第34話
これは間違いなく面倒な事になる。
俺は素早く扉の陰に身を隠した。
スマートフォンをポケットから取り出して、アプリを起動すると、グループメッセージで連絡を入れる。
『なんか賑わってるみたいだし、昼飯を一緒に食べるのは明日にしよう』
送信をタップして、俺はそそくさとスマートフォンをポケットへねじ込む。
面倒なことになる前に撤退しようと体の向きを変えた時――袖口に違和感を覚えた。
何やら引っ張られているような、そんな感覚。
嫌な予感に背筋を汗で濡らしながら、俺は引かれている先へ恐る恐る視線を向けた。
翔子と――目が合う。
扉の陰。教室側から手を伸ばし、翔子は扉の裏側にいた俺のことを掴んでいた。
翔子の表情は意地の悪そうな、何かを企んでいそうな笑みを浮かべている。
あぁ、もうダメだな――と諦めていると、翔子は俺のいる廊下側へやってきて、耳元に小声で囁く。
「面倒くさい先輩に捕まっちゃったんだよね~。亮平だけ逃がさないよ?」
なるほど。翔子も先輩のペースに噛み合わず苦労しているらしい。
それなら、仕方ないな。
唯一あの先輩に対抗出来そうな翔子がお手上げなのなら、放っておくことはできない。
俺は覚悟を決め、翔子に促されるまま教室にいる女子の集団へ足を向けた。
***
「これで噂の三人が勢揃いね」
対面の席に座り学食のラーメンを啜る園原先輩を前に、俺は黙々とカレーを頬張っていた。
俺の両サイドには里香と翔子がそれぞれ腰掛けている。
二人とも昼食は同じ、チキンがメインに添えられたランチセットを食べていた。
学校の食堂。相変わらずの賑わいだが、この場の空気だけは幾分かピリついていた。
普段なら場の空気を読んで会話を回す翔子が、敢えて黙々と箸を動かしているため、会話らしい会話が無い。
里香はどうしてよいか分からず、オドオドと俺たちと先輩の様子をチラチラと窺っている。
辺りの生徒からの視線もかなり気になるが、今必要なのは園原先輩への対処だ。
新聞部という厄介な肩書きがある以上、ロクなことにはならないのは目に見えている。
しばらく、互いに無言の時間が続く。
こちらから何かを話すつもりはなかった。
園原先輩は俺たちをまじまじと見つめている。
……そして、コクリと頷いた。
「噂通りの美男美女って感じね」
里香と翔子が美女なのは揺るぎない事実だが、俺にお世辞を言ってくるあたり、何か思惑があるのが見え透いている。
被害が俺だけならまだしも、今日の一連の流れを見る限り、里香と翔子も巻き込まれる可能性がある。それだけは避けたい。
「……俺たちに何の用事ですか?」
先輩に敬意は払いたいところだが、状況が不明瞭な以上、対応には慎重にならざるを得ないし、歳下だからと、ナメられるのも後が怖い。
その結果、ぶっきらぼうな口調で、俺は言った。
園原先輩はそんな俺の態度など気にした様子もなく、僅かに笑みを浮かべながら俺たち三人を順に眺め、口を開く。
「そんなに警戒しないでよ。大丈夫、三人を不愉快にさせるようなことは“できるだけ”しないからさ」
「――できるだけ、ですか。不快にさせないとは言い切らないんですね?」
「感じ方は人それぞれだからね。言い切ることはできないかな」
面倒ごとになる未来はほぼ確実。彼女からの言い回しからそれは察せられた。
油断はできない。
気を引き締めて対応しないと、余計に騒動が大きくなる――そんな気がしてしまう。
俺が覚悟を決めて隣の翔子へ目配せをすると、彼女も先輩の言い回しに危険を察したのだろうか。真剣な表情で小さく頷き返してきた。
里香は……初めから頼りにはしていない。心理戦には向かないタイプで、すぐ表情に出る。
むしろボロや弱みを見せないよう、先輩の興味が里香に向かないように立ち回る必要があるだろう。
俺がカレーを口へ運びながら昼休みの残り時間を意識していると、園原先輩は箸を置き、姿勢を正した。
「時間もないし、本題ね。私たち新聞部は毎年この時期、有望な一年生を紹介する記事を書いているの。その目的は部員集めを始めるこの時期において、新入生の情報は需要があるから。
各部活は私たちの記事を見て優先的に勧誘をしているみたいだけど――」
一度水で口を湿らせ、言葉を続ける。
「貴方たちをね、その記事で取り上げたいのよ。できれば大きく。そうね、今年の最注目枠で扱いたいわ」
三人を順に見つめ、園原先輩は視線を鋭くした。
先ほどまでとは異なる大人びた雰囲気に、俺は思わず息をのむ。
しかし、はいそうですかと受け入れるわけにはいかない。
里香と翔子を晒し者にされるのは御免だ。
「なるほど。お話は理解しました。けど、すみませんがお断りします」
「……ふーん。そっか」
即答に、先輩は生返事をしつつ値踏みするような視線を向ける。
心の内を覗こうとしてくるような、嫌な目つきだ。
「目立たせるのが怖い? ガールフレンドを」
「……仰っている意味が分かりませんが」
「ふふっ。可愛いもんね、二人とも。目立ってモテちゃうと、君としては複雑だよね?」
痛いところを突いてくる。
表情には出していないつもりだが、こちらの懸念を見透かすような確信めいた声音だ。
実際、男子に絡まれて二人に嫌な思いをさせるのは避けたい。
数秒考え、俺は答えた。
「……そうですね。なので改めて言いますが、この話はお断りします」
誤魔化さず、肯定した上ではっきり断る。
これで終われば、先輩と関わることもないだろう。
少し強めの口調にはなったが、必要なことだ。
食べ終えたカレー皿を退かし、台ふきんで周囲を拭いて、二人に目配せして席を立とうとした――その時。
「じゃあさ。貴方“単体”の記事ならどう?」
その言葉を理解するまで数秒かかった。
腰を上げた半端な姿勢のまま、俺は先輩の顔を見つめて固まる。
ゆっくりと、言われた意味を理解していく。
「は?」
思わず声が漏れた。
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