玄道

届いた声

 私は、声が小さい。

 

『お姉がファミレスでバイトなんて、お店に迷惑かけて終わるだけよ』

 

 妹は、面接に受かった私にそう言った。

 

 それでも、もう半年も続いている。

 

「オーダー確認致します。シーザーサラダ、大盛りポテト三つ、和風ハンバーグ定食、カレーライス、ドリンクバーですね」

 

「ポテト三つですけど」

 

 ──え? え?

 

「四つじゃないです、三つ」


 端末には、『大ポテト×3』と、確かに入力した。

 

「失礼しました、大盛りポテトは三つですね」

 

 ボックス席に背を向ける。

 

「三つって言ったじゃん、あの娘」

 

「あたしには聞こえなかったのよ、声小せぇもん。ふふ」

 

 ──大きいですよ、声。

 

 自分の声が小さいせいか、昔から周囲の声がはっきりと、全て聞こえてしまう。


 聴覚過敏を疑われ、診察も受けた。発達検査までしたのに、『医学的には正常』と言われたので、もう諦めている。

 

「で、その時桑田くわたさん、文字通りえびす顔で」

 

「コーラ持ってくるね」

 

「浮気? もう、感心しないな」


「こら、こぼさないの」

 

 カクテルパーティー効果とかいう、耳の機能がある。


 私の場合は、それも上手く働かないのだろう。大学でも『地獄耳』と呼ばれているらしい。


「問三ってどの公式……あ、すみません置いといて下さい」


 見ると高校生の集団だ。

 

 ──もうすぐ受験だもんね、遅くまで大変だね。


 ◆◆◆◆


 高校の頃だ。

 

怜奈れなちゃん、髪綺麗だよね」


「怜奈はヘアオイルなしでこれなのよ? 羨ましいわ」


「ごめんなさい、明日……持ってくるから」


「バックレたら倍な」

 

 後半の会話は、私だけに届いた。当然だ。教室の端から聞こえたのだから。


 翌日、詰められていた男子は欠席した。


 その日以来、彼は不登校になり、やがて転校していった。


 聞こえていたのに、私は何もしなかった。


 ◆◆◆◆


 ずっと、耳なし芳一が羨ましかった。


 世界の辛い声を、泣き声を、嫌なことを聞かずに済むから。


 私の耳を、才能ギフトという人もいた。自分では呪いだと思う。


 ──接客業、やっぱ向いてないんだ、私。


 沈む心を隠して、一人席に向かう。


「幕の内定食です、ごゆっくりどうぞ」


「ありがとうございます」


 五十代くらいだろうか。女の人の声は、とても小さかった。


 ◆◆◆◆


 チーズケーキのモバイルオーダーが入る。


 注文されたのは、あの女の人だった。


「ありがとうございます」


「こちら、お下げします」


「すみません、ありがとうございます」

 

 ──いい笑顔。


 ──そうか、声が小さいからモバイルオーダーなのかな。

 

 なんと、会計まで私だった。

 

「一〇二八円です」

 

「ありがとうね、ご馳走さまでした」


 彼女は、にこりと笑ってそう言うと、夜の街へ出ていく。


 車の行き交う音が、それはそれは大きく響く。


 今の時期、外はもう寒い。


 彼女の小さいけど綺麗な声は、カイロみたいに暖かかった。


 ──呪いなんかじゃないのかもな。


 まだ、このバイトを続けようと思った。


 <了>

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玄道 @gen-do09

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