第12話
退屈だった入学式をどうにか乗り越え、新入生はようやく教室へ戻ることを許された。
五十音順で整列して移動した時点で嫌な予感はしていたが、入学式でも最前列に座らされてしまったため、姿勢を正して話を聞き続ける羽目になったのは地味に辛い。
せめて目立たない席なら、こっそり目を閉じるくらいはできただろうに。
「今後の行事も、ずっと俺が先頭か……」
「残念だったな! 俺たちは後ろで思う存分居眠りしてやるよ。クラス代表にでもなったつもりで優等生しといてくれ」
愉快そうに笑う木戸へ、俺は恨みを込めた視線を送る。
「今度担任にチクっとくか。木戸は居眠りする気満々です、って」
冗談めかして言うと、木戸は目を見開いて慌てだした。
「やめろやめろ。そんなこと言われたら、教室でも気軽に寝れなくなる! ただでさえお前より教壇に近い席で悪目立ちしてんのに、さらに警戒されるだろ」
「授業中も寝るつもりだったのかよ……俺と同じ最前列だぞ。絶対ムリだって」
教室に戻って早々、俺たちは軽口を交わした。
まだ大して話してはいないが、それでも彼の人柄がある程度わかってきている。
木戸は多少無遠慮だが、冗談の通じるやつだ。
今も軽薄そうな笑みを浮かべているが、多分きっと恐らく――良い人という判断を間違えてはいないだろう。
耳を澄ませば、教室中からも弛緩した空気が漂ってくる。
入学式前よりも声が弾んでいて、楽しそうな会話があちこちで飛び交っていた。
幸い、初日からヤンチャしそうな人は見当たらず、生徒の質は予想通り良好らしい。
「ねえ、前の二人かっこよくない?」
「分かる……私、席近いし仲良くなりたい……」
後方から聞こえてくる女子の声。
本人たちは抑えているつもりなのだろうが、教室のざわめきに引っ張られてるのか、小声になっておらず丸聞こえだ。
入学式の移動中からも、木戸の容姿を褒める声は何度か聞こえていた。
ついでに何故か俺まで褒められていて、正直むず痒くて仕方がない。
「なんか木戸と一緒にいると、俺までイケメン扱いされるんだが?」
「いや、だからお前が普通にモテる顔してるだけだって」
「お前……俺を褒めても何も出てこないぞ? そもそも田舎もんが急にモテるかっての」
「いやいや……容姿に田舎とか都会とか関係ねえだろ……」
木戸は呆れたように首を横に振りながら、「差が出るとしたらファッションくらいだろ。でも制服なら関係ないしな」とかもっともらしいことを言う。
「……はあ。イケメン許すまじ」
「それ、お前も対象だからな」
小声で呟いた恨み言に、木戸は即座に返す。そしてふと思い出したように口を開いた。
「そういや、田舎って言ってるけど、飯島って地元がこの辺じゃないんだっけ?」
「ああ。だから友達作りも一苦労だよ」
「なるほど……よかったな。俺が話しかけてやって」
「自分で言うな、自分で」
こっちは気疲れしてるというのに、誇らしげに言ってくるのがなんとも腹立つ。
……まあ、本心ではありがたいと思っているんだが、素直に言う気にはならない。
「でもお前なら、俺以外にもすぐ友達できるだろ。そのうち彼女もできるだろうし」
「何を根拠に言ってるんだ……?」
そのあとも、たわいない話で盛り上がった。
地元以外の同世代と話すのは初めてで、ただの会話がやけに楽しい。
話題の選び方も都会っぽい気がするし、なんだか新鮮に感じられた。
そんな発見や驚きを胸の奥に押し込みながら取り繕っていると、教室の戸が開き、このクラスの担任である男性教師が意気揚々と入室してくる。
ホームルームが始まり、高校生としての心構えや規律についてひと通り説明を受けたあと、席順に自己紹介をすることになった。
「名前と出身中学、それから趣味くらいは最低限言ってくれー」
無難に済ませようと、指示に沿って自己紹介する。
出身中学は誰も知らないだろうから、ついでに出身地も添えた。……この自己紹介が吉と出るか凶と出るか。
もちろん、親元を離れているなんて言えるはずもない。
一人暮らしだと思われて家に来たいなんて言われたら――想像するだけで寒気がした。
余計な面倒は極力避けるに限る。
全員の紹介が終わると、今日の予定は終了。教材を購入した生徒から帰宅してよいとのことだった。
案内を兼ねるのか、理科室や家庭科室などの特別教室を巡りながら、教材や備品を買い揃えていく。
やはりというべきか、木戸にはあちこちから黄色い声が飛んでいた。
当人はまったく気にした素振りを見せないので、揶揄う隙すらない。
ついでに自分まで少し褒められ、なんとなく釈然としない気分のまま買い物を終えると、学校を出た頃には昼を少し過ぎていた。
木戸から昼飯に誘われたが、丁重に断った。
初日の疲れもあるし、家の冷蔵庫が空っぽなので買い出しが必須だったからだ。
校門で別れ、帰り道でスマホを取り出す。
二人に帰る旨を伝えてから、『買い物するけど、夜ご飯何がいい?』と打ち込んだ。
そういえば家事分担の話、まだしてなかったな……。
だが、実質しばらくは俺か翔子のどちらかが料理をするだろうし、とくに問題はないだろう。
早めに返事が返ってくることを祈りつつ、俺は送信ボタンをタップした。
メッセージが送られ、数秒ほどで既読マークがついたかと思えば、すぐさま返答が画面に表示される。
『合流する』
その返答に『了解』と送り、スマホを閉じる。
幸いというべきか、買い物に行く予定のスーパーは、マンションを挟んで学校とは真逆の方向にある。これなら学校の連中に遭遇する可能性も低いだろう。
途中で一度マンションへ寄り、パンパンの鞄を置いてから再び外へ出る。
数分ほど歩くと、目的のスーパーマーケットが視界に入った。もちろん、二人の姿はまだない。
先に入るのも気が引け、俺は入口近くの端に立ち、ぼんやりと街を眺めながら二人の到着を待った。
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