優勝者は、レイナさんへのデート申込“第一優先権”を獲得!」


……なんだその権利は。


レオが目を輝かせて言った。

「去年は申込者が殺到して大混乱だったらしい。

 今年はこの大会で順番を決めるんだとさ!」


どうやら昨年、受付嬢レイナさんへのデートの誘いが多すぎて、

ギルド業務が麻痺するほどの騒ぎになったらしい。

その結果、“力で順番を決める”という、

わけのわからないルールが生まれたというわけだ。


冒険者はみなバカなのか?


「デートの誘いなら、もっとスマートなやり方があるだろ……」

思わずため息をつく俺。


とはいえ、

結局うちのパーティーも当然のように全員参戦することになった。


収穫祭当日。


街の中央広場には、巨大な円形の土俵が特設されていた。

木製の観覧席はすでに満席で、屋台では焼き肉と酒の香りが立ちのぼる。

子どもたちは旗を振ってはしゃぎ、まるでお祭り騒ぎだった。


ルールは単純。

トーナメント方式で、相手を投げ飛ばしたら勝ち。

使用できるのは己の肉体と魔法のみ。

武器や防具、魔道具の使用は禁止――


魔道具は禁止!?


「つまり俺、詰んでいる?」

土俵の端で腰を下ろしながら、思わずため息が漏れる。

スマホなしでは、ただの戦闘力5の村人である。


しかも、恰好はパンツ一丁。

冒険者たちの鍛え上げられた体が並ぶ中で、

ひとりだけ貧相なオフィスワーカーが混じっているのだから、

悲惨な絵面だ。


レオは腕を組んで豪快に笑った。

「ハハハ! たまには魔道具抜きで戦うのも悪くないだろ!」


やがて、ギルドマスターの合図とともに大会が始まった。

太鼓の音が鳴り響き、冒険者たちの熱気が一気に高まる。


結果から言おう。俺とルナは、見事に初戦敗退だった。


俺は相手に軽く肩を押された瞬間に吹っ飛び、

ルナは――「メラ!」と詠唱の最中に突き飛ばされ、

そのまま場外。


俺たちを尻目に、観客席は大盛り上がり。

ギルドの仲間たちは酒を片手に声を上げ、

まるで祭り全体が一つの芝居のように進んでいく。


そして――第1トーナメント最終試合。


「次は……戦士レオ 対 僧侶リオン、か!」


まさかの、うちのパーティー同士の対決だった。


「こりゃあ見ものだぞ!」と周囲がざわつく中、

レオは上半身を叩いて気合を入れ、

リオンは静かに土俵に上がった。


「レオの圧勝だろうな」とルナがつぶやく。

俺も同感だった。


だが、何かがおかしい。

リオンの顔から、いつもの穏やかな笑みが消えている。

戦闘以外で真顔の彼を見るのは初めてだった。


太鼓が鳴る。観客の息が止まる。


次の瞬間――


「バイキルト!」


リオンは声高らかに詠唱を始めた。

「バイキルト! バイキルト! バイキルト!」


攻撃力増強魔法だ!


連発、連発、さらに連発。


みるみるうちにリオンの体が膨れ上がり、

細かった腕が鋼のように太くなっていく。


「な、なんだあれ……!?」観客席がざわめいた。


俺は慌ててスマホを取り出し、リオンをスキャンする。

戦闘力が、2倍、3倍……まだ上がってる。


「バイキルト! バイキルト!! バイキルト!!!」

4倍、5倍、そして10倍!


「リオン、やりすぎだ! 体がもたない!」

叫ぶ俺の声も届かない。


もはや僧侶というより、悪魔神官のようだった。

全身からオーラが噴き出し、砂埃が渦を巻く。


「な、なんだこの気配は……!? あれ本当にリオンか!?」

レオが一歩後ずさった。

土俵の上で、静かな狂気が爆ぜる。


次の瞬間、両者が同時に突っ込んだ。


「うおおおおおっ!!」「せいやあああっ!!」


地鳴りのような衝突音。土煙が舞い上がり、

歓声と悲鳴が入り混じる。


レオの剛腕とリオンの膨れ上がった筋肉がぶつかり合う。

どちらも一歩も譲らない。


だが、次第にリオンの呼吸が荒くなっていった。

オーラが弱まり、数値が下がっていく。


「くっ……やはり……連続詠唱の反動が……!」


膝が揺らいだその瞬間、レオが踏み込む。

渾身の体当たり

――そしてリオンは吹き飛び、土俵の外へ。


「勝負ありっ!! 勝者、レオ!!!」


広場が歓声に包まれた。

レオは息を切らしながらリオンに手を差し伸べ、

リオンは、―よほど本気だったのだろう―、

大泣きで顔をしかめながらその手を取った。


俺たちは笑いながら拍手を送った。

だが、その死闘の代償は大きく、

レオは想定以上の体力消耗で次戦は即時敗退。


結局、

優勝したのはギルド最強と名高い、別のパーティの某戦士だった。


すもう大会が終わり、いよいよ――“本番”の時間がやってきた。


「これより、

 受付嬢レイナさんへのデート申し込みタイムを開始する!」


ギルドマスターの声に、広場がどよめく。


勝者・敗者を問わず、冒険者たちは全員おしゃれをして列をなしていた。

革鎧の上に羽織を着る者、

髪をワックスで固める者、

花を持参する者までいる。


先頭には優勝者の某戦士。

その後ろに、

レオ、リオン、ルナ、

そして最後尾に俺が並んでいた。


リオンは白金のローブをまとい、まるで最高神官。

レオは髪を整え、無駄に胸元をはだけている。

ルナは手鏡で髪の毛を何度も整えていた。

俺は、ビジネススーツにネクタイで。

みんな、戦いのときより真剣な顔をしている。


そして――先頭の某戦士の番が来た。

「レイナさん、今日という日を、ぜひご一緒に!」


だが、レイナさんは間髪を入れずに微笑み、

「ごめんなさい。」


美しいが、どこまでも非情な一言だった。


その後も挑戦者が続く。

「俺とパンケーキを!」「花火を!」「ディナーを!」

返ってくるのは、変わらぬ一言。


「ごめんなさい。」


レオも「お、俺は強いぞ!」と謎のアピールをしたが、

「ごめんなさい。」


リオンは祈るように一礼したが、

「ごめんなさい。」


ルナは魔法で花束を出して渡そうとしたが、

「ごめんなさい。」


もはや誰もが悟っていた。

これは戦いではない。――試練だ。


そして、ついに俺の番が来た。


さすがのレイナさんも、少し疲労の色を見せていたが、笑顔は崩れない。

俺はぎこちなく頭を下げた。


「よろ――」


「ごめんなさい!」


かなり食い気味の即答であった。


その瞬間、周囲がどっと笑いに包まれた。

もう誰もが結果を悟っていたのだ。


こうして、今年の“レイナ争奪戦”は――全員敗退で幕を閉じた。


その後、冒険者たちはそのまま酒場へ流れ込み、

“傷心会”と称して夜更けまで大騒ぎになった。


「来年こそは!」「いや、もう結婚してるに違いない!」「レイナ様~!」


笑い声と歌声、ぶつかるジョッキの音。

やけ酒というより、まるで打ち上げのような賑やかさだった。


俺はその光景を眺めながら、ふと気づいた。


――冒険者たちは、バカなのではない。

結局、バカ騒ぎが大好きなだけなのだ。


そう思うと、なぜか少しだけ、胸の奥が温かくなった。

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