第2章【日常の安定と広がる噂】

第6話「普通の朝、普通の幸せ」

朝日が小屋の窓から差し込む。

目を開ける。

鳥の声が聞こえる。

いつもの朝だ。

「……あー、よく寝た」

体を起こす。

毛布をたたんで、窓を開ける。

外の空気が流れ込む。

冷たくて、気持ちいい。

村の畑が見える。

緑が広がってる。

朝日に照らされて、キラキラ光ってる。

「いい天気だな」

伸びをする。

体が軽い。

今日も、いい一日になりそうだ。


ドアをノックする音。

「アキトさん、朝ごはん持ってきました」

ユイの声だ。

扉を開ける。

「おはようございます」

「おはよう」

ユイは籠を持ってる。

中から、いい匂いがする。

「今日は焼きたてのパンです」

「おお、ありがとう」

「スープも作りました」

「助かります」

ユイは小屋に入って、テーブルに並べる。

パン、スープ、チーズ、野菜のサラダ。

湯気が立ち上ってる。

「いい匂いだな」

「ふふ、温かいうちにどうぞ」

二人で席につく。

パンを齧る。

外はカリッと、中はふわっと。

美味い。

スープも飲む。

野菜の甘みが染み出てる。

温かくて、体が目覚める。

「今日も美味いです」

「ありがとうございます」

ユイも自分のパンを齧る。

二人で、黙々と食べる。

静かだ。

でも、心地いい静けさ。

「……幸せだな」

ぼんやり思う。

朝から美味いもん食って、温かいスープ飲んで。

こんな朝が、毎日続く。

それだけで、十分だ。


朝食を終えて、畑に向かった。

ユイも一緒に来た。

「今日はどこを手伝いましょうか?」

「じゃあ、人参の水やりお願いします」

「はい」

ユイは井戸から水を汲む。

桶を持って、畑に運ぶ。

人参の列に、丁寧に水をかける。

「すくすく育ってますね」

「そうだね」

俺は玉ねぎの草むしりをする。

雑草を抜く。

土を柔らかくする。

汗が出る。

でも、悪くない。

風が吹いて、汗を乾かしてくれる。

「アキトさん」

「ん?」

「この村、本当に変わりましたよね」

ユイが言った。

「前は、こんなに野菜が育たなかったんです」

「そうなんだ」

「土が痩せてて、雨も少なくて」

ユイは人参の葉っぱを撫でた。

「でも、今は違います」

「……まあ、良かったですね」

「はい」

ユイは笑った。

「アキトさんのおかげです」

「いや、俺は何も……」

「分かってます」

ユイは首を振った。

「アキトさんは、いつもそう言います」

「だって本当に何もしてないし」

「でも、結果は出てます」

ユイは畑を見渡した。

「この緑、この豊かさ。全部、アキトさんが来てからです」

「偶然だよ」

「偶然が、こんなに続きますか?」

ユイは俺を見た。

「私は、思うんです」

「何を?」

「アキトさんは、特別な人なんだって」

「大げさだよ」

「いいえ」

ユイは真剣な顔をした。

「でも、アキトさんがそう思ってないなら、それでいいです」

「え?」

「アキトさんは、アキトさんのまま。それが一番です」

ユイは微笑んだ。

「無理に何かしようとしなくていい。ただ、今のまま、ここにいてください」

「……うん」

何て答えればいいか分からない。

でも、

「ありがとう」

それだけ言った。

ユイは嬉しそうに笑った。

「こちらこそ、ありがとうございます」


昼になった。

畑仕事を終えて、温泉に向かった。

ユイも一緒だ。

「女性用の浴場、作ってもらって良かったです」

「そうだね」

村長が、温泉を男女別にしてくれた。

木の壁で仕切って、両方から入れるようにした。

「じゃあ、後で」

「はい」

ユイは女性用の方に入っていった。

俺は男性用に入る。

服を脱いで、湯に浸かる。

「あー……」

極楽だ。

温かい湯が体を包む。

筋肉が緩む。

疲れが溶けていく。

「最高だな」

目を閉じる。

湯の音だけが聞こえる。

ちゃぷん、ちゃぷん、と。

「アキトさん」

壁の向こうから、ユイの声がした。

「はい」

「気持ちいいですね」

「そうだね」

「毎日こんなに気持ちいい温泉に入れるなんて、夢みたいです」

「良かった」

「アキトさんが見つけてくれたおかげです」

「いや、たまたま……」

「ふふ、またそう言う」

ユイは笑った。

「でも、いいんです。アキトさんらしいから」

壁の向こうから、湯の音が聞こえる。

ユイも、リラックスしてるんだろう。

「……なんか、いいな」

呟く。

壁越しだけど、一緒にいる感じ。

悪くない。

むしろ、

「心地いい」

そう思った。


温泉から上がって、森の昼寝場所に向かった。

村長が作ってくれた、俺専用の場所。

木々に囲まれて、静かだ。

草の上に寝転がる。

ふかふかしてる。

風が吹く。

葉っぱがさらさらと揺れる。

鳥が鳴いてる。

「……極楽だな」

目を閉じる。

温泉で温まった体が、少しずつ冷めていく。

心地いい。

眠気が襲ってくる。

「少し、寝るか」

そのまま、眠りに落ちた。


目を覚ますと、夕方だった。

空がオレンジ色に染まってる。

「あー、寝すぎた」

体を起こす。

でも、体が軽い。

よく寝た。

村に戻る。

小屋の前で、ユイが待っていた。

「あ、アキトさん」

「ごめん、寝てた」

「ふふ、分かってました」

ユイは籠を持ってる。

「今日は一緒に夕ごはん作りませんか?」

「いいね」

「じゃあ、入りましょう」


小屋の中で、二人で料理を始めた。

ユイが野菜を切る。

トントントン、とリズミカルな音。

俺は肉を切る。

ぎこちないけど、なんとかなる。

「アキトさん、料理慣れてないですね」

「バレた?」

「ふふ、分かりますよ」

ユイは笑った。

「でも、大丈夫です。私が教えます」

「頼みます」

ユイの指示で、肉を炒める。

いい匂いがする。

野菜も加える。

ジュージューと音がする。

「次は、塩を少し」

「こう?」

「はい、完璧です」

「本当?」

「本当です」

ユイは嬉しそうだ。

「アキトさん、飲み込みが早いです」

「ユイさんの教え方が上手いんだよ」

「ありがとうございます」

料理が完成した。

肉と野菜の炒め物。

シンプルだけど、美味そうだ。

「じゃあ、食べましょう」

二人で席につく。

一口食べる。

「うまい」

「本当ですか!」

「ああ、美味い」

ユイも食べる。

「……本当だ。美味しい」

「ユイさんのおかげだよ」

「いえ、二人で作ったからです」

ユイは笑った。

「一緒に作ると、もっと美味しいんです」

「そうかもな」

確かに、一人で食べるより美味い気がする。

「……なんでだろうな」

「分かりませんけど」

ユイは嬉しそうに笑った。

「でも、嬉しいです」


食事を終えて、二人で外に出た。

夕焼けが綺麗だ。

空が、オレンジからピンク、紫へと変わっていく。

「綺麗ですね」

「そうだね」

ユイは空を見上げてる。

風が吹いて、髪が揺れる。

「アキトさん」

「ん?」

「私、思うんです」

「何を?」

「幸せって、こういうことなんじゃないかって」

ユイは俺を見た。

「美味しいものを食べて、綺麗な景色を見て、大切な人と一緒にいる」

「……」

「それだけで、十分なんじゃないかって」

「そうかもな」

俺も空を見上げた。

「俺も、最近そう思う」

「本当ですか?」

「ああ。前は一人でいるのが好きだった」

「今は?」

「今も、一人は好きだけど」

俺はユイを見た。

「でも、誰かと一緒にいるのも、悪くない」

「……嬉しいです」

ユイは微笑んだ。

「アキトさんと一緒にいると、私も幸せです」

「ありがとう」

「こちらこそ」

二人で、しばらく夕焼けを見ていた。

静かだ。

でも、心地いい。

「……こういう日が、ずっと続けばいいな」

ぼんやり思った。

普通の朝。

普通の昼。

普通の夕方。

でも、それが幸せだ。

特別なことなんて、いらない。

ただ、こうやって。

美味いもん食って、気持ちよく寝て。

大切な人と、一緒にいる。

それだけで、十分だ。


その夜。

ユイは帰っていった。

「また明日」

「うん、また明日」

手を振って、見送る。

小屋に戻る。

毛布に包まって、横になる。

「……いい一日だったな」

呟く。

朝のパン。

畑仕事。

温泉。

昼寝。

一緒に作った夕ごはん。

夕焼け。

すべてが、穏やかで、温かかった。

「明日も、こんな日だといいな」

目を閉じる。

すぐに、眠りが訪れた。


村は変わった。

豊かになって、賑やかになって。

でも、俺の生活は変わらない。

いや、少しだけ変わった。

一人じゃない時間が増えた。

ユイと過ごす時間が増えた。

それが、心地いい。

これからも、きっと。

こんな日々が続く。

そう信じてる。

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