第6章 — ライバル

ゾーン・モルタ(死区)は、古いガソリンと破れた約束の臭いがした。

捕食者のように並ぶ車たち。

数字、酒、賭け声が飛び交い、赤いライトがアスファルトに傷のような影を落とす。


リョクがオンボロ車で到着すると、

エンジンは不安に脈打つ心臓のようだった。

何人かは笑い、何人かは囁く。

だが、その中で一人だけは“見る”だけだった。


若いレーサー。締まった体。鋭い目。

ヘルメットを腕に抱え、近づいてくる。

「こいつが噂の天才か?」

彼は言った。

「動く棺桶に乗ってるらしいじゃねえか。」


リョクは返さない。


ライバルは口元を歪める。

「俺の名前はカイゼン。本物の車がどう走るか教えてやるよ。」


その傲慢さは、リョクの奥深くまで響いた。

遅れてきた救急車の記憶が、平手打ちのようによみがえる。

屈辱の重さが、血を手の中へ押し込み、

まだ運転していないのにハンドルを掴むように指先が固くなる。


スタート前、カイゼンは屈み込み、低い声で囁く。

「泣くなよ。俺がお前をホコリまみれに置いていってもな。

 ――孤児くん。」


その一言は、どんな刃より深く切り裂いた。


リョクは怒りを飲み込むが、

自分の呼吸の裏側が黒く濁るのを感じた。


レースが始まる。

車が一斉に咆哮を上げる。

風が涙を奪う――恐怖ではない涙を。


カイゼンはすぐにトップへ躍り出る。

残酷なほど正確にカーブを支配しながら、

余裕すら漂わせて進む。


リョクも追おうとするが、

古びたエンジンは悲鳴を上げ、震え、

そして今にも止まりそうだった。


ゴールラインを最下位で越えた瞬間、

周囲から笑い声が爆ぜる。


カイゼンはゆっくりリョクの横を通り、

ボンネットを軽く叩きながら言った。

「次は頑張れよ、坊主。

 ――まあ、勇気があればの話だが。」


屈辱は骨の中にガソリンのように燃え上がる。


そして――

ルームミラーの奥で、

リョクの背後の影が細く、長く、かすかに動いた。


カイゼンの笑い声が、

もっと深い“何か”を目覚めさせたかのように。

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