第2話 出会い②―首を探す幽霊
沖田が雫をある場所へと導いた。
「三条大橋?」
橋の横にあるコーヒーショップの前に立ち、雫は首を傾げた。日本人も外国人も観光客が多く、雫の独り言は誰の耳にも入らない。沖田と共に鴨川の方に降りる。
「昔、この辺りは三条河原って呼ばれる刑場でさ。処刑や処刑後の晒し首が行われていたんだ」
「へえ……」
橙色に染まりつつある河川敷に等間隔にカップルが並んでいるのを見ながら、雫は頬を引きつらせた。何度か京都には来ているが、ここが処刑場だったなんて考えたこともなかった。
「それで、ここに来たってことは、誰かがここで処刑された?」
沖田は力なく首を振る。
「処刑されたのは江戸……ええと、今の東京の板橋刑場なんだけど。ここに首だけ運ばれて晒し首にされたらしいんだ」
沖田が雫の方に向き直り、真剣な表情で言った。
「神代さん。お願いがある。俺と一緒に、あの人の首を……近藤さんの首を探して欲しい」
近藤さん、と雫は繰り返す。沖田が言う近藤が、局長の近藤勇であることを理解したからだ。だが、沖田総司が病で死んだ以外の新選組のことはほとんど知らない。近藤の首、というからには首を斬られたのだろうと予想する。
「ええと……私、新選組については詳しくなくて……どういうことか聞いてもいいですか?」
「そうだね……まず、新選組ってどういう組織っていう理解?」
「京で悪い人たちを取り締まる……集団……?」
「あはは、集団ね。最初は会津藩配下の組織で、その後幕臣に取り立てられてるんだよ」
「幕臣? 徳川幕府配下の組織だったんですか? 知らなかった……」
沖田が笑って、話し出した。
「俺たちが『新選組』って京で名乗れてたのってほんの数年で……うん、楽しかった日々ってあっと言う間なんだなって、今でも思う」
慶応四年一月。鳥羽での発砲をきっかけに鳥羽伏見の戦いが始まる。鳥羽伏見の戦いの最中、薩長軍が朝廷軍の証である錦の御旗を掲げたことで、幕府軍は賊軍になった。官軍相手に戦う気はないと戦意喪失する兵が多く、幕府軍は瓦解。新選組が大坂城まで撤退した時には、総大将の徳川慶喜は既に江戸へと帰還してしまっていたという。
「まあ、俺も大坂にいたから、聞いた話なんだけど」
「大阪に? どうして? 一緒に戦ってたんじゃ……」
「病気でちょっとね」
その頃には、既に沖田は病を発症していたのだと気が付く。皆と戦うことができないほど、病は進行していたのだ。雫は話を変えることにした。
「官軍と賊軍の意味はわかります。朝廷の敵ってことですよね。それでも、降参しなかったんですか?」
「うん。幕府の偉い人たちは、まだ戦い続ける新選組を厄介に思ってたみたいだけど」
沖田は少し考えて、こう言った。
「きっと、もう幕府とかそういうのは関係なかったんだ」
雫は首を傾げた。どういうことだろう。幕府の関係者で、幕府はなくなってしまって、偉い人たちにも厄介者扱いされて。それでも、彼らが戦い続けた理由がわからない。沖田はそれ以上何も言わなかった。
「そして、近藤さんを囮にして、土方さんは一人で北に逃げた。箱館で死んだらしいけど」
皮肉を込めて笑ってから、溜め息を吐く。
「囮って……」
「鳥羽伏見の戦いで負けて、江戸に戻らざるを得なくなった。それから会津の方に行こうってことになったけど、途中の流山にいた時に新政府軍に囲まれて、近藤さんは投降した。一人でね。土方さんもその場にいたはずなんだ」
沖田は言葉を探しているようだった。少し間をあけて続ける。
「……土方さんは、いつだってその頭脳を持って難しい局面を切り抜けてきた。なのに、近藤さんは囮にせざるを得なかった。……一体、どんな気持ちだったんだろうね」
「……」
雫は相槌を打つこともできず、ただ黙り込んでいた。
「結局、近藤さんは板橋に連行される。土方さんは近藤さんの助命嘆願書を集めて回ったけど、結局それも意味はなくて、近藤さんは板橋刑場で斬首される。武士としてじゃなく、罪人として処刑されたんだ」
「武士としてじゃなく?」
雫が問うと、沖田は隣に目を向ける。
「切腹って知らない? 武士の責任の取り方なんだけど」
「あ、知ってます。武士の処刑は切腹、ってことですか?」
「処刑ではないんだけど。切腹ってね、名誉は保証されてるんだよ。『切腹を許す』って言って、ちゃんと場を整える。切腹は名誉の死なんだ」
「名誉の死……?」
雫が呟く。『死』に何の違いがあるのかわからなかった。
「でも」
沖田がぐっと拳を握った。
「でも! 近藤さんはそうじゃなかった! 罪人と同じように首を落とされた! その首も、ここに罪人として晒された! どうして!? 僕たちが京でやってきたことは何だったんだ!?」
声を震わせる。日が暮れてきて、隣の表情もほとんど見えない程だった。今、沖田がどんな顔をしているかはわからない。
名誉の死ではない。死の違いはわからないけれど、きっと、武士にとってはよくない死に方なのだろうと雫は理解した。だって、沖田が泣きそうな声で叫んでいる。彼ら新選組にとってはとても悔しく、やりきれない気持ちが残るものだったのだろう。だから、幽霊になっている。
しばしの沈黙。
「……近藤さんの首は、誰かが持ち去ってしまったらしい」
沖田が呟く。
「探して、どうするんですか?」
雫が問いかけた。
「ちゃんと、供養してほしい。それに、見つけられたら、俺も成仏できる気がする」
「それが、沖田さんの未練ですか?」
「そう」
沖田が力なく笑った。
「沖田総司は、近藤勇と一緒じゃないとだめなんだ」
その言葉の意味はわからなかった。ただ、沖田にとって近藤はとても大切な人なのだということは理解できた。大切な人を失う気持ちも焦がれる気持ちも、わかる。雫は唸った。
「はいわかりました、って言いたいんですけど……私も学校あるし、時間かかると思いますよ」
「気長にやるよ。ここまで何年探したかわからないし。それに、俺が君に出会えたのは運命か何かな気がするんだ」
「運命かあ……」
渋い顔をする雫の肩に、沖田が手を置いた。温度はない。
「ねえ、君、守護霊いないんだよね? 困ってるよね? 君が協力してくれてる間、俺が君の守護霊になるよ」
「えっ」
雫は目を見開いた。沖田総司が守護霊に? それはあまりに霊として強すぎるし、変な霊に憑かれることもなさそうだし、願ってもない提案なのだが。
「いや、でも……」
雫が言葉を濁す。今までたくさんの霊に「守護霊になってあげる」と言われた。それをすべて無視したりかわしたりしてきた雫は、即答はできなかった。それにもすべて、理由があるからだ。
「なに? 俺そんなに弱そうかな」
「いえ、そうではなく……京都で生きる上で、新選組の人の守護霊は嬉しいまであるんですけど……」
「じゃあ、なに? 何か不安要素があるとか?」
雫は悩む。沖田が雫の手を取った。やはり温度はない。
「俺が君を守るよ。だから、お願い。協力してほしい」
「……」
そこまで言われてしまっては仕方がない。雫は溜め息を一つついて、頷いた。
「わかりました。よろしくお願いします、沖田さん」
「総司でいいよ。よろしくね、雫ちゃん」
きっとすぐに終わる関係。近藤の首の場所だって、史料があるに違いない。ここは京都、新選組が活動した土地だ。何も残っていないはずがない。雫はそう楽観的に考えていた。
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