灯の消えた場所で

【しずく】

「あなたたちが、神様……?」


【紗枝】

「いえ、私たちは鬼なの。でも、人を食べたりはしないわ」


【浅葱】

「人間が勝手に勘違いしてるだけだよ」


紗枝が鬼になってから、何度も繰り返されたことが、また繰り返される。

今回の巫女は、自分の村が嫌いなようだった。


浅葱が言うには、村が豊かであれば紗枝のように大事にされ、貧しければ巫女はどうせ死ぬ人間だと、ぞんざいに扱われるらしい。


【しずく】

「紗枝さま! 紗枝さま! 見てください、ひらがなを全てかけるようになりました!」


【紗枝】

「まあ、すごいわね。しずくは物覚えが早いわ。これなら早く、違う村に行けるかもしれないわね」


【しずく】

「えへへ。ありがとうございます。でも、私ここにいたいなあ。紗枝さまと浅葱さま、お母さんとお父さんみたいだもん」


【紗枝】

「…………」


【しずく】

「この文字、浅葱さまにも見せてくるっ!」


食事を与えれば、しずくは元気になり、すぐに紗枝と浅葱になついた。


そんなしずくを哀れに思う。

村でぞんざいに扱われ、最後には浅葱と紗枝に食われてしまう。


そのことを知らずに明るく笑っている。

しずくを逃がしてやりたいが、空腹を抑えることもできない。

そんな自分が嫌で嫌でたまらない。


【浅葱】

「感づかれたらだめだよ、紗枝」


【紗枝】

「わかっています」


【浅葱】

「よく熟れてから、二人で食べよう。絶望に落としてはいけないよ。鬼はもういらない」


【紗枝】

「はい」


しずくは紗枝と浅葱を、心から慕っていた。

初めて心を許せると笑っていた。

これから食われるとも知らずに――。


そのしずくがあっという間に大人になり、ほかの村へと出ることになる。


しずくが廃屋の前で、見送りに来た紗枝と浅葱に頭を下げる。


【しずく】

「ありがとうございました! 紗枝さま! 浅葱さま!」


その下がった首に、紗枝と浅葱は同時にかぶりつく。


【しずく】

「え…………」


しずくはそれだけ言って、頭を落とした。


紗枝と浅葱はしずくの顔には目もくれず、柔らかい肉をかみちぎり嚥下する。


紗枝はいっそ死んでしまいたいと思う。

けれども食欲にはあらがえない。


鬼は自分で命を絶つことはできない。

浅葱が紗枝を使えると判断している間、殺されることはない。

きっとあさましく、自分は永遠に生き続けるのだろう。


絶望に浸りながらも、紗枝はしずくの肉をむさぼり続けた。

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生贄の巫女 風間えみ @emi_kazama

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