ぷよぷよ殺人の部屋

ゆいゆい

第1話 前編

 目が覚めると、真っ白な天井が目に入った。あれ、なんで俺寝てたんだっけ。記憶がないし頭が働かない。起き上がろうにもだるくて力が入らない。

「おっ、ようやく目を覚ましたようだぞ」

「おーい、起きろぉ」

 誰かの声が近くから聞こえた。俺は周囲の声に導かれるように上半身をぐいっと起こし、周囲に目を配った。


 ……やはり見たことのない部屋だった。四方も天井同様真っ白で、ドアや窓らしきものさえ見当たらない。そして、これまた見たことのない男女が輪を作って腰を下ろしているのが目についた。

「おい、早く名前を教えてくれ」

 俺が状況を把握しきる前に言葉を発してきたのが細身の男だ。4mほどの距離から近づいて来てこそこないが、その声には必死さを感じさせられた。

「はっ?ちょっと待てよ。いきなり名前ってなんだよ。てかここどこだよ」

 目の前にいる男女に怪訝な気持ちを抱いた俺は逆に問いかけた。

「いいから言えよ。それを言ってくれないとな……」

「落ち着け赤葦あかあし。気持ちはわかるが混乱させるだけだろう」

「……すみません」

 体格の大きい男に叱られた赤葦という男が声を小さくした。

「おい、こっちおいで。今、ここがどういう場所か教えるから。……あまりいい話でもないがな」

 その体格の大きい男が手招きをしてきたので、おとなしく俺は従い、輪の中に加わった。


「さっきは急にあれこれ聞いてすまなかったな。俺は赤熊勲という」

「は、はぁ……」

「そこにいるのが赤葦で、その隣が赤西。で、奥にいるのが緑山で君の隣にいる女の子が緑岡さんだ」

「よろしく」

「あぁ……よろしくお願いします」

 周囲の面々が声をかけてきたので、俺も軽く礼をした。

「今から話すことは荒唐無稽は話だが、大事な話だから聞いてほしい。言いたいことはあるだろうが、きりがなくなるから最後にまとめてにしてくれ」

 一呼吸置いて赤熊が本題を切り出した。

「まず……俺たちはここから出ることができない。そして、俺たちの名前には必ず色が含まれていて、同じ色が4人揃った時点でその人間は全員死ぬ」

「はぁ……」

 本当に荒唐無稽は話をぶちこまれてきたので、俺は思わずあきれ顔をしてしまった。

「今ここにいるのが君を含めて6人だ。苗字から察しはつくだろうが、赤が3人緑が2人いる。同じ色の人間が集まって死ぬまでに5分のラグがあり、君が来てから5分以上経っているから君の名前に赤がついていないことはわかっている。……ここまでくればわかるだろう。最初に君に名前を聞いたその理由が」

「あっ、はい……」

 正直、緑岡さん以外名前をぼんやりとしか覚えていなかったが言いたいことはわかった。俺の名前は、この空間において非常に重要となっているらしい。


「俺……青嶋司って言います」

 「青かぁ」「緑じゃなくてよかったね」そんな声が男共から聞かれた。緑岡は顔を合わせて以降、一言もしゃべらずずっと下を向いている。

 今、俺はとっさに嘘をついた。実は、俺の名前に一応色こそあるが、とても4人揃いそうなものとは思えなかった。もし本名を言えば、もしかしたらパニックをもらたしてしまう気がした。だから、慌てて偽名を言ったのだ。


「話を戻そう。あそこにかかっている時計で毎日午前10時になると、そこの天井から人が2人落ちてくる。真下にあるベッドにね。ちなみに、青嶋君は覚えていないかもしれないが、ベッドからバウンドして床に頭をぶつけたせいか今まで気絶していたんだ。さっき落ちてきた緑岡さんみたいに、本当なら全員意識ははっきりしている」

 壁にはよく見るような針時計がかかっていた。6時の文字の上にAMPMの表記があり、午前午後がわかるようになっている。

 そして今の話を聞いて、俺は緑岡さんと同じタイミングでこの部屋に無理やり投げ込まれたのだと理解した。


「だから俺達は、この部屋をぷよぷよの部屋と呼んでいる。一度に2つ落ちてくることや、4つ揃ったら消えてしまうこと。まさにぷよぷよだろ。まぁ……この名前を考えた人はもう死んでしまったがね」

「はぁ……」

 ぷよぷよを愛してやまない俺からしたら文句を言いたくなる話ではあった。だが、赤熊が言いたいことはわかる。ぷよぷよは理不尽に色が揃ったら跡形もなく消される。そして、ぷよぷよは落ちてくる色を選ぶことはできない。主の勝利のためだけに消される存在なのだ。

「そしてあまり触れたくない話だが、昨日青が4人揃って死んだ。死体は、あそこにある穴から放り込むことができる。正直、そんなことはしたくないが、いつまでも置いておくと腐敗臭がきついからさ。換気もできないし」

 赤熊が指さした先には、長方形型の穴のあいた壁が確認された。横2m縦1mくらいだろうか。あそこから死体が放り込まれる。俺はただでさえ薄気味悪いこの空間に、よりいっそうの不気味さを覚えた。


「あとはこの部屋の説明だな。ベッドはあそこに4つある。話し合って好きに使えばいい。トイレは衝立の奥に1つあって、飯も天井から毎日同じ時間に落ちてくる。シャワーや娯楽はない。ただ……あそこにある婚姻届に名前を書けば男女どちらか一方の苗字を変えられる。本当かは知らんがな」

 俺がふと視線を向けた先には病院の受付のような窓口があった。目覚めてしばらくは気がつかなかったが、このおよそ15m四方のスペースには思いの外、様々なものが配置してあった。ほとんど最低限度のものだが。


「説明はこんなところか。あとはせっかくだから自己紹介させてくれ。いつまで一緒にいられるかわからんがな。さっき名乗ったとおり俺は赤熊だ。医者でな、大学病院で脳外科と内科を診ている。ここに来た人全員がそうなんだが、どうしてここに連れ込まれたのかは覚えてない。東京の銀座で飲み歩いていたはずなんだけどな」

 ふっと笑みをこぼして赤熊が話を終える。巨漢のひげ面が最初に感じたよりもなんとなく小さく見えた。

「俺は赤葦。さっきは悪かったな。その……取り乱してよ。俺は長距離選手だ。浪速製薬のな。5000mを12分30秒で走って日本記録も持ってたんだぜ。……なのに、このざまさ。」

 赤葦は早口でそうしゃべった。足がすらりとした低身長な若者で、なるほど確かに足が速そうに見えなくもない。

「私は赤西龍と申します。56歳で、最高裁の裁判長を担っていなます。現在は東京地裁と最高裁を兼任しており、ここにつれて来られた日も裁判を控えていたのですが……」

 赤西は頭皮が薄く、年齢以上に老けて見えた。物腰が柔らかく、物事を冷静に俯瞰して見るタイプと俺は捉えた。

「私は緑岡真理。22歳、無職。これでいい?」

「あぁ、よろしく」

 緑岡さんははっきり言って美人だった。瞳が大きく、あの有名アイドルグループにいてもおかしくないような容貌をしている。こんな状況ながら、俺は彼女に一目惚れしていた。

「あと、改めて言うが彼が緑山だ。無口なもんで、名前以外は俺達も知らない」

 緑山と呼ばれた中年の男は無精髭が伸びまくっており、はっきり言って不潔だった。隣にいた緑岡さんも距離を空けているように見えた。


「俺は青嶋司。30歳、野球選手だ。台湾リーグでプレーしてるからみんな知らないだろうけど」

「ほう、野球選手だったのか。ポジションは?」

 赤熊が瞬時に食いついてきた。

「ピッチャーだよ。ストレートとフォークが決め球かな。あんまりに活躍しすぎてるから、日本球界に取られないように台湾メディアも俺の情報は国外に漏れないようにしているのさ」

 左肩をぐるぐる回してボールを持つような仕草を俺はしてみせた。「へぇー、かっこいいじゃん」と1番反応してくれたのが赤葦だったのが残念だった。


「よし、わかった。一応伝えておくが、ここでは過去に殺人もあったらしい。自分の色が少なくなればそれだけ寿命が伸びるからな。だが、俺はそんな真似はしたくない。そんな真似をしたら、ここは阿鼻叫喚となるだろう。どうか、平和に過ごそうじゃないか」

 赤熊はそう皆に提案したが、全員の反応はすっきりするものではなかった。皆、周囲の人間を信頼できていないのだろうと俺は察した。こんな空間で果たして俺はどう生きていくのか。考えただけで気分が悪くなった。

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