第7章 ソラの作戦

駆け上がるミオを見上げて、ソラはその場で固まった。


いつの間にか腕の中できつく締め付けられていたソラリンが、やっとの思いで抜け出してソラの目の前でふわふわと浮く。


「(ふわふわ)」


パチリと開かれたつぶらな瞳は、まるで“キミは空へ行かないの?”と問い掛けている。

その問は不思議と、ソラの心の中に響いた気がした。


「無理だよ。あんな怖い鮫の所なんて……」


実際、ソラリンは鮫の元へ行けと訴えかけてる訳ではない。

ソラリンはただ、また自由に空を飛ばないの?そう言っているのだ。


胸の奥が痛んだ。


「それに私、飛ぶことが怖かった。今は落ち着いたけど……あの時確かに私は空を飛ぶことへの恐怖があったの」


口にした途端、喉が震えた。

自覚した今でも消えない恐怖。

大地を失い、落ちればすぐさま死ぬ。高く聳え立つ青空はどこまでも続き、まるで巨大な胃袋の中。


震える恐怖と身体を抑え込み、ソラはゆっくりとソラリンの目と合わせる。


「私、どうしたんだろ。怖くてもヘッチャラって思ってたのに。深く考えたら凄く怖くなった……」


これまで色んなことに恐怖や緊張することはあった。

初めて自転車に乗った時。

クラスの催し物で発表する時。色んな体験をした中、空を飛んだのは、自らの可能性を広げた新たな発見だった。


“私は空を飛ぶ事さえ怖くない”


そんな自信は、世界で唯一空を手に入れた自分にとって、誇りであり………………


「……ぁ」


そして同時に、傲りだったと気付く。


「……そっか、私は自分が飛べるから特別だ。って思ってたんだ」


黒羽ミオ。彼女もまた空を手にした者。

ミオに対して溢れ出た感情はまさに、子供のような我儘。


「なのにあの子……ミオは、私を助ける為に身を挺して」


ミオの心情は、ソラには分からない。

だが、この窮地の中、ソラを逃がす為に囮になった彼女は危険を顧みない勇気があった。例えそれが、自身の目的を阻む者であっても。


「…………」


怖い。

空を飛ぶことも、また鮫の前に出ることも。


「(ふわふわ)」


ソラの不安を他所に、ソラリンは浮遊しているだけで、何か武器を出したり、なんてことは無さそうだ。


「……ミオも、ホントは怖いんだよね」


人伝であるがミオの過去は聞いている。それを推し量っても、今の恐怖は比べ物にならないだろう。


「行こう……」


恐怖は消えない。手はまだ震えている。

飛べるだろうか。

あの先へ行けるだろうか。


「行こう!飛ぼう、ミオの所へ行かないと!」



「もう終わりだから!私、あなた達を倒す方法わかったから!」


時は進み、盲目の鮫達に堂々の勝利宣言をかざすソラ。その瞳は偽りを語っておらず、湧き上がる自信は全身に漲る力となり溢れ出ている。


「ちょっと!私逃げなさいって言ったわよね!?」


その勇豪な背中へミオが慌てて呼び掛ける。


「だって一人でこの数なんて、無理に決まってるでしょ!私のために命掛けるなら、私だってミオのために命掛けるよ!」

「……ぇ、ミオ?」


ソラを狙って最悪な初対面だったはず。なのに命を掛けるというソラの発言はミオに驚きを与えた。

しかし、突飛推しもないソラの発言にミオは困惑しつつも、少しなりの安心感を得たのも事実。


「…………作戦はあるの?」


いつまでも瞳に輝きを灯すソラへミオは問い掛けた。

あんな大胆な登場をしたのな。当然何かしらの策を持っている。そう確信させる程の迫力でもあった。


「作戦は無いよ!」

「はぁ!!??」


安心感を返して欲しい。

ソラは謎に自信満々に答えた。


「無いってなによ!さっきの発言は!?倒す方法とか言ってたじゃない!?」

「だから無いって!そう言った方が敵も怯むかな〜って、あとカッコイイかなって」


やってみたかったんだもん、怖かったけど。と最後に小さく呟いてソラは顔を俯いた。


肩を落とすミオ。

結局、当初と状況は変わっていないことになる。


「まぁ、一人でやるよりマシなのかな」


六匹を一人で相手するよりは楽になったのは間違いない。


「まずは距離をとろう!」


そう言ってソラは鮫から逃げるように反対方向へ飛び去る。

その後にミオも続き、様子を伺っていた鮫達も、ゆっくりだが後を追い始めた。


「貴女、アイツらのこと何か気付いた?」


逃げる最中、ソラの横に並んでミオは問い掛けた。


「うーん、途中で追って来なくなった時は変だったけど…………あ!そういえば目が無いのにどうやって私達のこと見えてるんだろ!?」

「よかった、流石に気付いたのね」


ソラの思考が早まる。

目が無いなら匂い。それとも音。色々な可能性がある中、考えられるのは……


「この力……とか?」


ソラリンから貰った琥珀を取り出す。

ソラへ翼を与えたこの不思議な力。言わば魔法とも言える。


「もしソラリンを狙ってなら、私が落ちた時にミオの方には行かない、なら、私達に共通するのは、この魔法の力だ」


性別を判断。なんてことは無いだろう。となれば魔力表せれるこの力に反応しているに違いなかった。


「なるほどね。確かにそれなら納得いくかも」

「だよね!私、すご」

「調子乗らないで。寧ろ最悪でしょ!?」

「ぇ、なんで!?」

「力で感知されてるなら、隠れたって無駄ってことよ。五感の何かで知られてる方がまだ戦いようがあったわ」


先のミオ一人で引き付けている時、雲の中に隠れたりしたが、彼等は正確に位置を特定してきた。

それを伝え、同時にソラの推測はまず間違いないと判断。


「…………」


どうするか。

不思議と逃げ続けるという判断はソラに無かった。

いつの間にか薄れた恐怖。隣に誰かが居るからなのか、思考も冴えている。


「ソラリン、何か良い方法ない?」

「(ふわふわ)」

「だよね〜!」


ソラリンは、“早く逃げて行こうよ”そう言っている気がした。


「どうする!?このままジリ貧に喰われるのごめんよ」

「分かってるよ!うぅ〜〜」


飛びながら頭を抱えて唸るソラ。

逃げる選択肢は無くても、戦えなくては意味が無い。素手で戦う程無謀では無い。


幼い頃、図鑑で鮫の弱点は鼻。というのを見たのを覚えていた。しかし、彼等の鼻は鉄鉱石でコーティングされ、同等の物で無ければ破壊出来ないだろう。


「…………ぁ」


その時、脳に雷撃が走ったが如く閃いた。


「思い付いたよ!!アイツら倒す方法!」

「ほんと!?嘘だったら許さないわよ!」

「この状況で嘘付かないでしょ!?いいから聞いてーーー」


空気が変わったのを感じた。

追う者と追われる者。その境界がひっくり返る気配を。



星喰鮫ーースターシャークに視覚は無い。

ただし、嗅覚や聴覚が特別優れている訳でもなく、彼等の武器は特質した魔力探知によるもの。


暗黒海ーー“星海せいかい”で生きる彼等は、生物の魔力を波を察知して狩猟を行う。


彼方ソラの推測は正しかった。

魔力という超自然的な力を理解していないながらに、スターシャークの特性を見破った。

この洞察力はソラの隠された素質か、それとも恐怖により底上げされた集中力から得られたモノか、本人にも分からない。


『ーーーーー』


スターシャークの狩りのやり方には決まりがある。

群れのリーダーが基本的な指揮をとり、他は指示に従って動きを成す。だが、リーダー以外の個体にも知能はあり、ある程度の融通を効かせることは可能。

つまり、ただ野獣の狩りではなく、知能を持った動きで獲物を捕らえる高知能狩猟を行うのだ。


『ーーーーーッ』


群れのリーダーは、獲物となる二人の魔力の波を正確に捕捉していた。

これまで、彼女達の予想外な動きに警戒を示していたが、今獲物の動きに迷いを感じない。つまり逃げる若しくは抵抗する、のどちらかに決めたのだろう。


相手の動きが確定すれば、その意図を読み解き、逆手を取る動きをすればよい。暗黒海の星海で獲物を追うよりも、余程狩りをしやすい環境。彼等にとってこれ程の楽な狩りは無いだろう。


裂けた口を上げて、スターシャークは時期に終わる狩りの勝利を察した。


『ーーシャーッ!!』


リーダーはすぐさま他五匹へ作戦を伝達。

獲物に合わせて、三匹をソラへ、三匹をミオへ向かわせる。


「今だ!!」


無限に広がる空を轟かせたソラの合図で、二人の飛行軌跡は、まるで彗星の軌道のように交差した。


群れが僅かに乱れる。


そこから更にソラの叫びが飛ぶ。


「ミオはそのまま左に!」

「了解!って……私はミオって呼んでいいなんてっ……言ってない!!」


交差したと同時に身体を左へ傾ける。

トップスピード中の方向転換により、重たい風圧がミオを襲う。


「っ!!」


ミオと離れたソラは、受ける風圧と共に後方を振り返る。


『ーーシャァッ!』


「狙いどおり!」


ソラの後を追う三匹。狙い通り分断は成功したと見える。


「頼むよ……ミオ」


ミオを追った三匹を睨んでソラは自身の役割に集中する。


「…………ふぅ、」


薄い空気を深く吸い込み、呼吸を整える。


「やっぱり怖いな……」


心臓が激しく脈打つのを感じる。

落ちないようにと服に仕舞われたソラリンは、首元から顔を出してソラを心配する素振りを見せる。


「うん、大丈夫!」


不安はあれど逃げる理由にはならない。

それに加えて、


「何とかなる気がするんだよね!」


根拠の無い自信が漲って止まらない。

この有り得ない状況下でも、ソラのドキドキとワクワクは最高潮。


「行くよーーーっーーはぁぁっ!!」


タイミングを見計らって、全速力で直進していた身体を上昇。バク転する用量で弧を描いて、迫り来る鮫目掛けてスピードを上げる。


『シャァァア!!』


「……っ!!」


自殺行為かと、大きく裂けた口がソラを呑み込もうと構える。


「やぁあ!!」


だが、まさか自ら喰われに行くはずもないだろう。

跳び箱を飛ぶようにして、大きく開いた口の先端、つまり鉱石で出来た鼻を掴んで巨体を跳ぶ。


「っ!!!」


そこからさらに馬乗りになるために身体を回転。掴んだ鼻は離さずに、ザラつく鮫の巨体に座った。


「できた!ぉわぁああ!!」


突然の異常事態に当然鮫も反応する。

身体を激しく揺らして、背中に乗った重みを振り払おうともがく。


「っと!じっと…………してっ!!!」


乗りこなそうとしたが、その試みは絶たれた。元より期待していない案だっため問題は無い。

ソラの狙いはもう一つあった。


「っ!!!…………思い付きのーーー」


暴れる巨大鮫から振り落とされないよう、しがみついて、右手拳を振り上げる。


力が拳に凝縮するイメージで、全身の魔法の力を集める。エネルギーが伝達する感覚を形成しながら、いざ力を振るうための詠唱も忘れないーー!!


「“スーパー!!パーーンチッ!!!!”」


拳を纏う膨大なエネルギーは光の尾を引いて、真っ直ぐに鮫の鼻へと振り下ろされる。


そうして、ゴンッ、と鈍い音と共に、


「いっっったぁぁあ!!!!」


ソラの右拳が負傷した。


「やっぱりダメだった……うわぁぁあ!!!」


痛みで弾かれた拳を摩る中、ついに鮫の背中から振り落とされてしまう。


「ミオの言う通り、フライハートって空飛ぶ以外の力は無いんだね……って、ソラリン教えてくれればいいのに」

「(ふわふわ)」


そんなこと言われたってね。とソラリンがボヤいた気がした。


すかさず鮫達と距離を置き、目の前に三匹の鮫がソラの様子を窺っている。


「今のは、一応試してみたかっただけ!!ほんとはーーー」


そう言って今度は真上に向かって上昇。

右手からは先程の衝撃により皮膚が裂けて血が出ている。


ジクジクと痛む手を気にしつつも、まずは目の前の問題から。


「よっしゃ!」


ちょうど目の前には巨大な入道雲。

ソラ本来の作戦には欠かせない夏の風物詩である。


「………………っ」


白い雲へ突入と同時に冷たい冷気が頬を掠めた。

視界は最悪で、ソラからは何処から鮫が襲って来るか分からない。


(多分だけど、奴らには知恵がある。魔法の力を感知して襲って来るなら、尚更動きを考えないと)


作戦実行前のミオとの会話が思い出される。


「確かに雲の中は、何にも見えない」


風を裂く音と冷気、そして視界の悪い雲の塊がソラの五感を阻害してくる。

だが、これこそがソラの作戦。


「…………はやく来い」


雲に突入して、上昇を止めて青空と並走をしているソラ。


「………………」


ここに入る前、微かに見えた三匹の動き。

奴らも上昇する中、二匹が左右に分かれて、ソラの後ろを追うのは一匹。


いくら巨大な入道雲とはいえ、そろそろ抜ける頃だ。


「……はやく」


こちらから鮫達を認識出来ない完全不利な状況下。


後ろからは、鮫の背鰭が雲を裂いている音が聞こえてくる。


「…………」


飛行により体力も少なくなり、ソラのスピードが落ちる。と同時に後ろを追って来た鮫の姿を目視で確認


背中に冷たいものを感じ、喉が急激に乾いていく。


「……はやくっ!!」


死が迫る。しかし、そのソラが待つのは、まさに彼女を追うスターシャーク。


『シャァァア!!』


「ーーッ!!!」


音と共に現れた黒い穴。

大きく引き裂かれた口が現れた途端、ソラの身体は一気に上昇。


「ーーーッ!!!!!!」


ガチィィイイン!っと高い音を鳴らして足元の雲が一気に晴れる。


「………………」


そこには、二匹の巨大鮫が力無く宙に横たわっている姿があった。


「…………ぷはぁ……はぁ、はあ、はぁ、作戦、成功?」


ミオの話によると、知能を持った鮫達は、挟み撃ちという手段も用いてきたと聞いていた。

その方法をソラは逆手に取り、後ろから迫る鮫、目の前から現れた鮫をぶつけ倒すというものだった。


結果は成功。

見事に鼻の鉱石通しがぶつかり合い、破損している。


「はぁあぁあああああ、マジ死ぬかと思った」


一安心したソラは、力無く倒れる訳でもなく、膝に手を着いた。

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空写〜sorauturi〜 水無月 @minazuki8797

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