第20章 — 断ち切ろうとする意志
その明け方のアスファルトは、
まるで“呼吸”しているようだった。
リョクは速度を上げすぎていた。
エンジン音が、思考があったはずの空白をすべて埋め尽くす。
ミカとの遭遇は、胸の奥に酸のような重みを残した。
まだ残っている“人間らしさ”が、
飲み込まれまいと必死にもがいている。
あの存在はそれに気づいた。
そして――気に入らなかった。
「……迷ったな。」
声は爆発寸前のエンジンのように震える。
「迷いは腐食だ。俺を遅らせる。」
リョクはハンドルを握りしめ、
指先が白くなるほど力を込めた。
「もう……誰も傷つけたくない。」
悪魔じみた笑いが、空気を裂いた。
「傷つけたいさ。
でなきゃ、落ちたあの瞬間……
お前は俺を“呼ばなかった”。」
急ブレーキ。
車が滑り、90度回転し、横向きに道路へ止まる。
リョクは深く息を吸い、車を降りる。
ヘッドライトだけが照らす空の道路を見つめ、呟いた。
「……終わらせよう。」
「ほう……?」
存在は楽しそうに震えた。
「契約を切りたい? 幼い。そんな仕組みじゃない。」
リョクは目を閉じ、
全力で“追い出そう”とした。
身体の奥から、目に見えない重りを押し出すように。
両親の顔。
タケダの声。
ミカの涙。
奪われた記憶。
死んでいった人たち。
自分より先に伸びる影。
それらすべてを思い浮かべて――
押し出した。
押し出した。
押し出した、全力で。
その瞬間。
ほんの一瞬だけ。
存在が――退いた。
空気が温かくなる。
影が消える。
静寂が、かすかに“戻る”。
リョクは目を開けた。
道路は空っぽだった。
煙もない。
声もない。
気配すらない。
「……できた……?」
信じられない息が漏れる。
だが次の瞬間、
車のダッシュボードが勝手に点滅した。
フロントガラスに、
突然“ひび”が走る。
まるで、
笑っている口のように。
あの声が戻った。
以前より深く、
以前より近く、
まるで心臓の中に潜んでいたかのように。
「お前は……
もう“自分の魂”を持っていると思ったのか?」
温度が落ちる。
影が伸びる。
リョクは叫んだ。
恐怖ではなく——怒りで。
存在は彼の首元に腕を回すように、
冷たい気配で覆いかぶさった。
「いい試みだった。
少しだけ感心した。
だが次にやれば……もっと大きなものを奪う。
本当に“大事なもの”をな。」
その直後、
ひとつの記憶が爆発し、
そのまま消えた。
——ミカと最後に交わした“本音の会話”。
リョクは道路に膝をつき、
息ができず、
世界が傾いた。
最後に、あの声が囁いた。
「走れ。
道はまだ続く。
お前には……もう戻る場所がない。」
そして“微細な変化”が現れた。
リョクの肩から伸びた影が――
“人間にはありえない長さの腕の形”をしていた。
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