第2話 春、別々の道

 卒業式の日。

 桜の花が、まるで惜しむように空を舞っていた。


 「……終わっちゃったね」

 そう言うと、悠希は制服のネクタイを緩めながら笑った。

 「まだ終わってねーよ。打ち上げあるだろ?」

 「そういう意味じゃないよ」

 「知ってるって」


 校門の前、クラスメイトたちが次々に写真を撮っている。

 泣いている子、笑っている子、先生に抱きつく子。

 その全部を少し遠くから眺めながら、私は息をついた。


 「悠希は、東京の大学だっけ?」

 「うん。みさきはこっち残るんだろ?」

 「うん。地元の教育大」

 「そっか。先生かぁ。似合ってるじゃん」


 軽く言うその声が、少しだけ遠く聞こえた。

 昔みたいにすぐ隣にいて、何でも話して、笑いあっていた時間が、

 これからは“過去”になるのかと思うと、胸がざらつく。


 「悠希」

 「ん?」

 「……元気でいてね」

 「なにそれ。別れのセリフ?」

 「そういうわけじゃないけど」

 「じゃあさ――」


 悠希は少し間を置いて、まっすぐ私を見る。

 「元気でいろよ、みさき。俺も、がんばるから」


 その一言が、不思議と刺さった。

 笑って返したけれど、目の奥がじんと熱い。


 そのあと写真を撮って、クラスメイトと笑って、

 気づけば夕暮れ。

 駅のホームで、悠希と二人きりになった。


 「じゃあな」

 「……うん」

 「ちゃんと連絡するって。だからそんな顔すんな」

 「してないし」

 「うそつけ」


 悠希がふっと笑って、私の頭を軽くぽんと叩く。

 昔からそうだった。私が泣きそうになると、いつもこうして笑う。


 電車のドアが閉まる直前、彼の声がかすかに聞こえた。

 「――またな、みさき」


 その瞬間、風が吹いて、髪が揺れた。

 春の匂いと、かすかなあんこの甘さが混じって。


 私はひとり、立ち尽くしていた。

 見慣れたホームの景色が、やけに広く見えた。

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