第6話 粉雪



男「ぉ、降ってきやがったな。」 



天から、真っ白い粉雪が、ぱらぱらと降り注ぐ。



男は続ける。「まさか積もったりしねーだろーなー?」




 雪がぱらついてきたわ。けど、私たちが座るベンチは、24h食品スーパーの軒下にあるから平気よね。



 (沈黙)



 わたしは、男の隣にちょこんと腰掛ける。


 男は、大股開きでベンチにふんぞり返る。




 自販機とスーパーの灯りに照らされながら男は熱燗をあおる。目の前の駐車場はガラガラね。



男「かぁーーー、しみるーーー、暖まるなぁーーー。」






悪魔っ子(ジッ わたしはそれを見ている。



男は立ち上がる。温めた酒を飲み干すより、早く帰りたいのかもしれない。




男「行くかー」



悪魔っ子(スッ わたしも、この男といっしょに歩いた。そういうものだから。



男は歩きながら、チビチビ酒を飲んでいる。


熱燗のコップは冷めないよう、いつのまにかタオルが巻かれていた。




男「やっぱ、熱燗は体が暖まるなぁー」(チビチビ


男は、赤い瞳で自分を見上げる、ちいさな悪魔を見下ろす。ピンク髪、赤い瞳、真っ白な肌、ピンクのふさふさ、男の心も 温まる。






そんな男を、


病の悪魔の、赤い瞳が見据える。(ジッ




空腹、寒い中、歩きながら、短時間で、多量のアルコールを摂取…


血中アルコール濃度増加 皮膚の毛細血管の拡張 酩酊による判断力低下




悪魔っ子(体が暖まる?それは幻よ。あなたの体は、暖まってなんかいないのよ。)


悪魔っ子(心も温まる?バカ言わないで。わたしは悪魔よ。あなたの心は、人の温かみに触れてなんかいないのよ。)







男は、二重の幻の中にいた。


 体が暖まっている幻、心が温まっている幻


 どちらも幻だ。実際は、


 体は熱を奪われている。なら心は一体何を奪われているんだろうか?








男「チッ、もう終いかよ。」


酒のコップをそのままタオルで包み、コートのポケットに押し込む。


男はタバコを取り出す。「シュボッ」「シュボッ」なかなか、火は点かない。



男「ぉ、  スパー」(モクモク



不思議なことに、男は隣を歩く私とは反対側に、煙を吐き出す。




わたしはもちろん、何も言わないの。




男「クソ、最後の一本かよ。」(ポイッ 今時、たばこの吸殻をポイ捨てする。



男「ぉ、ちょっと待ってろ、見んなよ。」 ブルッ(ジョボジョボ…  立ちションする。




悪魔っ子「…」




男「スッキリしたぜ。」




とぼとぼ歩く




なんだか、来た時とは違う道ね。




真夜中の街を抜け、河原を通り、橋を渡る。




橋の中腹、隣の橋はバイパスね。こんな夜中にもトラックが走っているわ。クルマの明かりが流れる。


世の中を支える、働く人ね。



男「…」



男は、バイパスの橋を眺めているの?それとも、夜の河を?


男は何も言わない。ただ、歩く。汚いアパートに向かっているはずなのに、その足取りはまるで、




行くアテも無いみたい。




酒もタバコも尽きて、手持ち無沙汰の男、



男「ぉ、そうだ。」



思い出したかのように、エコバッグから買ったばかりのホワイトリカーを取り出す。



男「こいつを、こうしてっと」(トクトクトク


男はホワイトリカーの紙パックから、さっきの日本酒のカラのコップに、酒を注ぎ始めた。



ツンと鼻をつくアルコールの香りがする。



できたぜー!



男はまた、酒を片手に歩き出す。




男「ひゃっ、冷てぇ 、冷酒だな。これもオツなもんだ。」



千鳥足、いつのまにか、男のコートの前が開いている。きっと、ポカポカしてるのね。


飲み過ぎよ。



病の悪魔の赤い瞳(ジッ



ビジャ(ふらついて、コップのホワイトリカーが男の右手にかかる




男「おっといけねぇ、もったいねぇ」(ゴクゴク



男は歌い出す わけのわけらない歌だ




男「ウィー、ピンク悪魔、お前も飲めよ アッハッハ」(フラフラ




本格的に、雪が、降り出す。真っ暗な空から、粉雪。


本降りね。


街灯の灯りに照らされて、輝くよう。


天使の羽みたいで、虫酸が走る。




わたしは、ふらつきながら歩く男の隣を、歩き続けた。



ふらつく足取りでも、遠回りはしているけど、その足取りは男のアパートの方に向かっている。



もしかしたら、このままアパートまで辿り着けるかも…




ビクッ)




クッ…悪魔の赤い瞳が、見開かれる。


少し先に見えてきた、公園、普通の公園、ブランコにちょっとした盛り土の山、桜の木、公衆トイレ、いくつかのベンチ、そんな公園。


赤い瞳は、瞬きすら忘れ


その公園を見つめる。



ギリッ)悪魔のピンクの唇の奥、整った歯列が軋む




が、すぐに元通り。



何事もなかったかのように悪魔は、隣をふらつきながら歩く男を見つめる。








つづく

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