第25話

「やっぱりめんどくさいよな」

「あぁ。めんどいな」


 木戸と二人、学校のグラウンドに並び立ち、空を見上げながら黄昏る。

 雲ひとつない青空。

 多少肌寒さは感じるものの、気持ちの良い風も吹いており、体を動かすにはちょうど良い天候だ。


 時刻は授業的にはちょうど二限目が始まる頃合いだった。

 昨日連絡されていた通りに登校後のホームルームが終わると、体力テストのため一年生は二クラスずつ順番に更衣室で着替えをした。


 おこなわれる測定競技はいくつかあるが、主に体育館で行われる競技と、グラウンドで行われる競技に区分されているようだ。

 グラウンドの競技は、測定するのに広さが必要な走力系や投擲系など。体育館は省スペースで測定可能な、握力測定や腹筋などである。


 一学年全体となるとさすがに混雑するため、男子は先にグラウンドを、女子は体育館でおこなえる競技を測定するとのことだった。


 そのため、この場にいるのは男のみである。

 女子にカッコいい所を見せたかったであろう、連中が途端にやる気を無くしているのが目に見えて分かった。


 俺たちも同様にやる気なくダラけているのだが、こちらは動くのが面倒くさいだけだ。ただ、似たような人がたくさんいるので、悪目立ちはしていなかった。

「「めんどいなぁ」」


「二人も、まだそんなこと言ってるの……」


 後ろからの声に振り向くと、呆れ顔で俺たちを見ている楓の姿があった。

 背丈に合っていない大きなサイズのジャージを身にまとう姿は、同い年にも関わらず子供っぽさを感じてしまう。

 袖のところなんてブカブカ過ぎて、小さな子がやるお化けの真似みたいになってるし……。


「楓。そんな服装だと怪我するぞ。ちゃんと袖と……あと裾もちゃんと折っておきな」

 自分の着ているジャージの袖を指差しながら指摘をすると、楓はパチクリと数度瞬きをした後、いそいそと袖をまくる。

 その表情は若干赤い。


「ごほん! ちゃんとやる気出して! 適当にやってると怪我しちゃうよ!」

 照れた表情のまま、こちらに注意してくる様子は非常に尊い。

 そんな馬鹿げたことを考えながら三人で雑談をしていると、どうやら我がクラスの最初に測定する競技が決まったのか、教師がやってきて測定方法などの案内が始まる。

 生徒の人数が人数なので、どう割り振りをして動かすか、教師陣も思案に暮れる様子だった。その結果の待ち時間だったのだが、できれば先に決めておいて欲しかったものだ。


 さて、教師からの説明によると、まずは五〇メートル走。そこからは用紙に書いてある項目を上から順番にやっていくよう、とのこと。

 基本は各クラスでペアを作り、相方の記録を付けていくスタイル。何かあれば見回りをしている教師に報告、といった具合だ。


 ペアを作れと言われた際、木戸と楓が組んだら、俺は誰と組もうか、と考えたが、どうやら三人ペアでも良いらしく、せっかくならと俺は木戸と楓の三人でペアを組んだ。


「さて、トップバッターは誰がいく?」

「そりゃ、出席番号順だろ?」

「異議なーし!」


 俺の問いに、ニヤつきながら木戸が提案し、楓が乗っかる。

 出席番号というと、つまりは座席順と一緒ということか。


「……つまり俺ってことね」

「そゆこと」

「頑張ってね!」

木戸に背中を押されながら、俺はスタートラインへ向かう。

 五十メートル走のために引かれたレーンは五本あった。最初にスタートをやりたがる人はなかなかいないのか、俺以外の四人が決まるのには時間がかかる。


「おーし、揃ったな。スタートはミスがないように先生が見るぞ! 測定係の人、ちゃんとタイムを見るように!」


 やっとのことで、最初の五人が決まる。

 そのあいだ待ちぼうけをくらった俺は手持ち無沙汰だったので辛かった。

 教師の一人がスタートライン側に立ち、手に持っていた旗を上げる。


「位置について、よーい――ドン!」


 旗が振り降ろされた瞬間、俺たち五人は一斉に地面を蹴り出す。

 風の抵抗を感じながらも、できるだけ意識的に手足を振り、リズムを徐々に上げていく。

 走り出してしまうと、思っていた以上に五十メートルは短かった。体が温まり、調子が出始める頃にはもう既にゴールのラインを越えていた。


 自分の前を走る背中は、ゴールにたどり着くまでに一度も見ていない。

 他の人はどんなものかと振り向くと、少し遅れてゴールをした同級生の姿が見て取れた。


「おー! 良いタイムだ」

 木戸がストップウォッチを手にしながら呟くと、隣で呆然としていた楓がわれに帰った様子で、その手を覗き込んだ。

「うわ! 早っ……」

 どうやら良いタイムが出ていたようだ。ひとまず、自分の体が衰えていなかったことに安堵を覚えた。


***


 グラウンドでの計測を終えた俺たちは、女子と入れ替わるように体育館へと向かう。

 辺りには同様に測定を終えたクラスメイトが、いくつかのグループを形成している姿があった。

 開始前はやる気の無さそうな生徒が多かったが、いざ始まってみると皆そこそこ測定を楽しんでいる様子で、会話も弾んでいるようだった。


 五十メートル走の後は、ハンドボール投げや立ち幅跳びなど、一回当たりの測定に時間を要する競技がなかったため、基本的には待ち時間が多い。

 幸いなのは一番時間がかかり、尚且つ疲れる長距離走が後日体育の授業で行われるとのことで、今日は行われなかった点だろう。

 予定より体力を使わずにここまで終えることができたので、気分はよかった。

 この調子なら帰宅後に家事や勉強をする体力も残せそうだ。


 ふと隣を歩く二人に視線を向けた。

 心なしか足取りが軽い楓に、盛大に欠伸をしている木戸。


 運動音痴を気にしていた楓は、たしかに同学年の生徒と比較してしまうと平均値を下回る結果となっていたが、それでも本人にとっては十分な結果だったらしく、一つ一つの競技結果が出るたびに嬉しそうにしていたのが印象的だった。

 一方、木戸はというと――。


「二人とも凄いよね! 五十メートル走もすごく早かったし、他の競技でも学年内では敵なしだったよ!」


 楓のキラキラとした視線が、俺と木戸へ交互に向けられる。

 木戸も俺に負けず劣らず……どころか五十メートル走では辛うじて勝てたが、他の競技では彼の方が良い結果を出していた。

 地味に悔しい。

 一方、楓の言う通り木戸を除くと、俺は他の生徒よりも好成績を残すことが出来ていた。

 どうやら運動神経に関しては田舎暮らしのため、外で遊んで過ごしていた経験が生きたらしい。

 

「まぁ勉強が苦手な分、ある程度体を動かすのが得意なだけだよ」

「あれだけ運動できるなら……勉強が多少苦手だったとしても仕方ないかも」

 実際に勉強に関しては受験前の付け焼刃でしかまともにやってこなかったので、校内では劣っている認識だ。

 楓は苦笑をしながら、どこか羨むように俺の測定記録を見ていた。


「次は、握力測定だよね。やっぱり自信ないなぁ」

 不安げな表情で、楓は両手のひらを握って開いてを繰り返す。

 実際小枝のように細い楓の指は、同じ男としては不安になるレベルではある。

 腕も細く本当に女子のようなので、楓が自信がないというのも頷けてしまう。


 これ、マジで里香や翔子と変わらないんじゃないか?

 などと考えていると、見知った顔を視界の端で捉えた。

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