6-2 ロストレイクのビアンカ
「きみとパイロは後だ。まずはこの少年を先に殺す」
「やめろ、ボルトラ。チヅルは世界を救う鍵だ!」
ウィケットが訴える。
「だから殺す。腐敗は浄化。陛下の怒りだ。おいたわしい……罪に罪を重ねるつもりか、無自覚な罪人どもが」
闘技フィールドの壁際。
そこに千鶴が横たわっている。
ボルトラがゆっくり近づいてゆく。
「ボルトラ、やめっ──」
ウィケットが叫びかけた声を止めた。
同時くらいにボルトラの足も止まる。
何かに気づいた。
背後に誰かいる。
振り向きかけたボルトラの横顔を明かりが照らす。
熱を感じた。
彼はすぐに距離を取った。
ボルトラは頬をぬぐった。
顔を焼かれた気がした。
「これはこれは……」
ボルトラはその者に不敵な笑みを向けた。
赤いコート。
艶のある長い黒髪。
閉じたような細目。
──女が立っていた。
彼女は火を吹く刀を構えている。
「ボルトラ・ロッケンフィールド」
「ロストレイクのビアンカ……」
観客席に何人もの赤いコートが並んでいた。
ブッチャーと生存者が焼かれている。
囲まれたことにボルトラは気づいた。
「焼却隊……厄介だ」
「あなたですね、キルヒムの共同経営者は」
「久しぶりに顔を合わせたというのにそれですか。前回お会いしたのはあなたが勇者教会を離反したときだった」
「話を反らさないでください」
「どうして抜けたんですか」
「あなたには関係のないことです」
ビアンカが前へ出る。
ボルトラが焦りを浮かべる。
青い電撃を放出し、彼女の動きを止めた。
だがビアンカは刀で切る。
刀の軌道上に火が舞った。
パイロのものよりも火の量が多い。
間違えば自分が火傷してしまいそうだ。
ボルトラは剣を合わせようとしない。
電撃を散らしながら距離を取った。
「正しい判断です。わたしと剣を交えるべきではありません。あなたでは相手になりません」
「はっきり言ってくれる」
ボルトラが苦笑いした。
「わたしとあなたの力量の差、その理由がわかりますか」
ボルトラは必至に逃げる。
「あなたがた第二世代は、蛇公など第一世代からその動きを教わった。わたしは第一世代にその動きを教えた者から教わった。この違いです」
「自慢話は嫌われますよ」
「自慢に聞こえましたか」
「性格が悪い、明確に」
フィールドで腐敗が吹き上げた。
*
VIP席。
キルヒムは闘技場を見下ろす。
「ひっ、また腐敗!」
フィールドで吹き上げた腐敗を前に、キルヒムは尻餅をつく。
吹き上げた腐敗の柱、その天辺がVIP席のある階まで届いていた。
「焼却隊の次は、また腐敗か」
キルヒムは室内へ下がる。
レザーのトランク鞄に金品を詰め込んだ。
雑に。
「くそ、ボルトラめ、わたしを先に避難させてから──」
紙幣が鞄から漏れている。
室内に散らばらせながら彼は部屋を出ていった。
*
ビアンカが腐敗の柱へ振り返った。
その隙に乗じてボルトラは闘技場から逃げていく。
「隊長、やつが逃げます」
焼却隊の隊員が大声で知らせる。
「行かせましょう。腐敗を先に焼却します」
「持ってください、ビアンカ様」
ウィケットが足を引きづりながら近づいてゆく。
「ウィケット」
「焼却しないでください」
「そういうわけには……」
「知り合いです。おれがチヅルを起こします」
「チヅル?」
「パイロに聞いてませんか?」
「何の話ですか」
ウィケットは、ほくそ笑む。
「ほんとに黙ってたのか」
フィールドの端に転がっていたパイロが目を覚ます。
吹き上げる腐敗に気づいた。見上げる。
考えるまでもなかった。
千鶴だ。
あの腐敗の柱の中に千鶴がいる。
そこへ近づこうとするウィケットが見えた。
「ウィケット、何してる」
「チヅルを止める」
「まさか中へ入るつもりか? 腐敗するぞ」
「チヅルが目を覚ませば症状ごと吸ってくれる」
「そうだが」
「チヅルがボルトラに左手を斬られた。止血しないとまずい」
「左手を? あの野郎……」
「心配するな。それよりビアンカ様に説明しとけ」
「ん、ビアンカ隊長?」
パイロがフィールド内に視線を向けた。
ビアンカの姿に「あ」と絶句する。
彼女の細目と目が合った。
彼は苦笑いし「お疲れース」と会釈した。
吹き上げる腐敗。
柱のようなその前でウィケットは止まった。
見上げ、深呼吸する。
中へ入ってゆく。
全身びしょ濡れになりながら。
すぐに感染がはじまる。
顔や腕、肌に腐敗の斑紋が現れ出す。
「なんて感染力だ。早すぎる……」
早く起こさなければいけない。
でないと自分もマズい。
だがすぐに千鶴を見つけた。
「チヅル、起きろ」
彼の体を揺らした。
頬を叩いた。
「んんん……」
千鶴が目を覚ます。
細目を開けた。
「腐敗を吸収しろ。辺りが大変なことになってる」
「ウィケットさん、ぼく、左手が……」
「ああ、わかってる。おれの右腕とお揃いだな。だがいまは後にしよう。腐敗が先だ。みんな困ってる。このままじゃ焼却隊に焼かれてしまう」
チヅルの目がさらに、やや開く。
彼はウィケットの顔を見た。
「ウィケットさん、斑紋が……」
チヅルは寝言のように言った。
ウィケットの顔に右手で触れる。
腐敗の斑紋が彼の手に吸い取られてゆく。
周囲の腐敗の水流が右手に集まってゆく。
そう時間はかからなかった。
闘技場に広がっていた腐敗。
そのすべてが千鶴に吸い込まれた。
ビアンカは愕然として立ち尽くす。
千鶴を警戒するように細目が睨む。
「何ですか、あの少年は……」
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