YZS
結城暁(ユウキサトル)
第1話
私はいわゆる“視える”人だ。幽霊だとか、妖怪だとか、そういう人間以外のものが。
名前? 名乗るほどのもんでもないので、私のことはAでも呼んでほしい。私の名前はどうだっていいんだ。
幼い頃から人ではないなにかが見えていた私は、そのうちに気付いた。
やつらは構ってちゃんである、と。
厳密にいえば違うのかもしれないが、私の所感としてはそうだ
つまり、たいていの人が視えない、聞こえない、感じない今の世の中、奴らに視えると勘付かれると、奴らは喜び勇んで近寄ってくるのである!
それ故、奴らに気取られることのないよう私はスルースキルを磨き続けている。
しかし、怖いもんは怖い。
視えてるとバレたら奴らに何をされるかわかったもんじゃないし、見た目ぐちゃぐちゃのやつも怖いし、見た目が生きている人間と変わらない奴も怖い。だって見分けがつかないと声をかけちゃうからね! せめて見た目も人外であれよ! いや、やっぱ人前に出てこないで!
そんな日常生活がハードモードな私にも心休まる拠り所がある。小学校から一緒で、仲の良い神社生まれの幼馴染だ。
幼馴染を仮にZさんと呼称しよう。神社生まれだからZさん。
Zさんは視えたり聞こえたりはしないのだが、背後にはばっちり守護霊らしき存在が憑いている。ピカピカと輝く、見るからに霊験あらたかなその守護霊らしき存在はどうやらZさんのご実家である、神社の神使であるらしい。
初めてZさんの神社に遊びに行ったときのことだ。
え? 神使なら狛犬とかの石像に行くはずだって? それが、Zさんの神社には神社と聞いて私たちがイメージしがちな狛犬や狛狐とかの石像が置いてないタイプの神社だったのだ。だから神使が休むのも拝殿の奥にある本殿とか、御神体の横とかで休んでるんじゃないでしょうか。しらんけど。
ご実家の神社はもちろんドのつく清浄さで、空気が美味しかった。拝殿の奥、案内書によると本殿があるらしい場所はちょっと輝きすぎ、眩しすぎで直視できなかった。
神使さんに
Zさんの誕生日プレゼントに迷っていたときは、夢にぴかぴか光るなにかが出てきて、おすすめのプレゼントを紹介してくれた。その節はありがとうございました。あの光りあふれるありがたみからして御本人……御本神? だったのかもしれない。
Zさん本人は無自覚に霊を払ったりしている。ちょっと拍手しただけで
つまり、何が言いたいかと言うと、Zさんはすごいのである。
私はZさんの御威光のおこぼれにあずかるため、大学もZさんと同じところを選ぶ気でいたのだが、Zさんはご実家の神社を継ぐために神道系の大学へ行くと決めているので、どうしたものかと頭を抱えている。
私は神社に就職を希望しているわけでもなし、Zさんの通う大学の近くの大学へ進学すればなんとかならないだろうか。
ちらとZさんの神社に就職できれば平穏無事な人生が約束されるのでは? という考えが過ぎるも、頭を振って、そんなアホな考えを振り払った。ついでに今直面している現実を思い出す。
今現在、私史上最大のピンチかもなのかもしれなかった。
つまり、心霊スポットにいます。
なんで怖がりで、そのうえ視える人間がそんな場所にいるんだ、バカヤロウ! というお叱りもごもっともだ。私だってできればこんな場所に足を踏み入れたくはなかった。しかし、やんごとなき理由があるのだ。
ここに来ようと発案した人間がクラスのリーダー格だった。はい。同調圧力です。霊も怖いが人間だって怖い。ノリが悪いとか言われて最終的に仲間外れになるのは、ちょっとツライ。
イキって心霊スポットなんか行ってないでおとなしく受験勉強してろよと思うだろ? 私もそう思う。思ってても言えるわけじゃないけど。いや、やんわりとは言った。でもやんわり言ったぐらいじゃこっちの気持ちなんて察してもらえない。はっきり言わないと分からないタイプなんだ、残念ながら。
夏休みのうちの一日くらい、夏の思い出作りをしたいと盛り上がっている多数に私の声など無力。
いいよな、視えない聞こえない人は。無邪気だよな。
不幸中の幸いはZさんも一緒なことだ。Zさんがいなきゃ、さすがに断ってたよ!
さすがに深夜に未成年が出歩くのはマズイということで、夕暮れ間際の明るい時間帯に集まったのだけれど、鬱蒼とした林の中ではあまり関係ないようで、薄暗い。
薄暗いというか、どんどん暗くなってきているような気が……。う、うん、気のせいだよな!
「ほら、小学校で習ったよな。ここは戦国時代に戦場になったーって」
「あー、やったやった」
「学級新聞にしたよねー」
「昔は落ち武者の霊が目撃されたり、鈴の音が聞こえたりするって言われてたらしいぜ~」
「きゃ~、こわ~い」
「やめてよ~」
きゃ~、やめてよ~(真顔)。
懐中電灯で顎の下から顔を照らす男子に女子がぜんぜん怖くなさそうに声をあげる。ねえ、怖いって言ったよね? 怖いなら今すぐ帰りません?
日本の幽霊はだいたい四百年くらいで自然に消えてしまう、という話を聞いた。
二十一世紀の現代から数えていくと十七世紀、西暦一六〇〇年代、江戸時代の霊がギリギリ存在していて、それ以前の霊は消えているはず。だからもし、江戸時代より前の霊と現代で相見えることがあったとしたら、その霊はとんでもなく気合の入った霊ということになるのではないだろうか。
都内某所に首塚がある某平氏のあのお方みたいな。
お亡くなりになったのは十世紀なのに、現代においてもまだすごい力をお持ちらしいよ、あのお方。噂だけでも怖すぎて、真偽を確かめようとすら思わないレベル。触らぬ神に祟りなしって真理だよな。昔の人はいいこと言ったよ。
結論だけいえば、この元古戦場にいる霊は落ち武者ではない。
なんで断言できるかって? 視えてるからだよ、チクショー。泥人形のようななにかが視えたんだよ、チクショー。
自分たちの縄張りに入り込んで騒いでいる人間(つまり私たち)を伺うように、雑木林の影からこちらを見ている。すごい見てくる。たぶん殺気とかこもってる。眼を合わせたら絡まれること間違いなし。
なので私は絶対に視線を合わせないようZさんと腕を組ませてもらい、ぴったりとくっついた。夏なのにごめん。
「Aも怖い?」
「うん怖い。暗闇ってだけで怖い。こんな時間にこんな場所に来るべきじゃなかったってめちゃくちゃ後悔してる。早く帰りたい」
がだぶる恐怖に震えて見せる私を「怖がりだよな~、Aは!」と笑う陽キャよ、お前のすぐ後ろにはメリーさんもびっくりの早業で人間ではない何かが張り付いたぞ。いいないいな、視えないっていいな。
たぶんよく見れば人型に視えなくもないのだろうソレを視界から外すため、私は足元に視線を落とした。
……うわお、いる。なんでやねん。地面から生えるのは植物とか菌類とか、自然由来のものだけであれよ。
知人にからかわれて恥ずかしい! という風に見えていてくれ! と願いながら私は巻き付いていたZさんの腕に顔を押し付けた。
うおおおおおおお、めっっちゃ眼が合った気がするうううううううう!
「Aってマジでノリが悪いよなー」
「怖がりだよねー」
クスクス、アハハ、と笑われても構うもんか! もう絶対に今後一切どんなことがあっても心霊スポットなんかに来るもんか!
「ねえ。ノリが悪いついでに私たち、もう帰ってもいいかな。Aは本当に怖がってるみたいだし。私もお腹減ってきちゃって」
「えー、どうするー?」
「待てって、ここまで来てなんもしないで帰るとかさー」
「肝試ししてこーぜ」
という会話の隙間を狙って、というか、これはめちゃくちゃ自分たちの存在を主張してるな?! かすかだが、しっかりと金属音がどこからともなく聞こえてきた。
鎧武者が歩く音なのかどうなのかは分からない。とにかく金属音だった。ガチャガチャとうるさい。泥人形以外にもまだなにかがいるらしい。勘弁してほしい。
視たくはなかったが、だからといって確認しないのも怖いので、恐る恐る眼を開けて、とりあえずはメリーさんもどきに背後を取られていた陽キャを見てみる。
陽キャの背後にいた何かはそのまま。あーあ。気に入られたのか、後ろから抱きしめられている。こんなにも嬉しくない少女漫画シチュもなかなかないだろ。
内容はとんと聞こえてこないが、陽キャの耳にせっせと言葉を流し込んでなにかを切々と訴えているようだ。たぶん、良くないものだろう。陽キャの眼がだんだんと虚ろになってきたので。
金属音はどんどん音量が上がってきている。断りのないゲリラライブやめろや。
私たちをぐるりと取り囲んだ、大きな蛇のような、胴の長い何かには、金属製と思しき棒やら板やらが刺さっているのか、生えているのか分からないが、とにかく胴が動くとそれらがぶつかり合って耳障りな音が生じている。たしかに鎧武者が歩き回る音を知らなければ鎧のぶつかりあう音に聞こえるのかもしれない。ははは、鎧武者の鎧の音はもっと規則正しいよね。
「ね、ねえ……、なにか、聞こえない?」
聞こえないふりしときゃいいものを!
ほら、反応したから気をよくしてさらに音を立て始めたぞ、うるせえ!
「やめてよ~、こんな町外れの暗い場所で、古戦場ってだけでも怖いんだから、脅かすようなこと言わないでよ~」
などと嘯いて、私には聞こえませんアピールをしたけど、周りはアタシもオレも、とどんどん聞こえるアピールをしてしまったもんだから、金属にょきにょき蛇もどきだかムカデもどきだかは大喜びで胴をくねらせ、金属音を響きわたらせた。血ィ出てんぞ! 出血大サービスってか。うるせえわ! ここはライブ会場じゃねえし、私たちは観客じゃねえ!
聞こえる金属音にみんなが半狂乱一歩手前になるなか、耳から頭になにかを吹き込まれていた陽キャはえへえへと焦点の合わない眼で笑っていた。
こーれはだめだわ。はーい、お祓いに一名様ご
Zさんのお父様は腕の確かな神主さんだからね、安心してほしい。お遊び気分で故意に心霊現象を引き起こして取り憑かれた自業自得な輩たちからは容赦なく割増料金を絞り取るので有名だからね。
「みんな、落ち着いてよ~、暗くて怖いのはわかるけどさ~、風の音だって~」
いちおう、落ち着かせてみようとはしてみたが、やっぱりだめだった。みんなせわしくなく周りを見回したり、震えて抱き合ったり、恐怖で泣きだしたりしている。へたり込んでないで帰ろうぜ。
「あはは、ここで聞こえる音なんて風の音とか草木の揺れる音とかにきまってるのにね~、思い込みって怖いよね~」
我ながら苦しい言い訳だなあ、オイ。こんなガチャガチャキイキイうるせえ音が風や草木のせいであるもんか。
「うーん、本当、集団パニックって怖いよね」
「ね! 怖いよね集団パニック!
もうのんきに肝試しをやってる場合じゃないし、みんな帰らない?! 帰ろう?! もうじゅうぶん怖い重いしてるもんね!!」
「う、うん……」
「そ、そうだよな……」
「か、帰ろ……!」
ぎくしゃくと動き出し、みんなが帰ろうとしたが、それは許さんとばかりに金属音がひどくなり、蛇ムカデモドキの胴体からは金属だけではなく、人の手のようなものまで生えてきて、その手が私たちに向かって伸ばされた。
うおあえええええ、お助けえええええ!
「えっ?!」
「きゃあ!!」
「今、足に何か……」
「うわっ、掴まれた……?!」
次々に足やら腕やら肩やらを掴まれたみんなが悲鳴をあげる。うおおおおおおおお、私も片足を掴まれかけたが、「虫が飛んでる!!」とすんでのところで回避に成功した。
蛇ムカデから伸びる手はもちらんZさんにも伸びていいた、が。
「どっかで食べてかない? サイゼとか」
と、私を振り返ったZさんの頭で昼寝をしていた神使がぼわっと巨大化した。
光と共に一迅の風が吹き抜けていき、その余波であっちゅーまに蛇ムカデもどきとその他大勢が霧散していった。
おおう、相変わらずすっげえパゥワー。でもあの、よろしければもっと早く消し飛ばしていただけたらとても助かるのですが……いえなんでもないです。
めっちゃいい笑顔っすね……。この神使様、ぜってぇ私が怖がるのをおもしろがってるぞ……。くそう。でも助かったのは事実なので今回もお供えを持って参拝させていただきます。境内のお掃除も微力ながらお手伝いさせていただきます。
「ドリンクバーで新しい味を開発しよーよ!」
Zさんは名案を思いついた! といったふうにぱちん、と手を打った。はい、柏手いただきましたー。
Zさんの柏手がとどめとなり、ボロボロになりながらもなんとか逃げようと蠢いていた残りカスたちも無事に塵となった。
このように御祭神に目をかけられているZさんを神使様が助けるついでに、毎度毎度私も助けてもらっているわけだが、Zさん自身は視えない聞こえないの零感であるため、いつもどんなにすごいことが起こっているのかわかっていない。
なんかいるなー、くらいは感じているらしいが、そのなんかいる、も神使さんガードで悪いものはドシャットアウト。ついでに不運や不審者もドシャットアウト。
Zさんと通学路を歩いていて出会っちゃった熊が何もないところですっ転び、二メートル下の川にすってんころりんしていったときは拍手しかできなかった。
「なに食べる? ピザ食べたくなったかもー」
「うーん……パスタかな……」
「いいね、冷製パスタはなにがあったっけ」
Zさんのお父様に現在地とお祓いが必要そうな人数を通信アプリで送信すれば、すぐに了解! スタンプが返ってきた。
これで安心してサイゼにいけるぞ。
「あ、でも夕飯前にガッツリ食べると入らなくなっちゃうか。デザートだけにしとく?」
「それもいいね~。甘いのにしよー。チョコのやつ。めっちゃ甘いの食べたいわー」
沈みゆく夕日に照らされて、Zさんはピカピカの笑顔で笑っている。頭に神使を乗っけて。
やっぱり神社生まれもすごい。
私は改めてそう思った。
YZS 結城暁(ユウキサトル) @Satoru_Yuki
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