第2話 あなたには視えるの?

「あれってとおるさんじゃない?」

「ホントだ、生だと美人過ぎてやっばい!」


 私が大学内を歩いていると、頻繁に噂話をする声が耳に入る。目立たないように、ひっそりと生きていくつもりだったけど、モデル業を続けるとそうはいかない。いや、今のは大噓。実際は、私の極度な人見知りが生み出した、因果応報なだけ。


「まつ毛長くない?!髪サラサラすぎない?!」

「なんかもう……人形を見てるみたい?」

「それそれ!マネキンみたいに着こなしちゃって、羨ましいな~」


 たまに、コソコソ喋る声が、私を批判しているのではないか怖くなる。視線を浴びるたびに、話題になるたびに、他人の悪意に敏感になってしまった。「全部見てるからね」って、金縛りのように張り付けられる感覚。


「私達じゃ、恐れ多すぎて近づけないわぁ……」


 最初はキャンパス内の女子と仲良くなりたいと思っていた。けど、私はなかなか輪に入れなくて……。唯一声をかけてくれた子にも、不愛想に返してしまった。


 違うの。人と目を合わせると、途端に頭がパニックになるの。「変な子だと思われないように」「まともな返事をしないと」と思って、自然体でいられなくなっちゃうの。緊張した私はいつも、極端に口数が減る。


 私はよく誤解をされてしまう……。クールなんだ、気取っている、人が嫌いなんじゃないかと。


 今も、人の視線を意識しすぎて、緊張でおかしくなりそう。右手を右脚と同時に出しちゃわないかしら? 変にカッコつけた歩き方になっていないかしら? いつか、あの子たちの話題が悪口に変わらないかしら……。


 私はただ嫌われるのが怖くて、傷つく前に自分から逃げちゃう弱虫なんだ。


「わ! とおるさん見れたぜラッキー!」

「タイプだけど、さすがに高嶺の花だよなぁ」


 男子学生の声が聞こえる。普通の女子大生なんだから、人並みに恋愛したかった。カフェとかカラオケとか、気軽に誘ってほしかった。でも、気づくと誰もアプローチしない暗黙のルールができていた。「とおるさんはそういうの苦手なんだ」って。


 ぼっちを卒業したい。リア充になってみたい。他愛もない会話で喜びたい。これが私の本心なのに、抜け出し方が分からない……。


 私が私じゃなくなっていく感覚。もう誰も私に声をかけてくれる人なんていない。そのはずだった。


「すいませーん!君、モデルのとおるさんで合ってますかぁ?」


 名前を呼ばれて、心臓が飛び出そうになる。一人の男が、周囲の視線など気にせず話しかけてきた。男はなぜか着物を着ていて、ガタイが良く、爽やかな笑顔を浮かべている。年齢は私と同じくらい。髪を後ろに束ね、腕には数珠をしている。


 第一印象としては……胡散臭い? なんだか大学のキャンパス内にいることに違和感がある、悪徳商法でもしてそうな雰囲気。腕の数珠を売りつけてくるとか?


「やっと見つけた!ずっと探してたんだよぉ」

「…………」

「そんな怪しい目で見ないでよ、ね?」

「はぁ……」


 そう言われると余計に疑ってしまう。私を探していたって……一体何の用事だろう? そんな人珍しい。


「この心霊写真について聞きたいんだけど?」

「……!?」


 男が見せたスマホには、私がモデルを務めたブライダル広告が映し出されていた。どのスタッフさんも、クライアント様も、ファンのみんなも……最高に美しいって褒めてくれた一枚だった。笑顔が作れないながらも、頑張ってこなした仕事だった。


「え……今……なんて言いました??」

「この心霊写真について、教えてほしいんだ」


 この男は確かに〝心霊写真〟と言った。心霊写真という言葉の意味は……霊が写り込んだ写真であって、つまり彼には……。


 この男は何者なの!?いったい……いったい……!!

 彼が私の顔を覗き込み、私はパニックになる。頭が真っ白になる。


「聞こえてる?」

「あの……!!用事があるので!!」


 脳のキャパシティを越えた私は、いつもの癖で逃げてしまう。カンッカンッ!!とヒールの音が鳴り響き、その場にいる全員が私に注目する。


 見ないで!見ないで!見ないで!


 お願い!誰も私を私を変な子だと思わないで!怖いの……人の目が。私を見透かすようなまなざしが……!!


 どこか、安全な場所はない? 誰の視線も気にせず、落ち着ける場所は……!!


 私は廊下を駆け抜け、途中で見つけた女子トイレへと入る。幸い中には誰もおらず、そのまま私は個室に隠れた。ここまで来たら、もうあの男も追ってこれない。


 心臓のバクバクする音が、鳴り響いている。

 ぜぇ……ぜぇ……と上がる息を整えながら、頭の中を整理した。


 あれは確か先月初旬に結婚式場で撮影した写真。でも、あの写真には異常がある。せっかくのウェディングドレスなのに、血だるまになった赤ん坊の霊が、ドレスの裾によじ登る形で映り込んでしまった。確認した時にギョッとしたのを覚えている。それが……それが……。


「あなたには視えるの……?」


 男はスマホを見せ、「この心霊写真」と言っていた。普通あんなもの見たら驚愕するでしょ。なんで平然としていられるの? どうして私に接触してきたの? あの人はいったい何者?


 怖い怖い怖い……。何も考えたくないよ……。



 せっかくあのモデル──とおるを見つけたというのに、俺の顔を見るなり逃げ出してしまった。そんなに野蛮に見えたか? 身長が高くてムキムキだからか? ちゃんと笑顔で接したつもりなんだが。


 実物のとおるは、写真越しに見るより深刻だった。ものすごい量の霊が取り憑いていて、いつ危険な目に遭ってもおかしくない。それに、心霊写真に酷く怯えていた。ずっと一人で抱えていたら苦しいに決まっている……。


 何としても彼女を助けないと。もう取り返しのつかないところまで来ている。

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