第4話 光が未来を照らした夜

第4章 光が未来を照らした夜


え⁈

 偶然?奇跡?運命?

 これはいったい何?

 絶っっ対に、もう会う事なんて無いと思ってた。それでもいいと思っていた。私の恩人で憧れの人。

それが2回も会ってしまった!


 布団の中でバタバタしても、気持ちが収まらない。

しかし、心からは喜べなかった。

悠真さんは今日別れてしまった。

 あの、はにかんだ笑顔を思い出すと、胸がギューっと苦しくなる。

悠真さんには幸せになって欲しい。本当に素敵な人だから。

 まさか、私の推し美女が柚葉さんの彼女だったとは…驚きとショックと戸惑いが混ざってしまっている。

 どうして、悠真さんみたいな素敵な人がいながら?と考えてしまう

 (ずっと、裏切られていたのかな?)

 私には何もできない。慰める包容力も、励ます言語力も、ダメだ。未熟過ぎる……。自分に呆れた。

 きっと、苦しいよね。悠真さん……。

 そんな考えが頭から離れずに、なかなか眠れなかった。


 ――――朝、アラームで目が覚めた。

 結局、ぐっすり寝てるし。あくびをしながら苦笑してしまう。

こうゆう所が未熟なのかな?

 昨日の事を思い出して、また胸が痛んだ。

あー、もう! 頭をぐちゃぐちゃに掻いた。

 私にできる事はないの?

ベットに仰向けになりボーッと天井をしばらく眺めた。

そう考えて何も無いことにがっかりする。

 とりあえず、私にできる事は授業へ行く事だ。


 それでも、毎日はあっという間に過ぎる。

 授業を受けて、サークル活動をして、バイトに行く。

 部屋の掃除や買い物や料理……毎日繰り返し同じ事をこなす。それで日々が過ぎてしまう。


 音楽は好きだけど、私はもっぱら聴く専門だった。

 サークル仲間は、演奏したり、作曲したり、動画配信したりと、みんな本当に凄かった。

『夢』なんて、大それたものはまだ無いけれど、何となく音楽をサポートする人になりたいと考えるようになっていた。

 サークルに入ってから、機材をセットしたり、楽器やマイクやアンプのチェックなど、やる事は無限にある事に気づいた。

 私が丁寧にすれば、みんなが動きやすくなり、結果として、とてもいい音楽になる気がした。

 そして「ありがとう」を沢山もらえるのも嬉しかった。

 レコーディングアシスタントやライブ・イベントアシスタントなどの様々な職種がある事も知った。

 元より体力はあるし、人と関わるのも得意だったので、先輩からは「柚葉には向いてるかもしれないね。」とのお墨付きだ。

 今日は土曜日。バイトは9時から15時まで入っていた。

 いつもの制服に着替えて、いつものようにコーヒーを運んだ。

 上がりまであと1時間という頃に、店に悠真さんが現れた。何ヶ月ぶりかに見る悠真さんはとても元気そうだった。

「あ、悠真さん、いらっしゃいませ!!」

 嬉しくて、思わず駆け寄ってしまった。

 (はぁ。もっと、落ち着いて出迎えればよかった…。)

 なんて思ってしまう。

「こんにちは。今日はバイトだったんだね。しかし元気だねー。」

 と私をからかう。


 ――ゆったりとコーヒーを飲む悠真さんを見れて嬉しかった。あの日、彼女と別れてしまって落ち込んでいないかな?と、ずっと心配だった。

 しばらくして、お冷のお代わりを注ぎに席へ向かった。

「ありがとう」

 とてもにっこり笑うので、私も同じ顔でにっこり笑った。

 それを見て、悠真さんは下を向いて肩を揺らして静かに笑ってる。

「?私、何か変ですか?」

 ポカンとして首を傾げる。

「いやいや、何でもないよ。」

 目頭の涙を指で拭いながら

「バイトって夜まで?」

 と聞いてきた。

「いえ。今日はもう15時で上がりです」

「なら、もし良ければ、この後少し時間作れるかな?無理なら断ってくれて構わないから。俺大人だし。」

 と大人を強調してきたのが可笑しくて、笑ってしまった。

「じゃ、このままここで待っててもらえますか?」

 と、お願いして裏で帰り支度をした。

 そして、店長にお願いして給料天引きでサンドイッチを作ってもらった。

 

 私服に着替え、サンドイッチの皿を持ち、席に向かった

 。そして悠真さんの正面に座った。

「へへ。お腹空いちゃって。半分こして食べません?」

 と、1つサンドイッチを手に取り、残りの悠真さんの前へ差し出した。

「ありがとう、じゃ、遠慮なくいただくよ」

 笑いながら、そう答えてサンドイッチを頬張ってくれた。

 私は片手を上げて

「すみませーん、ウエイターさん!お冷1つくださーい!」

 と叫んだ。

 私と入れ替えで、シフトに入ったばかりのウエイターの爽やかボーイが苦笑しながら「自分でやれよ!」とお冷を置いて行ったのを見て、悠真さんは大爆笑している。

「ここで、悠真さんとサンドイッチを食べたかったんです。」

「懐かしいねー」

「はい。あの日のサンドイッチ、世界で2番目に美味しかったです!」

「え?じゃあ1番目は?」

 悠真さんが首を傾げたので、自分の食べかけのサンドイッチを高く上げて見せた。

「君は……」

 とまた大爆笑する悠真さんを見て、元気そうで良かったと心から安心した。


 

 店を出て悠真さんの車に乗せてもらった。これに乗るのは3度目だった。

「この前はごめんねー。まさか、あの店で別れ話をするなんて……恥ずかしい」

「いえいえ、私の方こそ余計な事を言ってしまって。彼女さん…あ、元カノさん、凄く綺麗でびっくりしました。」

「そんな、気を使わなくていいんだよ。彼女、よく来てたんだってね。」

「…………」

「彼女が自分で言ったんだ。相手の人とよくあの店に来てたって。」

「はい。」

 私は小さく返事をした。

「……実は、初めて柚葉ちゃんに会った前日に、あの彼女に一度フラれるんだ。」

「そうだったんですか?」

「うん。あの頃はバイトしかしてなくて夢も無い俺に、彼女は嫌気がさしたんだろう。って、思う事にしてたんだ。」

「思う事に?」

「そう。思う事に。あの頃から、彼女は陰で別の人と付き合っていた事は薄々気付いてたんだよね」

「そんな……」

「よりを戻そうと言われた時、なぜか俺は受け入れてしまった。」

「……」

「その時には、すでにきっと終わってたんだ。」

「彼女さん、イケオジ…あ、一緒に来ていた男性といる時、いつもすごく綺麗で、東京へ来てから一番最初に憧れた人でした。まさか……」

 私はこんな偶然が本当にあるんだ。と信じられなかった。決して、嬉しい偶然ではなかったけど。

「もう大丈夫なんだ。て言うか、俺は自分をずっと騙していた事に気付いたから。」

「騙す?」

「そう。本当に、こんな事信じてもらえないけど、柚葉ちゃんをどうやら好きみたいなんだ。」

「⁈」

「変だよね。一度しか会った事のないのに、時間が経つにつれて思い出すようになって、気付いたら2年以上も時間が過ぎているのに、いつも君は僕の中に居た。」

 と心臓のあたりを手のひらでトントンと叩いた。

「それなのに、すでに壊れている関係に執着して、柚葉ちゃんを無理矢理忘れようとしてたんだ。」

 悠真さんの言葉を聞きながら、涙が溢れてくる。

 同じなの!私もずっと悠真さんを想って、悠真さんを探して……

 涙が溢れて、上手く言葉にできない

「私も…ずっと……」

言いかけて、俯いてしまった。きっと悠真さんよりも強く私は想ってた。涙が止まらない。

 え?これは夢なの?信じられない。私今日死ぬのかな?


 泣いてる私を悠真さんは車を停めて、いつまでも待っていてくれた。

 落ち着いてきた私は今までの想いを全て悠真さん話した。

「え?東京に進学したのは俺がきっかけだったの?」

と、悠真さんは、驚いて片手をハンドルを置いて私の方に身体を向けた。

「はい。それまでは何の目的も無くて、自分の将来なんて何も考えてませんでした。…あの夜があって、少しずつ将来が見えてきたんです。」

 高3の時の懐かしい感情を思い出しながら話した。

「大した事、何もしてないけどなー」

 彼は、視線だけを上にやり、息を吐くように呟いた。

 その横顔を見ながら

 (あー。この「間」だ。静かで優しい音楽のような、心地のよい瞬間。私はいつもこの雰囲気を思い出して、苦しくなっていたんだ。)

「私に夢を持つきっかけをくれたのは、悠真さんです。本当にありがとうございます。」

 と、お礼を言って、少し息を整えてから

「悠真さん。私も悠真さんが大好きです。きっと、あの日から。」

 真っ直ぐ悠真さんの目を見つめて伝えた。

 やっと……伝えられた!

 安心したような柔らかい顔で、彼は

「ちょっと待ってね」

 車のエンジンを切り、キーを抜いた。

 そして「ほら」と私の顔の前に車のキーを持ち、キーホルダーを揺らして見せてくれた。

「あっ」

 その手には、あの日、私がお礼に渡した『紫の猫のキーホルダー』が付いていた。色は所々少し取れていた。

「……ずっと、持っていてくれたんですね」

 両手でキーを受け取って、色の取れかかっている猫を親指でなぞる。

「これを握ると、柚葉ちゃんを思い出して、いつも元気が出たんだ。」

「嬉しいです、凄く嬉しい!」

 また涙が溢れそうになった。

「私、悠真さんの側にいてもいいんですか?」

「俺からお願いするよ。」

 一呼吸置いて


 「柚葉ちゃん、俺と付き合ってください。」


 一瞬、車の中の空気が止まった気がした

 そして、とても幸せな空間にいる事を身体の全てで感じた。

 「はい」

 迷いなく私は答えた。悠真さんはキーホルダーごと私の手をそっと包んでくれた。その温もりを感じたた時、涙が頬をつたった。

 彼は優しく両手の親指で涙を拭うと、そのまま大きな手の平で私の顔を包んで見つめてくれた。とっても温かい。

 綺麗な澄んだ目をしている人だなー。と思いながら私も彼を見つめた。そして

「よかったー」

 と、そのまま私の背中に手を回して、私はずっとずっーと想ってた人に抱きしめられた。


静かな車の中で、悠真さんが

「あ、そうだ」

 と、スマホの画面を開いて何か探してから、私に見てせくれた。

「12月に君の好きだったアーティストのライブに申し込んでみたら、当選してね。一緒にどうかな?」

「えーー!! 私、申し込んでも何度も落選して、もう諦めてたんですー!!!」

スマホを持っている悠真さんの腕ごと自分に引き寄せて、画面を食い入るように見る。

 その勢いに圧倒され、目を丸くしながら

「それは良かった。チケット送るから、顔認証お願いします。」

 と、笑いながら頭を下げた。

「もう、すぐにでも!嬉し過ぎます!幸せ過ぎます!」


 車内では離れたくなくて、いろんな話をした。ライブの話から、大学の話まで。


 気づけばすっかり暗くなってしまっていた。

 月がとても綺麗な夜だ。

 薄い雲が風に流されて月明かりがチラチラと揺れる


 ――12月が待ち遠しい……その先も……

 私はこの人と、これから色々な景色を見たい


 未来ごと、全てが愛おしく感じる

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