第3話 2 神戸そして四国。小さな舟のあと

出発の日になった。三人は早朝から東京駅へ向かう。


信じられないことに、ユウはホームから新幹線までをすべて自分で行動した。つまり自分の足でホームまで歩いたし、いざ新幹線がやってくるとチケット番号をしっかりと照合し、指定の席に座った。


母もケンジもユウのこの様子に目を丸くした。家ではずっと寝ていたのだ。だが新幹線に乗ったとたん、ユウはスイッチが切れた人形のように眠ってしまった。そして新幹線は滑らかに発車した。


>新幹線は名古屋を通過し、新大阪も通りぬけた。ケンジは長い時間、新幹線に乗るのが初めてだ。だが一日中乗っていてもいいと思うくらい、快適だった。


母は到着する直前にユウを起こし、三人で新神戸に降りた。初めて来た西日本はケンジとユウの五感を刺激し始めた。


「すぐに四国へは行かないよ。神戸も観光したいでしょ?」


子どもの様子を面白がりながら母が言う。そして三人はタクシーを拾うと神戸ハーバーランドへ向かった。


いざ着いてみると観覧車があり、兄妹は思わず見上げる。


「なんだか横浜みたい」


母は笑って「そうだね、まずはチェックインをしようか」と言い、ホテルへ入った。


予約したホテルはベイエリア沿いで、部屋は八階だった。カーテンを開けると神戸港が一望できる。ケンジはその景色のよさにすっかり目が奪われた。


外ばかり見ている息子をしり目に、母はまずユウの体温を測った。少し高いがそれほど問題はなさそうだ。ユウはパジャマに着替えると、目の前にあるベッドに潜りこむ。


「寝心地はどう?」


「すごくいいね。フワフワだわ」


ふかふかのベッドが気に入ったのか、彼女はそう言うと目を閉じて眠りこんでしまった。


残された母とケンジはホテルを出るとベイエリアを散歩した。港に吹く風が気持ちいい。母はずっと「あー来てよかったぁ」をくり返している。


二人はいくつかのカフェから、サンドイッチの美味しそうな店に入った。ケンジはベーコンやアボカドがたっぷりと入ったサンドイッチをオーダーし、母はトマトクリームのパスタを注文した。


「ユウも来れればよかったのに」


「本当だね」と母は言い、パスタを食べた。


「ねえ、ユウもお父さんも眠っているけど、わが家は夢見る家系なのかしら。不思議よね」


母は冗談っぽくそう言うが、ケンジはただ、黙々とサンドイッチを口に入れるしかない。



会計前、母はテイクアウト用にケンジが頼んだサンドイッチを包んでもらう事にした。もちろんユウのためにだ。


「美味しかったね」


「うん」


カフェを出ると周辺はライトアップされ、輝いていた。


「ちょっとお土産でも見て帰ろうか」と母が言い、目の前にあった神戸土産の専門店に入った。


母が買い物をしている間、ケンジはそばにあったキーホルダーを手に取ってみた。興味はなかったが、キャラクターグッズがそろっていたからだ。


すると、突然白い小さな光がケンジの目の前を飛んできた。


「びっくりだな、鳥よ、こんな場所にもいるんだね」


インコは嬉しそうにケンジの頭を旋回すると店の外に行ってしまう。一瞬迷ったが、ケンジもその後を追った。


空はもうすっかり暮れていた。インコの光は尾のように長く光の道筋を描く。やがてインコは、メリケンパークのモニュメントまで一気に飛んでいった。


「なんだろう」


モニュメントの奥にある湾内から海を見ると、舟のような影があった。だが、港に停泊するような船とは思えない粗末さだ。


>ケンジは思わず身を乗り出して港を凝視した。どうやらインコはその舟を目指しているようだ。ケンジはインコを見守ったが、やがて舟はゆっくりと沖に向かい、ある場所を境にふっと消えてしまった。


やはり自分はおかしいのだろうか。旅と言うのは本来、楽しむものだ。なのに神戸にきて小さな黒い舟を見ることが自分の目的だったなら、あまりにも悲しすぎる。パーク内は家族連れやカップルが楽しそうに往来していて、だれも舟の様子など気にしていなさそうだった。


「お待たせ。いっぱい買っちゃったけど宅配にしたよ」大急ぎで店に戻ったケンジに、母が開口一番にそう言う。ケンジは母の買い物袋を見つめながらため息をつくと「ちょっと寒いし、疲れてきた」と小声で言った。



翌日も神戸は快晴だった。母はユウに観光へ行くか聞いても、やはりホテルで寝ているという。


そこで母とケンジはベイエリアから六甲の方まで観光し、途中チャイナタウンにも寄って肉まんを食べた。


「お父さんとも神戸に来たの?」


「そうよ。神戸は私のリクエスト。お父さんは四国に行きたかったの。でも不思議ね」


「なにが?」


「ふふふ。ケンジたちが父さんと同じ旅行を目指すの」


「そんなこと。早くこないと間に合わないと思ってさ」


「何に?」


母が不思議そうにそう尋ねたが、ケンジは答えることができなかった。



二人が早めにホテルに戻るとユウが起きていた。そこで、もう一度三人で近くを散歩することにした。母もユウの散歩を喜んだが、一番嬉しいのは本人だろう。


目的もなく歩いていると再びメリケンパークにやってきた。ケンジはふと、昨日舟を見た湾内が気になった。


「ちょっとだけ向こうに行きたい」とモニュメントを指さすと「ユウも行く」と言う。


「じゃあさ。二人とも悪いけど、観光がおわったら昨日のお土産屋さん、あそこまで来てくれる?買い忘れたものがあるの」


「いいよ」と言い、母と別れて兄妹でモニュメントへと向かう。


妹にとってベイエリアは新鮮だったようだ。ケンジは妹と一緒に、昨日の湾内をのぞきこむ。だが、大きな客船以外なにもなかい。


「あ、ココ! 昨日来た場所かな?」


ケンジは驚いて妹を見た。


「昨日はホテルで寝てたじゃん。なんで知ってるの?」


「そうだけど。じゃあ、夢で見たのかな?」そうユウが言うので、ケンジは舟の様子を聞いてみることにした。


「ユウは舟に乗ってたってこと? オレも橋の上から舟を見たんだ」


「うん。女の人が、ユウを見つけると(帰りなさい)って言って、漁を止めてココに来たの」


「ほかに何かおぼえてる?」


「座ってたらインコがやって来た。嬉しかったな」


「うん、インコがいたね。その後は、ホテルで目が覚めたの?」


「そうよ、そうしたらママがサンドイッチを持って立ってたの。ああ、あのインコと再会できたなんて!舟で元気そうにはしゃいでたわ。インコに会えたのをママには伝えちゃダメ?」


「うーん、これは、まずいよ。悪いけど」


「そうか」と、ユウは残念そうにつぶやく。


「ユウはもう、毎晩夢にいるんだね」


「そうね…………。そういわれるとね。夢なのか現実なのかが分からないことがあるよ。目が覚めるとケンジとママがいるでしょ? で、目をつぶるとあの海があって漁に行くの。私ってヘンかな」


「ヘンじゃない。でもちょい漁に関わりすぎているんじゃない?」


「そうだよね。最近は海にいるのが当たり前になってきちゃって。疲れちゃうんだ」


ケンジはあらためてユウを見て、こう言った。


「疲れているのなら漁を休まなきゃ。わからないな、なぜそこまで舟にいれこむのか」


「うーん、お父さんが………」


「お父さん?」


「うん、おいでおいでってユウに言うの。だから……」そう言うと、ユウは急に頭を抱え、座りこむ。


「どうしたの?」


「うん、なんか眠い……」と言いながら、近くのベンチに横たわる。


ケンジはユウを揺さぶった。目を覚まさないと漁に行ってしまいそうな気がしたからだ。だがユウはそのまま眠りこんでしまった。


ユウをおんぶして母の待つ店に行った。母は驚いた様子でケンジ達を迎えると、ホテルに引き返す。部屋に入ると、母はユウをベッドに寝かせた。ユウは一瞬目を覚ましたが、ベッドに入るとすぐに布団にもぐりこんだ。


「この様子だと目覚めないね。じゃあ我々も早く休もうか。明日も早いし」


シャワーを浴びると八時すぎには就寝をした。すぐに寝息を立てる母とは逆に、ケンジはしばらく寝つけないでいる。さっきの妹の会話。ユウはいま、どんな気分でいるのだろう。


しかたなく彼は目を閉じる。すると闇の中で、あの海を見つめるユウの姿が浮かびあがった。


(ユウ。オレも悪夢で漁に誘われたんだ。けど、断った。ユウが身代わりになったのかもしれない)


(デモ……、ナゼ?)


(それは分かんないけど。理由を知りたくて四国に行くのさ)


(ナゾヲトクタメニ)


(そう、そしてユウを夢から解放するために)


(ケンジ、ナゾハトケソウ?)


(わかんないけど、解けなかったら……)


(ドウナルノ? ユメにノコルノ? )


(それはダメだ、絶対)と言うと、空想のなかで妹が笑った。

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アナの物語|cuffs(カフス)異次元から宇宙(ソラ)へ帰るとき Sarah @q515jb9z

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