第5話 ミルクセーキ
これは少年の懺悔。
◇
ぼくが小学5、6年生のときだったと思う。
家庭科の調理実習で班ごとに自分たちで作るものを決め、食材も各々用意……という時があった。
そこでぼくたちの班は、お好み焼きと何かもう一、二品を作ることに。
結果からいうと、大成功だった。チームワークの勝利だ。
失敗して険悪になる班もある中、ぼくらは早々に完成させた料理を
今でも強く印象に残っているのは、お好み焼きにはマヨネーズが合うのをここで初めて知ったことだ。
当時ぼくの家にはその文化がなかったのだけど、他メンバーの真似をして食べてみたところ、そのマリアージュにとても驚いた。こういった食文化があるのかと。
そういった「あたりまえ」が各家庭で違うということを、ぼくはここで学んだのである。
こうした「異文化交流」も、この授業の目的だったに違いない。
それはいいとして。
少し食材と時間が余ったので、計画外で何かもう一品作れないかな? という話になった。
卵と牛乳、砂糖にバニラエッセンス。
これを使って短時間でちゃちゃっと作れるものはないか。
そこでぼくは得意げに「そんならミルクセーキ作ろうか?」と言ったんだ。
「ミルクセーキ?」
班のメンバーは初めて耳にする名前に戸惑いの表情を浮かべた。
まあ無理もない。ド田舎の公立小の子供たちがミルクセーキなんてハイカラなものを知っているはずもない。
なぜぼくだけが知っていたかといえば、たまたま前日に母親が作るのを見ていたからだ。
じつは当時、栄養士の資格をもつぼくの母親は複数の公民館で料理を教えていたのだけれど、初めて作る料理はまず自宅で試作するのが通例となっていた。
ミルクセーキもそのひとつ。そしてぼくは味見役というわけだ。
コップに注がれた乳白色の液体を口にすると、まずバニラの香りが口中に広がり、卵で滑らかになった冷たい牛乳はのど越しも良く、適度な甘みもあってとても美味しかった。
味はバニラシェークに近いか。
飲み物というよりデザート寄りのそれは、すぐにぼくのお気に入りになったのであった。
必要な材料も多くはないし、そのうち自分でも作ってみようと思っていたところ、その機会は意外なほど早く訪れたのである。
「まあ、食後のデザートって感じかな。チャチャっと作るから待っててよ」
「へえ、楽しみ!」
班の女の子たちが目を輝かせる。
やっぱり女子にはスイーツだよね。ようし、いいとこ見せちゃうぞ。
もう、気分はパティシエである。
そして5分後、メンバーの前には牛乳の上に卵黄が浮かんだ異形のドリンクが置かれていた。
いつも活発なふーちゃんも、美人のあっちゃんも能面みたいな顔をしている。
どうしてこうなった?
よく考えたら、ぼくは前日ミルクセーキを初体験して、材料も覚えてはいたものの、肝心の作り方は聞いていなかった。
とりあえず混ぜればいいんでしょ? の精神でグラスに材料を全部放り込みスプーンでチャカチャカッとやったものの、そんな適当なステアで混ざるわけがなかったのである。
結果として、ミルクセーキと材料が同じ「別のナニカ」が生まれた。
「卵黄を崩して混ぜて飲む」という釜玉うどんスタイル。
さすがにぼくも、これはミルクセーキと違うということに薄々気づいてはいた。
ただ、大見得きって作り始めた手前、もうあとには引けないのだ。
結果、先に動いたら負けみたいな緊張感がぼくらのテーブルに漂うことになった。
あれ? さっきまで皆でワイワイお好み焼き食べてたのにどうして。
しかし、ここでそんな均衡を打破する男が現れた。
班メンバーのもうひとりの男子、キナセだ。
「へえ、美味そう。やるじゃん」
そう言って目の前のグラスを手に取った。
このキナセという男、いつもこんな感じのイケメンなのだ。
この時も、ぼくが作ったグラスの様子がおかしい事には当然気づいていたはずだ。
ミルクセーキというのがどんなものであれ、確実にコレじゃない、と。
だけどこのままではぼくが女子たちから責められる、孤立すると思ったのだろう。
そういう時、涼しい顔でグラスを空にする
キナセは箸を卵黄に突き刺しニャニャッとかき混ぜる。
それを見ながらぼくは思った。
——全然混ざってねえ——。
しかしキナセ、そんなことお構いなしに飲み始める。どこまでもクールに。
やだ……惚れてまう。
女子たちの目も心なしかハートになっている気がする。
まあ、これは仕方ない。キナセ、今日はお前の日だ。
喉を鳴らしながら一気に飲み干そうとするキナセ。
絵面はロッキーがジョッキで生卵を一気飲みするのと一緒だ。
それを見ながらぼくはこう思った。
「怖……」
いや、作った本人がここで引くのは間違っているのはわかる。わかるけども。
なかなかスンナリ入って行かず、途中むせながらもどうにか飲み干し、涙目でぼくに親指を立てたキナセにぼくは真のイケメン魂を感じ取っていた。
キナセとは中学までで進路が別れたけど、あのときの事、今でもたまに思い出すんだ。
そしてちゃんと謝りたいんだ。
スマン。あれミルクセーキじゃなかったわ、って。
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